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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から因縁が見えた
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拝啓 闇の中から因縁が見えた(最終パート)




 廃教会に逃げるように戻ったアリエッタは、あまりの寒気に、普段より一枚多く毛布を被り、眠りについた。腐りかけのベンチを組み合わせた、無いよりマシのベッドが彼女の寝床だ。

 あの一瞬の不快感は何だったのだろう。

 アリエッタは自らの体を掻き抱く。昔から成長が早かった体を、空っぽのまま大きくなった自分を繋ぎとめるように。彼女の恵まれた体は彼女の人生を良くも悪くも大きく変えた。父親の暴力から、自分や弟をお守りください。そうした祈りが、彼女の神への信仰の始まりだったように思う。今思えば、神は願いを聞き届けたのかもしれない。守りたかったはずの弟に会えた。体を抱きしめた。それは良い。しかし、腰に手を回されたとたん、あの感情が沸き上がった。まるで、死んだ父親がそうしてきたときと同じような。

 ぐるぐると同じ考えが浮かんで消えていった。夜はいつしか白み始め、やがて朝日が浮かんだ。小鳥がさえずる。なんとも憂鬱な朝だ。

「……トラ」

 彼女はつぶやき、水瓶のそばで乱暴に顔を洗い、約束した場所へと向かおうと扉を開けた。

 いつもの朝だ。行商人や、行政府の警備へと向かう騎士団所属の騎士たち。彼女はふと足を止める。人込みの中で、誰かが足を止めた。

「……レドさん。何か言いたいことがあるのでしたら、私を呼び止めてはいかがですか」

 彼女がそう言ったのが、レドに聞こえたかどうかはわからない。しかし、レドは確かに彼女の数歩後ろにいて、足を止めていた。

「なぜ黙って私を追いかけるのです」

「さあな」

「いえないということですか」

「少なくともこの人混みの中では」

 流水に棒を突き刺すが如く、アリエッタとレドを避けて人の流れが通り過ぎていく。二人の時間だけがぴったりと止まったように、お互いが人の中で立ち尽くす。緊張。レドは下ろしていた手を持ち上げ、顔のそばで止めた。妙な動きをすれば、この衆人環視の中でも彼はアリエッタを殺しにかかる。そうした宣告のようにも見えた。

 長い時間が流れたような気がした。アリエッタは気にせず、約束の地へと向かった。南大門。トラは旅立つ。二度と会うことは無いだろう。ならば、最後の別れに後悔がないようにしておかなくてはならない。

「さようなら」

 アリエッタはレドに言った。彼はいつの間にか手を下ろし、遠ざかっていく彼女の背中を見つめていた。彼はアリエッタを追わなかった。






 トラの荷物は少なかった。

 着替えが数着、スケッチ・ブックに携帯羽ペン。数点のキャンバス。それらをカバンに詰め込んで、彼は真昼の色街を歩いた。思えば、長いようで短い期間だったように思う。夜ならまだしも、こうして朝の色街を歩くのは初めてかもしれなかった。

「やあ。あんた、色街から出るのかい」

 色街と外界を隔てる橋を渡った直後、トラは声をかけられた。群青色の髪をした、背の高い男。身なりは良いように見える。

「なんでそれを?」

「兄さん、色街から出た時あたりをきょろきょろ見てたろ。逆ならまだしも、色街の外を有難がろうってのは色街をお役御免になった連中だけさ」

「なるほどね。お察しの通り、お役御免だよ。どっちかというとせいせいするけどね」

 トラは男の指摘に苦笑しながらそう言った。トラは色街から十年は外に出ていない。時が止まった世界が、ようやく動き出したようなものだ。

「で、そんな俺になんか用?」

「僕は記者でね。色街で面白いことがあったら記事にしてんのさ。でも、そういうのは野暮ったくて嫌われるだろ。だから、兄さんみたいなお役御免になった人に話を聞くってわけ」

 おかしな男であった。とはいえ、自分の話が記事になるのは興味があった。だがそれは時間があればの話だ。これから彼は南大門から長い長い旅に出る。帝都イヴァンを離れる最後の思い出に、馴染みのアリエッタと会うことになっているのだ。構っている暇は無かった。

