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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から縁故が見えた
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拝啓 闇の中から縁故が見えた(Bパート)





 深い隈の入った眠い目を擦り、ドモンはおさまりの悪い自分の黒髪を掻く。いつだって出勤はいやなものだ。

「先輩、知ってますか。マジすっげえ情報が入ったんすけど」

 憲兵団本部。いつものように、金髪を後ろになでつけ、眉をそり落としているという強面な後輩のジョニーが、席についたドモンと顔を合わせるなり言った。

「なんです、その情報ってのは」

「先輩に大いに関係ある情報っすよ。ヘイヴンへの通り道の近くに、でっかい宿場町を作るらしいですよ」

「宿場町? 別に今だって、イヴァン内部にホテルなら結構あるでしょう」

 イヴァンは大陸の中央に位置する、帝国首都であり、交易の中心都市であり、観光地でもある。様々な人種、モノ、知識がここに集まる巨大都市だ。当然訪れる人々には宿が無いととても回り切れない。

 ここ最近、帝都イヴァン周辺地域の治安は比較的向上している。裕福な農民など、一般市民が観光に訪れることも多い。当然家から遠く離れた地にくるのだから、本格的な宿場が必要だ。それも、観光に適した形の、都市部にあるものだ。

 今までも帝都の東西南北の大門近辺にそうした宿場は存在したし、各地区に大きなホテルも建っている。前者は観光には不便すぎ、後者に泊まれるのは一部の裕福な貴族や豪商くらいだ。ちょうどいい値段の、立地としても観光に適した宿場町が無い。

 自由市場ヘイヴンは、帝都でも随一の観光地でもある。国中から集まった行商人が、物珍しい商品を並べている。玄人の商人はもちろん、物見遊山の者たちも数多く集まり、金が動く。売り上げが多くあがれば、そこから手数料がわりに取っている税金が多くなる。そのヘイヴンの近くに、宿場町ができれば、観光客が足を伸ばしやすくなり、大きな金が動くことは間違いない。

「いやあ先輩、やりましたね。あそこはずっと先輩がやってんすよね。収入、増えるんじゃないすか」

「そりゃ、まあ『心づけ』が増えるのは有難いですけど。……んなことより、アレの方が気になるんじゃないですか」

 机の上に突っ伏しながら、顔だけ器用に持ち上げたドモンは、わいわいと賑わう掲示板の方へと指を差した。

 今日は、一年に一回ある人事異動の日である。ドモンが憂鬱だったのは、妻のティナと妹のセリカからこの日についてせっつかれたからだ。




「あなたが出世したら、亡き父上もお喜びになりますわ。結果が出たら、すぐに戻ってきてくださいね」

 出がけに笑顔でそのような事をいう妻に、ドモンは浮かない表情で肩を落とした。颯爽とそのわきを通り過ぎる、妹のセリカも同じく言った。

「その通りです、お兄様。これまで散々縁が無かったとはいえ、今回も同じとは限りません」

「同じに決まってるじゃありませんか」

「あなた! そういう諦めの気持ちが出世から遠ざかる原因なのです!」

 ティナの小さな体から、かつて鬼と呼ばれた父親のごとき大音声が放たれた! ドモンの鼓膜が揺れ、さらに気分を悪化させる!

「ティナさん。朝からそう大きな声を出すのはレディとは言えませんわ」

「お義姉さま、しかし!」

 セリカは冷静に頭を振り、キッとドモンをにらみつけた。

「お兄様。妻の期待に応えるのも、夫の責任というもの。……ティナさんをがっかりさせることの無いようにお願いいたしますわね」

 ドモンができたのは、せいぜいが青ざめた顔で頷くことくらいであった。人事異動。当然出世のお知らせだけではない。左遷の発表であることもある。ドモンの勤務態度はお世辞にも良いとは言えない。この時期になると、めったにないことであると知っているとはいえ、彼は左遷の恐怖に震えることになるのだ。そしてその恐怖が本当に訪れる可能性は今回極めて高い。

「憲兵団団長が誰になるか、っすか。順当に行けば筆頭官吏のヨゼフ様でしょう。本人はビビってるみたいですけど、まさか大監獄の筆頭牢回官吏はありえないんじゃないですか」

 憲兵団団長ロマノス・タッカーは、早々に行政府内保安部部長職への内定を決め、団内でも皆が知るところとなっている。憲兵団団長は名誉職と呼ばれることが多く、事実エリートが箔付けに任命されることも多々あるが、筆頭官吏を務めたものが団長になったパターンも少なくない。

「僕、呼ばれたりしないといいんですけどねえ」

「先輩があ? 考えすぎっすよ」

「どういう意味ですかそれ」

 ドモンは思わず凄みを聞かせたが、ジョニーは気にせず笑い、話をつづけた。

「まあ、筆頭官吏が誰になるかってのはマジで気になりますけどね。年数でいや、先輩がなってもそりゃおかしかないですけど。ある程度コネが必要って聞きますし……今の憲兵団にそんなコネが利きそうな人いましたっけ?」

