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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から闇が見えた(最終話)
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拝啓 闇の中から闇が見えた(Aパート)



 シスター・アリエッタは神に祈りを捧げていた。

 正確には、自らが住みつく廃教会の折れた十字架オブジェに対して捧げていた。彼女の日課だ。

 ここ数週間で、彼女の周りには多くの変化があった。好きだった人が永遠に去った。思い出が暗闇に堕ちた。彼女は既に三十を超えている。人生は永遠ではない。これからの人生を、また考え直さねばならないだろう。

 そんな中でも、神の信仰は絶対だ。彼女を裏切ることはないし、自らの在り方を教えてくれる。心穏やかな時間であった。

「……お前がアリエッタかオラ」

 光を背にした大きな影。見上げるような長身巨躯、並大抵の男なら見下げることができるアリエッタですら少し首をもたげねばならないほどの巨漢だ。

 よく見ると男は黒い神父服にカソックコートを羽織っている。首からは黒金のロザリオ。はたから見れば神父には見える。しかし男の体からは、殺気に近いものが漂ってくる。

「ようやく見つけたぞコラ。探させやがって」

「……いったいどなたでしょう」

 アリエッタはゆっくりと立ち上がり、男の姿を見た。目元には板にスリットが入った遮光器。普通の人間ではあるまい。

「神父様とお見受けしますが、私に何か御用ですか」

「御用も何も、わかんねぇか、あ? ガァッデム! 死ぬなら神のおわす場所がいいだろうが」

 そう言うと、男は両腕を挙げ、こぶしを握り込んだ。戦闘態勢。アリエッタもまた、拳を握り込む。じり、とすり足でにじり寄っていく。この男は、いったい何者だ。なぜ私を殺しに来たのか。

 アリエッタの中で疑念が渦巻く。しかし今できることは、この男をここで討ち果たすことのみだ。まず、右ストレートを男の顔めがけて打ち込む! 手ごたえあり。しかし、手が動かない。拳が男の左手に掴まれている! 男はぎりぎりとそれを身体の外側にそらす。にやりと笑ったのと同時に、アリエッタの拳を引き体を引き寄せ腹にパンチを叩きこむ! まるで内臓が破裂しそうなほどの勢いに、身体がくの字に折れ曲がった! 直後、アリエッタの顔に男の足が叩きこまれる! 低空からの鋭い蹴り(ケンカキック)

 アリエッタの巨体が宙を浮き、埃っぽい床に転がる。ぽたぽたと血が床に落ちた。奥歯が折れている。アリエッタはぷっと歯のかけらを吐き出すが、今度は男が脇から腕を通しながら彼女の体を起こしてきた。

「死ぬか? あ?」

「いったい……あなたは……」

「俺はな、仕討しうち屋のブラックってモンだ。……よく考えりゃ殺しちまったら仲間に伝えんのが面倒だな」

 脇から通した男の腕が、アリエッタの右肩を破壊! 続いて、右ひじにブーツで鋭い蹴りを入れ的確に破壊! さらになおもうつ伏せで動けぬ彼女の背中にのしかかり、足をからめ脱出不可能にしつつ、たくましく太い腕で顎から顔を締めあげる! これぞ現代で言うSTFである!

「起きたら、仲間に伝えろよオラ! 仕討屋が断罪人を全員殺すってよ!」

 なすすべもなく締めあげられ続けるアリエッタに、反撃の余地は残されていなかった。自らの顔の骨が砕ける音を聞きながら、アリエッタの視界は暗転した。





 その日、憲兵団は朝から大騒ぎとなった。

 筆頭官吏に就任したばかりであったメルヴィンが何者かによって闇討ちされ、あまつさえ殺されたのだ。同じく憲兵団団長に就任したばかりのヨゼフにとってみれば、まさしく『寝床で豪雨に遭う』とのことわざ通りの悲劇であった。