「面白そうだけど、俺これから人と会う用事があるんだよね。ほかの人に当たってよ。じゃ、先を急ぐから」

 男に背を向けた瞬間、トラの手はその男によって掴まれた。痕でも残りそうなほどの強い力で。振り向いたトラが見たのは、男の赤渦を巻いた瞳。不自然な微笑み。

「そう言わないでくれよ、兄さん。別に取って喰おうってんじゃないんだよ。ちょっと時間をもらいたいってだけじゃないか」

「ちょっと……」

 男の力は強かった。トラは入り組んだ路地裏へと、すぐに引き込まれてしまった。力が強い。同じ男と思われぬほどの力だ。男はトラの顔を殴った。土埃が舞い、積まれていた空箱ががらがらと崩れ転がる。

「男だろ。立ちなよ」

「何を……」

「僕は女が嫌いだ。女々しい男はもっと嫌いだ。女に媚びを売って金をもらってきたんだろう。それともケツにぶち込まれて金をもらったのかい?」

 言うが早いが、トラの腹に男は鋭い蹴りを入れた! 内臓が口から出そうなほどの強烈な蹴りである。殴る、蹴る。理不尽な私刑がトラを襲った。男は──シオンはやがて肩を上下させながら、ぐったりと動かなくなったトラ持っていたバッグを漁る。財布。中身は金貨二十枚。シオンはにやりと笑うと、それをスーツのポケットにねじ込んだ。

「男じゃなけりゃもうちょい楽しめたんだけどな」

 そう捨て台詞を吐くと、カバンから転がったキャンバスにシオンは気づいた。山の絵。街の絵──そして、半裸の女の絵。

「下らねえ趣味してんだね」

 鼻で笑うと、シオンはキャンバスを丁寧に踏み抜いていった。山が、町が──そして女の絵に足がかけられようとしたその瞬間。トラは鼻から血が出るのも構わず、去りゆくシオンの足首を掴む。息も絶え絶えだ。だが彼には、そうするだけの理由があった。

「それは……大事なもんなんだ……」

「絵が? ふーん。娼館に身を落とすようなクズにも大事なもんがあるんだね」

 シオンは掴まれていない方の足を振り上げ、トラの顔に蹴りを一発入れた。それでも、トラはシオンの足を離さなかった。

「うぜえなあ」

 そう一言愚痴ると、シオンはトラのクビに両手をかけた。そのまま壁に押し付けて、首を締めにかかる。

「女はこうすると、ヤッてる時気持ちがいいんだ。大抵死んじゃうんだけど……ね!」

 シオンは笑う。ずるずると背中を滑らせて、トラはその場に座り込んだ。その時だった。笛の音が響く。

「憲兵官吏の旦那! こっちだ!」

 遠くでがやがやと何者かが憲兵官吏を呼ぶ声が聞こえる。シオンは舌打ちすると、トラが守ろうとしたキャンバス──自分と同じ髪色の女が書かれた絵を踏み抜き、足早にその場を去っていった。





 南大門は既に夕方になっていた。既に旅人はまばら。治安維持の目的から、南大門は閉じられようとている。既に警備担当の騎士も帰宅の途につきはじめた。そんな中でも、アリエッタはトラを待っていた。彼は必ず来る。そう信じて、彼女は太陽が沈んでも、彼女はただ待っていた。

「もう帰ったらどうだ」

 いつの間にか、レドがどこかの路上コーヒー・スタンドから買ってきたのだろう、簡易コップから湯気をあげるコーヒーを両手に掲げながら言った。

「身体を冷やさない方がいい」

「……優しいのですね」

「そう見えるならそうなんだろう」

 レドはそう言ってコーヒーをすすった。アリエッタには彼の考えなどすぐに分かる。南大門から一歩でも出た瞬間、彼は自分を殺す気だったのだろう。出なければその限りではない。レドはそういう男であった。

