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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から縁故が見えた
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拝啓 闇の中から縁故が見えた(Aパート)




「なるほど。お話はよく分かりました。資金については、僕のの知り合いに興味がありそうな者がいます。なんとかいたしましょう」

 三人の男が、その部屋の中にいた。

 湯気だった紅茶の香りが、その小さな部屋へと漂う。応接セットのみの、小さな部屋。窓もなく、扉もかがまねばならぬほどの小さなものだ。これは貴族たちが紅茶の香りを楽しむために作ったという茶室である。そのルーツは、異世界より転生した英霊が伝えたところから来ているともいわれている。

「心中お察しいたします。いやはや、国土開発局のお方も大変なのですねぇ」

 細身で小柄な男であった。後ろに撫でつけた黒髪に、古式なブラウンの高級スーツ。細い眼鏡も、銀製フレームの高級品。しかし嫌味なくそれらを着こなしている。男より二回りは上なのだろう、でっぷりと太った男は恐縮しているのか、多少薄い髪を下げ続けていた。

「リッチマン先生、感謝に堪えません」

「構いません。イヴァンの公共事業の展開は、それ即ち帝国の威信を高めることに繋がりますからねぇ。ああ、ミフネ局長。一つ、よろしいでしょうか?」

 笑顔だったミフネ局長の表情に影が差した。『一つ』。この言葉で、ライト・リッチマンは王国・魔国統一後の大陸において巨万の富を手に入れた。一介の地方の騎士だった彼は、父親の遺した猫の額のような土地を、父親や自分のコネをもとに売り買いし、国一番の不動産王に上り詰めた。今はこうして、好きな紅茶やラクゴ鑑賞などして、悠々自適の早隠居をしているが、時たまそのコネを使って他者への便宜を図ってきた。

 彼のコネの代償。それは、彼の言うことをひとつだけ聞くというものだ。どんな無理難題を強いられても、リッチマンのコネを使った者にそれを断るようなことは許されない。よしんば本当に断った時のことなど、考えることも恐ろしいことだ。

「実は、イヴァン内にどうしても欲しい土地がありましてねぇ。私事で恐縮ですが、こちらでおおっぴらに動くわけにもいかないものでして。国土開発局なら、そのあたりなんとかなるのではないかと考えていましてねぇ」

「はあ、しかしそうしたことならば、先生の会社で買い取れば穏便に済むのでは」

「はいぃ?」

 リッチマンは笑顔であったが、目の奥は笑っていなかった。口答えは許さぬ。そうした気概の表れにも見えた。ミフネは再び頭を恐縮気味に下げる。

「おや、これは失礼しました。僕としたことが……局長、これはあくまでお願いです。何も無理にやって頂くことはないと考えています。まあ、僕の希望、願望を述べたようなものですからねぇ。気になさらないでください」

 そういわれて、ますます引き下がれなくなってしまった。リッチマンに逆らうものに、行政府での出世はありえない。彼はそうしたコネをいくらでも持っているのだ。

「いえ! 局長権限ならば、公共事業の名目で立ち退かせることは可能かと。先生のご期待に添えられるよう、善処いたしますので」

「それを聞いて安心しました」

 リッチマンは優雅に微笑み、紅茶をゆっくりと口に運んだ。





 貴族の家へ新しい傘を届けた帰り道。東地区飲み屋街。

 傘屋のレドは久々に夜道を一人で歩いていた。人通りは多い。飲み屋から賑やかな喧噪が通りに響く。多少金もできたことであるしと、レドは気まぐれを起こして、適当に店へと入った。ワインとナッツを注文して、一人晩酌を始める。静かな店だ。客はレド一人だけ、店主は眠いのか、レドの注文を遂行したのちは、椅子に腰かけ首を揺らしている。ムードは気にしない。誰にも邪魔をされない、ひとりだけの時間が、彼には時折必要なのだ。

「なんだなんだあオイ。シケた店だねえ、本当に……」

 静かな世界に、男が一人入ってきた。背の高い男だ。手足が長く、ごわごわの黒髪、鋭い眼に厚い唇。派手なストライプ柄の着流しを身に着け、レドから二つ離れたスツールにどっかと座り込んだ。

「いらっしゃい」

 眠気からにわかに覚醒した店主が、ゆっくりと身を起こして立ち上がる。

「マスター、白ワインあるかい」

「うちは赤しか置いてねえよ」

「なんだいそりゃ。冗談きついよ、マスター。あのねえ。ここ酒場でしょうが。ワインと言えば白と赤、どっちも置いとくのが常識でしょ」

「知らねえよ」

 男は不機嫌そうに懐から紙巻きたばこを取り出すと、携帯火種から前髪を焦がしそうなほどの炎で火を点けた。

「……あんた、うるさいぜ」

「あン?」

 レドはしびれを切らして言った。たまに気まぐれ起こして静かな時間を過ごしているというのに、このような騒がしいのがいては不愉快極まる。

「あんたの言う通り、ここは酒場だ。静かに酒を飲む場所だ。騒がしいのが好きなら、別の店にしてくれ」

「大きな口を叩くじゃない。あのねえ、こっちも別に喧嘩しようってんで来てるわけじゃないのよ。酒と食事を……」

 男の軽口が止まった。いつの間にか立ち上がり、レドの隣に座っていた。眉根を寄せて、値踏みをするように観察している。

「……あんた、名前は?」

「レドだ。傘屋をやってる」

「傘屋。なるほどねえ。いや、ごめんね。こっちもいろいろ気が立っててねえ。俺はクドってんだ。箸屋をやってる。お詫びに、今日はおごりだからさ、飲もう」

 がらりと態度を変えたクドは南の出身らしく、陽気な男であった。つい最近職人として独立した彼は、帝都イヴァンで一旗揚げようとこうして出てきたらしい。しかし、箸職人として箸を納品する取引先がなかなか決まらず、やけくそになって酒を飲みに来たらしい。