「どうしたものか……」

 ようやく腰かけたばかりの団長の椅子も、これではいつ立てと言われるかわからぬ。憲兵団、遊撃隊、帝国騎士団を挙げての合同捜査が行われてはいるが、憲兵団と遊撃隊は仲が悪い。騎士団は、憲兵団を下に見ている。形だけの共同作業が終われば、憲兵団のみで捜査をすることになろう。

 果たしてそれで犯人が捕まるかと言えば、低い可能性であろう。だが捕まえねば、憲兵団の威信は地に落ちるばかりだ。どうしたものか。

「ヨゼフ団長、失礼をいたします。火急の要件とかで、言伝を預かりました」

 団長付きの憲兵官吏の一人が、封書をもってやってきたのは、ちょうど昼を回った頃であった。あて名書きは特にない。

「……誰からだい」

「使いの者が言う事には、ライト・リッチマン様だとか」

 ライト・リッチマン。地方の一騎士から出発し、相続した猫の額の土地を巨大企業まで成長させた男。行政府の黒幕と称され、彼の推薦によって出世したものも多いと聞く──。

「分かった。下がってよし」

 一人になったのを確認してから、ヨゼフは慎重に封書を開く。ライト・リッチマンのサイン。簡潔にまとまった文章には、衝撃的な情報が書かれていた。

『此度の筆頭官吏及び、国土開発局局長殺害の犯人は、南西地区に住む傘職人・レドである。行政府の威信にかかわる問題ゆえ、早めに捕縛することを奨める』

 ヨゼフは激しく動揺した。ひとつは、ライト・リッチマンからの手紙。現在の行政府において彼の目に留まるということは、いわば出世の糸口の一つ。代わりにリッチマンに便宜を図れと言われるという噂もあるが、リッチマンと何かしら関係を持った者の多くが出世するのは間違いがない。

 そしてもうひとつは、犯人が名指しで書かれているということ。今、合同捜査本部が置かれた直後だ。ここで憲兵団で犯人を挙げることができれば、筆頭官吏であるメルヴィンが殺されたことで地に落ちかけている威信を一気に取り戻せるうえ、新団長たるヨゼフの評判は上がること間違いなしだ。

「……しかし、なぜリッチマン殿が犯人を知っているんだ?」

 ヨゼフの脳裏に疑問がよぎる。しかし直後、疑問は出世欲と言う名の濁流に押し流され消えた。今は一刻も早く、この凶悪犯を捕まえねば。ほかならぬ、自身の出世のために!





 傘屋のレドはその日、早めに行商を終え、家路についていた。何か胸騒ぎがする。ただそれだけの直感であったが、存外こういう時は自分の感覚は馬鹿に出来ないものだ。

 家の近く──南西地区にある再開発が失敗に終わった区画の小さな小屋──まで来たときに、妙な違和感を覚えた。

 見られている。

 この地区はスラム街めいた聖人通りからも少し離れており、元が工事現場で軒並み住人が離れた土地であるために人通り自体が少ない。それが、この人の気配はどうだ。五人、いや十人は間違いなくいる。