「この稼業から足を洗うと言ったら、あなたどうしますか」

「好きにすればいい。……あんたは誰かを売るような真似はしないだろ」

「そう。……弟と、再会したんです。もう二十……何年経ったのでしょうか」

 弟。レドの脳裏に、ジョウから聞いた話が蘇る。彼女のいう弟シオンは、姉の死を願っていた。父親殺しの女の死を。

「弟は私を許してくれたのです。一緒に故郷に行こうと。……私は罪を償うと言いながら、もっとも謝罪すべきことから目を背けていたのかもしれません」

 レドの中にはどす黒いものが渦巻いていた。それはまさしくかみ合わない事実に対する怒りであった。彼女は嘘をつくような人間ではない。口から出たのは真実であろう。希望を見出した彼女が、もしその希望が自らを殺しに来たと知ったら、どう思うことだろう。レドはなんと言うべきか口を開こうとしたが、言葉にはならなかった。

「アリエッタさん」

 遠くから、聞き覚えのある声が響いた。白いジャケットが夜闇に揺れる。憲兵官吏。酷い寝癖のその男は、ドモンであった。

「傘屋、あんたも一緒でしたか」

「ああ」

「私が言うのもなんですが、もう夜ですよ。いったいどうされたのですか」

 ドモンは目を泳がせる。言いにくいことなのだろう。アリエッタはあえて言葉を急かさなかった。

「……とにかく、あんたを呼んでる人がいるんです」





 病院の看板が近づいてくると同時に、アリエッタの胸騒ぎはだんだん大きくなっていった。ドモンが扉を開け、彼女を中へと招き入れた。ベッドのそばにはジョウ。白衣を纏った医師に看護師が頭を振り、静かに退室していった。

 ベッドに寝かされていたのは、トラであった。酷い顔だ。片目は腫れあがり、顔色は土気色。顔のあたりのシーツに、血の跡。アリエッタは彼にすがりついた。顔を寄せる。体温は、すでに無かった。

「運ばれた時には、もう……」

 ジョウはシオンの悪事を目の当たりにしていた。彼がとっさに憲兵官吏を呼ぶふりをした時には、彼の命は既に失われかけていたのだ。ジョウは彼を抱き起したが、トラにはもう言葉を遺す力すら残されていなかった。彼は手を持ち上げ、地面を──正確には、踏み抜かれたキャンバスを──指さし、そのまま息絶えた。

 ジョウには、それが誰を意味するのか、すぐにわかった。一糸纏わぬ姿の、背中から見たアリエッタの絵。一人の女の美しい姿。ジョウはアリエッタに薄汚れたその絵を差し出す。彼女は自分のくすんだブルーの前髪に触れ、赤渦を巻いた瞳でそれを見つめた。乾ききった瞳に涙が溜まり、嗚咽と共に流れた。彼女は泣いた。今まで贖罪と銘打ち自らの内に閉じ込めてきた感情を、ただ押し流すように。





 彼女が望んだのは、神に祈ることであった。

 どうか彼の魂が天に召されんことを。廃教会の折れた巨大十字架オブジェでも、彼女にとっては立派な信仰の対象だ。

「アリー、君の弟は……その。本気で君を殺そうと断罪人に依頼してきたんだ」

 ジョウがかしずく彼女の背中に、気まずそうに述べる。

「でも、今回の事でよくわかったよ。アリーが、父親殺しだなんて、出まかせってことがさ」

 力なく笑ったが、ドモンもレドも、そしてアリエッタも笑わなかった。ジョウは気まずそうに無言になり、ドモンを見た。彼は仕方なしに助け舟を出してやることにした。

「今回の事でちょっとばかしピンと来たことがありましてねえ。奴はどうやら、お役御免になった娼婦やら男娼を狙って、強盗をやってたみたいなんです。そりゃ身寄りもないし、身元もなかなかはっきりしないわけですよ」

 お役御免になった娼婦や男娼は、こと色街を出た直後であれば金持ちだ。人気者だったのならまだしも、人気もなく行き場所もない彼らが化粧を落とした姿に、誰が気づくことだろう。シオンの行為は、そうした者たちを狩る行為だったのだ。