 ドモンは興味なさげにコーヒーカップを取ると、給湯室へ向かおうと席を立った。その時であった。

「全員作業やめ!」

 本部二階へ続く階段を数段上った先に、男が立っていた。一人は、銀の長髪に怜悧な瞳、知的な風貌ながらそのすべてがでかいアゴで台無しなヨゼフであった。

「人事異動は既に見てもらったものと思う。喜ばしいことに、北の大監獄行きは全員免れることができた。そして今年は久々に特別捜査班を結成し、カール君がその音頭を取る。今後の活躍に期待するよ。それで、団長職だが……」

 団長。まあ、平の憲兵官吏にはあまり関わり合いのない話だ。ドモンも含めたほぼすべての憲兵官吏達はそう考えていたことだろう。

「この僕、ヨゼフ・ヴァインシュタインが団長職を預かることに相成った。不満のある者もいると思うが、すべてイヴァンの治安を守るため必要なことと思って、こらえてもらいたい」

 ドモンはヨゼフが少し笑っているように見えた。いや、事実笑っていた。口角があがっているのが隠せていない。なんともまあ出世欲に正直な男だ。

「さて、僕の事はともかく、問題は筆頭官吏だ。僕も苦心したものだが、筆頭官吏はやることが多い。タッカー前団長と協議の元、年数もそれなりで、様々な経験を積んでいる者に任せることにした。次の筆頭官吏は──メルヴィン君だ」

 しん、と水を打ったように、本部事務室が静まり返った。メルヴィン。よく見ると、ヨゼフのいる階段の下に、金髪巻き毛の男が立っている。どこか頼りなさげな風貌。貴族の三男坊。

「メルヴィンが……?」

「何かの冗談じゃないか」

 ざわつき始める憲兵官吏達。同じように、ドモンもジョニーも顔を見合わせた。意外や意外。一番筆頭官吏に似合わなそうな人材だ。

「静かに。メルヴィン君は知っている者もいるとおり、団内の総務事務や会計事務、経済犯罪に通常の犯罪に対する捜査まで、一通りの経験を収めている。視野が広いという点では、君たちの誰よりも優れているはずだ。これは僕や前団長はおろか、恐れ多くも帝国総代クシャナ様も了承済──つまりは皇帝陛下の命と同様ということだ」

 すでに死した皇帝の幻影が、この国を動かしている。そんな皇帝の命令だと言われてもピンと来ないが、それを口に出しては不敬となじられることだろう。

「新体制となるまで引き継ぎ期間に入るので、各自通常勤務に励むように。くれぐれも問題は起こさないでくれたまえよ」

 そう告げると、新団長は悠々と階段を登ってゆく。その背中を見ながら、お互い顔を見合わせる憲兵官吏や駐屯兵たち。ヨゼフも若いながらの大出世だ。衝撃の人事。それ以上に、普段から憲兵団で一・二を争うお荷物と扱われていたあのメルヴィンが筆頭官吏とは。

「メルヴィンさん、凄いじゃないすか! 大出世っすね」

「いやあ、ははは……お恥ずかしいことです」

 学者然とした実に気弱そうな金髪巻き毛の男が、恐縮死きりの態度で頭を下げた。

「や、メルヴィンさんなら我々下の者の苦労も分かってくれるでしょう。……僕とジョニー君の事は特別目こぼしお願いしますよ」

 ドモンの図々しい言葉にも、メルヴィンはにこやかに頷いた。思えば彼は帝国貴族の三男坊とかで、腰の低いその態度でどこか皆にナメられていた。たしかに仕事の能力には疑問があったが、少なくとも大きな失敗は何もしていない。そうした安定した能力は、確かに出世するために必要なものかもしれなかった。

「分かっていますよ。お二人にはよくしてもらいましたから。……時にドモンさん。あなたの管轄でのことで少しお話が」




 すでにヨゼフの書類は運び出され、筆頭官吏執務室はメルヴィンのものになっていた。といっても、大した変わりはない。筆頭官吏の仕事は、あくまでも部下である憲兵官吏のマネジメントにあり、仕事の内容は事務方の色が極めて強い。もちろん例外的に現場に出るのが大好きな類の筆頭官吏もいるが、ヨゼフは前者のタイプであった。おそらくメルヴィンも同じであろう。

「ドモンさんの管轄、ヘイヴン周辺なわけですけど……そのあたりで大規模な土地開発が行われる予定なのはご存知ですね」

「ええ。確か宿場町ができるとか聞いてます」

「その通りです。これは、行政府肝いりの政策で、土地整備には僕の父親もかかわっています」

「父親」

「国土開発局の局長を務めています。帝国貴族二十家はおろか、領土も持ったことの無い家ですが、役人の才覚はあったようでして……とにかく、国土開発局と民間企業との官民合同事業なので、父も必死のようです」