 しかし、ここで事を荒立てても何もならない。背中を見せて逃げても、後ろから襲われれば同じだ。レドは傘を背負ったまま、ゆっくりと自宅へと足を進めた。

「よう」

 自宅の目の前に、レドと同じ黒い着流しの男が立っていた。雨でもないのに、竹で出来た番傘を差し、顔を隠している。レドは相手にせず、自宅の引き戸に手をかけた。

「一本傘ってのはあんたかい」

「……何のことを言ってるのか分かりませんね。俺はただの傘屋です」

 男は少し笑い、構わずにつづけた。

「一本傘にお願いすれば、だれでも殺してくれるって噂を聞いてね。そりゃ大した殺し屋だと、こうして足を運んできたってわけなんだ」

 レドは赤錆色の瞳を男に向けた。ぞっとするほど白い肌の男であった。男は番傘を下ろし、きれいに畳む。

 男の顔はレドと同じであった。生き写し、鏡を見ているようと言ってもよい。レドと違ったのは、黒髪短髪で、目の色も黒いくらいだ。

「……久しぶりだな、レド。元気にしてたかい……」

「親父……」

 おぼろげに蘇るレドの記憶。母親が止めるのも振りほどき、家族を捨てた父親の姿。絶望の後に病死した母。父親の影を追って出奔した幼い自分。

 それが自分のルーツであり、父親──サヤのルーツだ。

 レドの人生はサヤの背中を追うことであった。普通の人生を捨て、殺し屋の世界に入り、父親と同じ技術を磨き──多くのものを手に入れ、多くのものを失った。

 追いかけてきた背中が、すぐそこにある。

「噂は聞いてたぜ。一匹狼だが凄腕の殺し屋。その名も一本傘か。いい名前をつけてもらったな」

「……今更、何しに来たんだ、親父」

 サヤは笑いながら漆黒の瞳をレドへ向ける。レドの姿は、サヤの闇には映っていなかった。

「決まってる。お前を誘いに来た。……仕討屋にな」

「仕討屋?」

「俺の組織だ。……殺し屋による殺し屋のための組織。大陸中から請け負うありとあらゆる依頼を管理して、共有するための……まあ暗殺ギルドと言い換えてもいいだろうな」

「それで、その暗殺ギルドになぜ俺を?」

「決まってる。お前が俺の息子だからさ。……断罪人なんてやってるらしいな。人の恨みを請け負って、カネに換える……悪くないが、いいカネにはならんだろ。どうだ、レド。お前も仕討屋に入らないか」

 父親の事を知っている、支援者の一人だとうそぶいた、ライト・リッチマンの言葉がよみがえる。君の父親は味方でない殺し屋を許さない。すべて駆逐するだろう。

「俺の息子となれば、仕討屋の幹部に据えても誰も文句を言わないだろうからな。何より、裏切りの心配が無くていい。組織と言うのは、トカゲの巣穴で崩壊するものだ。そういう心配のないものを幹部に据えるのはそうした穴を防ぐために必要なのさ」

 レドは静かに自宅の扉を開けた。

「親父。あんたの組織は、カネになるなら誰でも殺るのか」

 サヤは再び笑った。聞かずとも明確な返事であった。

「これはビジネスだからな。……人を殺すのに理由を探して何になる」

「そうか。……なら話は終わりだ」

 レドは家の中に入り、扉を閉めた。あれが追いかけてきたものか。レドはどこか失望しながら、傘を下ろした。

「一人暮らしにしては片付いているな。結構結構」

 思わず声に振り返ると、なんとサヤは家の中に入っていた。いつの間に入っていたのか、まるでわからない。気配を殺す技。サヤが殺し屋の中で半ば伝説のような扱いを受けているのも、自然体のまま、まるで晩飯のメニューを決めるような気軽さで完全に気配を殺すことが可能だったからだ。

 その能力の一端を、レドは垣間見た。

「安心しろ。外の連中は既に追い払った。俺も組織の長だからな。本音と建前はきっちりつけとかなきゃならん。だが、実の息子にくらい、少しはお情けかけなきゃカッコつかないだろう?」

 レドは鉄骨に手を伸ばし、握りしめていた。サヤはいきり立つ息子の姿を見て、あきれたように頭を振った。

「……レド、やめておけ。お前は俺には勝てない」

 父親がそういうのへ、レドは下手で鉄骨をサヤに向かって投げる。当たらず扉に突き刺さり、サヤの姿が消える。この狭い室内で、いったいどこに?

「だから、やめておけと言ったろう」

 レドの首の後ろに、番傘の骨から取った竹串が突きつけられていた。押し込めば、死ぬ。自分がしていることだからよくわかる。

「いいか。今日の今日で返事をくれとは言わん。だが言っておくが、今後お前は首を縦に振らざるを得ない状況になる。お前の仲間もな」

 意を決して振り向くレドの視界に、サヤの姿は無かった。そして静かに扉が開く音がしたかと思うと、彼の姿は部屋の中から消えていた。

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