「手に職がついてるなら、ちゃんとしたものを作れば誰かが買ってくれるだろう」

「そううまくいくもんだったら嬉しいんだけどねえ。いや俺だってね、自分の箸に自信が無いってわけじゃないのよ。なんだったら、帝国でも一番の腕があるってくらいの大口は叩くよ」

 結局二人は、深夜まで飲み明かした。ちゃらついているようにみえて、クドはなかなか職人気質の男であった。レドもまた、根は職人だ。技術を誇りに持っている人物の事を、尊敬している。何よりクドは気持ちのいい男であった。

「俺は普段、西地区の市場──ヘイヴンで店を出してる。あんたもそうしたらどうだ」

「あんた、見かけによらず結構いい人なんだねえ。……なんかあったら、また飲もうよ」

「ああ」

 二人はこうして、その日は別れた。





 西地区の自由市場、ヘイヴン。観光地としても有名なこの場所には、様々な人々が訪れる。行商人、観光客、騎士に亜人、地方貴族に出稼ぎの労働者──そうした人々は広い帝都を歩き回ったことで疲れ、ひとときの癒しを求めて、とある喫茶店へと入る。

 喫茶やすらぎ。ヘイヴンの入り口から少し離れたとおりに位置している、名店である。かつては違法女装デートクラブで強制労働させられていた者たちが、持ち前の明るさと接客術、そして何よりうまいコーヒーや紅茶、軽食を提供して、入れ替わりの激しいイヴァンでも安定した経営を続けてきた。

 そんな『やすらぎ』に、一人の男が入っていった。おさまりの悪い黒髪に、帝都の治安維持を預かる憲兵官吏の証である白いジャケットを羽織った、猫背の男である。男は特に迷った様子もなく奥のカウンター・テーブルに近づいていき、スツールに腰かけた。

「これはドモン様。コーヒーでよろしいですか?」

 物腰の柔らかな銀髪の青年が、笑顔でドモンと呼ばれた憲兵官吏にそう言った。へら、と返事がわりに笑みを浮かべると、男は腰に帯びた二本の剣を外しながら頷く。

「や、どうも。いやあ、ここはいつも混んでますね、マリアベルさん」

 マスターであるマリアベルは、中性的な風貌であるが、れっきとした男性である。ドモンには命を救われたという恩義を感じており、コーヒーくらいなら催促せずに出してくれる。安い給料、妻であるティナからの少額の小遣いで過ごすドモンにとっては、マリアベルとこの喫茶やすらぎの存在は文字通り『やすらぎ』だ。

「おかげさまで、いつも繁盛しています。ドモン様に来ていただけるおかげですよ」

「また、そんな。謙遜ばかりすんのはあまりよくないですよ」

 出されたあたたかなコーヒーに口をつけ、ドモンは一息をついた。彼の仕事は主にヘイヴンの見回りだ。一通り回って、憲兵団本部に戻るまで、少しばかりの暇つぶしをしてもかまわないだろう。なまけ癖のついた彼にとって、ここはおあつらえ向きともいえる。

「……奥様はお元気でいらっしゃいますか?」

「ああ、うちのですか? 殺しても死ななそうですよ、いつも通り。妹がことあるごとにあっちの味方するもんで、困ってんですよ」

「そうですか」

 マリアベルはどこか困ったように笑みを浮かべて言った。思えば、家族やら仕事の愚痴をストレートに話すような相手は、このマスターくらいしかいなくなってしまった。この喫茶店も、多くの人が訪れ、多くの人が去った。永遠に戻らぬ者もいる。マリアベルも知らぬほど、多くの人が。

「いつも伺うたびに思うのですが、奥様のこと、嫌にならないのですか?」

「なりますよ。そりゃ。……でも、そういうもんでしょう。もともと他人なんですから。そもそも周りから結婚しろなんて言われなきゃ結婚なんかするつもりなかったですし」

「私はドモン様にそのような思いをさせませんけど」

 マリアベルは笑顔でそう言い放つ。彼はもともと女装デートクラブの従業員であった。出会った当初、ドモンは女性と勘違いしたこともあって、一時期人目もはばからず追いかけっこをしたようなこともあった。

 もっとも、結局は男性同士だ。ドモンにはそのつもりもなかったし、マリアベルも結局最後まで踏み込まなかった。いつしか二人は普通の友人に落ち着いたのだ。

「そりゃ嬉しいですねえ。ま、僕は案外今の生活、気に入ってんですよ。面倒ごとは多いですけど」

「そう、ですか」

 彼は静かに笑みを作った。何か言おうとしたようなそぶりも見えたが、厨房から呼ばれた声に振り向き、奥へと消えた。その日はドモンにとって、いつもの昼下がりで終わった。


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