「だから、アリーは断罪の対象になんて……」

「弟の話は、事実です」

 アリエッタはゆっくりと立ち上がりながら言った。

「私は、王国首都ザカールで生まれました──」





 母親は小さいころに病気で亡くなりました。父親は厳格で高名な魔法科学者でしたが、母親が死んだ反動でおかしくなり、酒に溺れるようになったのです。

 幸い、家は経済的に豊かでした。食べるものにも着るものにも困った覚えはありません。……しかし父の心はそうはいきませんでした。当時の戦争は勇者アケガワケイが登場した頃で、戦争は終わりに近づいていました。酒に溺れた魔法科学者など、誰も相手にしない。父親はそんなことを毎日言っていたのをよく覚えています。

 ままならない心を、父親は私や弟を殴ることで晴らすようになりました。酒浸りの学者が屈服させられるのは、子供くらいしかいなかったのでしょう。

 当時の私はちょうど十歳になった頃でしょうか。弟は五歳でした。あの男は、五歳の弟だろうと十歳の私だろうと、関係なく殴っていました。それで気が済むのならと、弟をかばったものです。

 しかし、私が完全に予想していなかったのは、私が女であり、当時の子供を見ても身体の成長が早かったということでした。十二歳の、冬の日でした。私はよりによって酔った父親の手で女を散らされたのです。我慢していれば弟は殴らないでおいてやると説き伏せられて。父親の行為は次第に過激になっていきました。あの男が言った通り、弟を殴らなかったなら、私はそのような地獄でも甘んじて受けていたでしょう。……そうはならなかったのです。

 父親は、私を抱いた時の目が気に入らなかったからと弟を殴っていました。お前が殴られるのは、私が睨んだからだとシオンに強く言い聞かせて。

 私は十三歳になっていました。母親から貰った形見の小さなロザリオを握りしめて、私は父親を殺さなくてはならないと決めたのです。

 そして私は、父親を淫靡な言葉を使って屋根の上に誘い出しました。月の明るい、不気味なほど澄んだ空気の中で、私は父親の背中を押し……殺した──。

 私は地面に叩きつけられた父親を見ようと屋根の上からのぞき込みました。確かに父親は死んでいました。うかつだったのは、八歳になっていたシオンがそれを、二階から見ていたということです。シオンは何もしゃべりませんでしたが、目は言葉を発していました。『お前が父親を殺したのか』と。事実それは、変えようのない事実だったのです。





「……それが、私です。アリエッタという女です」

「それがあんたの犯した、最初の殺しだったってことですか」

 ドモンの言葉に、アリエッタは静かに頷いた。

「──私を断罪するのなら、どうぞ。ただ、どうか背中からお願いします。顔を見るのも見られるのも、辛いでしょう」

 彼女はそれだけ述べると、背中を向けて再び十字架オブジェに祈りをささげ始めた。無防備な背中であった。三人はその背中を見やりながら、アリエッタの因縁に思いを馳せた。殺せない。刃を背中に突き刺し、鉄骨を首裏に押し込めば、この女は死ぬだろう。しかし、ドモンにもレドにも、そしてジョウにも、そんなことはできなかった。