 話がなかなか見えてこない。ドモンは彼の言葉をさらに促すように口を開いた。

「それに、僕がいったいどういう……」

「実は、すでに水面下で半年ほど交渉を続けているんですが、数軒ほど立ち退きに応じない世帯があるようなのです。公共事業ですし、立ち退きの保証金も出ますからそう悪い話でもないのですが。ドモンさんにお願いしたいのは、立ち退きをそうした人たちに勧めてもらいたいということなのです」

「ちょっと待ってくださいよ。……僕は憲兵官吏ですよ。そんなヤクザみたいな……」

「金貨が千枚万枚動く話なんです。それにあの辺で一番顔が利くのは間違いなくドモンさんですしね。ここだけの話、成功すれば特別報奨金も……」

「やりましょう」

 ドモンは二つ返事で言った。メルヴィンは胸をなでおろすように笑うと、彼に羊皮紙を一巻手渡した。

「そう言ってくれると思ってました。これは地図ですので、無くすことのないように……」





 その日の夜。南地区はずれにある、高級料亭にて。

 離れの個室部屋に通されるものが二人あった。一人は、国土開発局、ミフネ局長。もう一人は、その息子である憲兵団新筆頭官吏・メルヴィン。

「メルヴィン。失礼の無いようにな。……正直言って、我々にとって雲の上のお方だ」

「雲の上とは……噂はかねがね聞いておりましたが、そのように恐ろしいお方なのですか」

「口を慎め。……誰が聞いているかわからんぞ」

 廊下を歩き、ウエイターが離れの扉を開ける。既に、男が食前酒をあおっていた。紳士的な男。高級なシルバーフレームの眼鏡。こちらに気付き、男──ライト・リッチマンは微笑む。

「おや、すみません。ご到着にもう少しかかるかと思いまして、こうして先に食前酒を」

「リッチマン先生、遅れまして誠に申し訳ありま……」

 ミフネ局長、そしてメルヴィンが頭を下げ終わった後、二人はリッチマンの後ろにいた男にぎょっと驚いた。背の高い男。鋭い眼──。

「先生、彼は──」

「ああ、これは大変申し遅れました。前に紹介するのを忘れていたようです。彼は私のボディガードを務めておりましてねえ。……ご安心ください。口は大山脈の岸壁より堅い男です」

 ミフネ親子は顔を見合わせ、リッチマンの言葉に従うことに決めた。立場は圧倒的に下なのだ。わざわざ逆らうこともあるまい。

「それで、局長さん。土地の造成は上手く行っているのでしょうか。どうかお聞かせ願えませんか」

「はい。八割は既に国で買い上げました。残りはほぼ交渉成立済……しかし、二・三軒ほど交渉に応じない場所があるようで」

「おや、それは困りましたねえ」

「そこは、息子のメルヴィンが対応を。メルヴィン、挨拶をせぬか」

 メルヴィンはうやうやしく礼をした。リッチマンはにこやかにそれを見ていたが、メルヴィンにとってはなんとも恐ろしい瞬間であった。この目の前にいる男は、ただものではない。そうした予感を裏付けるように、彼の手は冷や汗で濡れていた。

「この度筆頭官吏に就任いたしました、メルヴィンと申します。父上の指示を受け、配下の憲兵官吏に立ち退き勧告をするように命じました。憲兵官吏からの勧告あらば、効率も上がるものと思われます」

「そうですか。局長さん。よくできた息子さんをお持ちですねえ。実に、羨ましい限りです。私が推薦したかいがあったと言うもの」

 リッチマンの言葉に、メルヴィンはどこか引っ掛かりを覚えた。推薦した。確かに自分はもともと上に立つような人間ではないことはわかっている。今回の人事も、父親の推薦か何かであろうとは勘付いていたが、まさかここまでの大物とは思わなかった。

「は……恐縮です」

「国土開発局の公共事業。そして私のホテル事業。はっきり言って『やはり無理でした』では済まないところまで来ていること、ご存じでいらっしゃることでしょう。メルヴィンさんとおっしゃいましたね」

「はい」

「はっきり申し上げますが、急いでいます。一両日のうちに、立ち退きを成功させていただきたい。できないようなら、私たちにとって『有利なこと』が起こります。そうなったときあなたには、それを『目こぼして』頂きたい。わかりますね?」

 有無を言わさぬ口ぶりであった。メルヴィンは父親を見た。父親はこちらを見なかった。自ら判断せよと言うのだ。思えばメルヴィンは優秀な兄二人を持ったために、人に判断を任せて生きてきたように思う。自分の判断に責任も自信も持てない。そうしたどこか鬱屈とした心を抱えて生きてきた。それは自分に力がなく、地位もないからと、諦めてきた。

 しかし今は違う。

 今のメルヴィンは帝都イヴァンの治安を預かる憲兵官吏の元締めだ。そして、権力者の後ろ盾もある。何も問題などない。

「……わかりました。何とかしましょう」


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