「……ただ、願いがあるとすれば。トラの仇を討っていただけませんか」

「僕らにですか」

「シオンは……シオンは、化け物になってしまったのでしょう。放っておけば、トラのような子が増えてしまう」

 ジョウは、自分の懐から財布を取り出すと、金貨を五枚取り出した。シオンが姉を殺すために出した金。レドも、ドモンも、その金に近づきもしなかった。

「これは、あんたのための金ですよ。アリエッタさん」

 ドモンは無情にも言った。彼は断罪人だ。どういった理由があろうと、金が支払われた時点で恨みのこもった依頼に応えねばならぬ。

「依頼人はあんたで、的はシオンです。シオンはあんたの殺しを僕らに依頼してる。この稼業は、依頼人さえ消えれば無かったことになる。……言ってる意味は、分かりますね」

 ジョウは思わず目を伏せる。あまりに非情だ。しかし今のアリエッタを救い、断罪人の掟を守るには、これしかない。アリエッタは立ち上がり、五枚の金貨をむんずと掴む。

「逃げれば、あんたを殺す」

 レドは相変わらず冷たくそう言った。アリエッタは振り向かなかった。





 北西部、ホテル街。

 アリエッタはフロントでシオンを呼び出すと、外を歩いていた。シオンは笑顔で、手を差し出してきた。トラを殺した手を。

「姉さん、前は途中で帰ったからさ。ほら、これからの旅の事とかいろいろ話したかったのに」

「ごめんなさい。あの日は体調が悪くて」

 アリエッタは夜を見上げる。月に雲がかかりはじめ、闇があたりに立ち込める。彼女は前髪を持ち上げ、両目を晒した。赤渦を巻いた──父親と、シオンと同じ目を。

「でも、今日はとても調子がいいの」

 アリエッタはシオンの後ろへ回ると、素早く羽交い絞めにして、強引に引きずり始めた! 困惑するシオンをよそに、二人は近くの建物の屋根へと上る!

「姉さん、何を……」

 アリエッタは思わず彼を離した。夜風が冷たく二人の間を駆け抜ける。アリエッタは意を決して言った。別れにも似た言葉を。

「私は父さんを殺した」

「それは、もう……」

「あなたは許してなどいなかった。でもそれは構わないの。私は地獄にも行けない人間なのだから。……ひとつだけ教えて、シオン。なぜ娼婦を殺したの。男娼を……トラを殺したの」

「知ってたんだ、姉さん」

 シオンは馬鹿にするように笑った。

「だって、あいつらは自分で身を持ち崩したんだ。情状酌量の余地なし。殺されても文句言えないんだよ。金は僕が有効に使ってるし、何も問題なんてないじゃないか」

「そう。聞けて良かった……迷いは今、消えたわ」

 アリエッタは一歩踏み出し、捻じるように拳をシオンの腹に叩きこんだ! 胸骨粉砕! よろめくシオンの後ろに回ると、腰に手を回し腹でがっちりと固定、そのまま引っこ抜くように身体を後ろへ! ジャーマン・スープレックス! 首の骨が粉砕! 屋根ががらがら崩れる中、アリエッタの攻撃はまだ終わらない。今度は無理やり屋根のてっぺんに立たせる。

「いずれ家族で会いましょう。父さんによろしく……」

 そうささやくと、彼女は弟の背中を押した。右足、左足。右足、左足、右足左足、右左右左──。幽鬼のごとくよたよたと屋根を駆け下りていく弟の背中は、闇に消える。かつて殺した父親と同じく。






 次の日。

 ジョウは朝一番に廃教会へと来ていた。シオンは確かに無残な姿となって発見された。アリエッタは、因縁を断ち切り、新たに因縁を作ったのだ。しかし彼女は幾分かましな気持ちで、この因縁と共に生きていくのかもしれぬ。

 それがこのイヴァンでとは限らない。

 そう考えたジョウは、もしやという一抹の不安と期待を胸に、この場所へと足を運んだ。レドやドモンの姿はない。薄情なものだ。

「アリー、いる?」

 普段より廃教会は荘厳に見えた。折れた十字架オブジェ。崩れたステンドグラスの隙間から朝日の光が伸び、一人のシスターを照らしていた。彼女は静かに祈りを捧げていた。その姿はまさに、聖職者そのものの姿であった。

 なんとなくその背中に、それ以上の声をかけてはいけないような気がして、ジョウはそのまま静かに聖堂への扉を閉めようとした──が隙間に両手が挟まる。大きな掌。アリエッタの暖かい手。

「ジョウ。おはようございます」

「や、やあ。なんか忙しそうだから、後で……」

「忙しくなどありません。ずいぶん暇をしているのです──それより、ジョウ。私には今癒しが足りていないのです」

「は?」

 思いもよらぬ言葉に、ジョウは思わず疑問符を浮かべた。

「私は傷ついた分心を癒さねばなりません。そのためにはあなたが必要なのです。ちょっとこっち来てください」

「エッ。嘘、痛いって。引き込むのはやめてって!」

 口ではそういいながらも、ジョウは聖堂の中へと引き込まれていった。彼女を癒すことができるのなら、一肌くらいならばいくらでも脱ぐ。

 そうして彼は日が暮れるまで、まるで飼い主が飼い犬にするように、アリエッタに抱き寄せられ頭を撫でられ続けていたのだった。




拝啓 闇の中から因縁が見えた 終

 

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