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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から表裏が見えた
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拝啓 闇の中から表裏が見えた(Aパート)




 彼の名を知っているかい?

 その名を呼べば現れる、覆面姿の英雄ヒーローだ!

 悪者が女の人を取り囲んでいるぞ。なんてことだ! 彼女を助ける者は誰もいない。悪者は剣を持っている。体だって強そうだ。女の人は悲鳴をあげている。誰か助けて! おや、周りの人たちはみんな女の人を見ているぞ。でも、みんな自信がなくて、女の人を助けようと思わないんだ。なんてことだ!

「女の人を助けてあげて!」

「そうだよ! 女の人を助けてくれる人はいないの?」

 迫真の演技であった。帝都イヴァン最大の大通り、南地区、アケガワ・ストリート。国父であり、勇者であり、唯一無二の神聖皇帝であった男の名前を頂くこの大通りには、大道芸人もちらほらしている。紙芝居屋は、そうした大道芸人達と同じく、子供たちの人気者だ。

 加えて彼らには、一昔前の吟遊詩人と同じく、大昔の伝説を口伝える役目も持つ。昔の吟遊詩人は弦楽器一つ持って街々を渡り歩いたものだが、印刷技術の向上により、こうした紙芝居が今は主流となってきている。

 さて、こうした紙芝居も産業の発展とともにライバルが増えていき、大昔の伝説を語るだけでは子供たちの関心を引くことは難しくなってきた。そこで、紙芝居屋は様々な試案を重ねた結果、小説や芝居などの既存の物語を絵に落とし込んだり、はたまた噂や伝説として語られる断片を一つの物語に膨らませてオリジナル・ストーリーを作り出すなど、今や紙芝居というのは立派なエンタテイメントの一つだ。

「みんな、これからだから静かにしてよ」

 そんな多様化する紙芝居には大人のファンがつくことも多い。人気の紙芝居などは、大型の木製パネルを制作し、公会堂のような巨大な場所で行うことすらある。

「この芝居はここから面白いんだから」

 子供たちに交じって紙芝居を見ている、ハンチング帽を被った背の低い金髪の青年──ジョウは、そんな紙芝居のファンでもある。

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「そうだ!」

 子供たちから反撃めいて罵声を浴びるジョウは、気を取り直して紙芝居へと向き直った。紙芝居屋も苦笑いを浮かべて、続きを話し始めた。

「さあさ皆さんお立会い。ここでさっそうと現るは、覆面姿に闇より深い黒眼鏡。天を衝くような大男! さあみんな、大きな声で名前を呼んで!」

「助けて! パンティホース!」

「女の人を助けてあげて、パンティホース!」

「そうだ! がんばれ、パンティホース!」

 何とも言えぬネーミングに、通りを行き交う大人たちが苦笑しながら通り過ぎる。パンティホース。帝都イヴァンでまことしやかに語られる、怪人の名前である。なぜそのような名前がついたのか、誰にも分らない。彼を見たという人が、『女性用下着店の、商品梱包用の袋を被っていたから』とも、『底の深い茶色の袋を被っていた姿が、馬の頭のように見えたから』という話もある。ともかく、誰が言いだして、どこから現れたのか、誰も知らぬ。

 ただ、いずれの話にも共通しているのは、助けを呼べば必ず現れ、悪党を華麗に退治していくという神秘的な伝説。信じがたいフィクションだ。

 しかしその神秘性は、紙芝居や小説、人々の噂話の種には十分すぎるものだった。彼はたちまち、フィクションの世界の英雄となった。誰もがその存在を信じているし、その存在を疑っている。あたりまえのことだ。結局、本当に彼を見たものは誰もいないし、いても本当かどうかなど証明できないのだ。




 帝都中央区には、中枢機関である行政府の他、各省庁の本拠が存在する。帝都内治安維持機構である、憲兵団の本部もここに存在している。執務室の奥へ進み、階段を上がると、平の憲兵官吏は姿を見ることもあまりない『憲兵団団長室』が存在する。

 その平憲兵官吏の一人である男が、珍しく一人で団長室の階段を登っていた。おさまりの悪い黒髪。目の下には深い隈。この国の剣士には珍しく、大小二本の剣を差している。扉の前に立つと、男は恐る恐る扉を叩いた。

「入れ」

 重苦しい声。ごくりと唾を呑み込む。

「憲兵官吏ドモン・ナカムラ、ただいま参上つかまつりました。失礼致します」

 ドモンが部屋に入ると、実にシンプルな光景が広がっていた。余計なものは何一つない。応接セットがあり、自身のデスクがあり、彼がいた。およそ観葉植物ひとつない。不気味な部屋に見えた。ドモンは失礼にあたらぬよう、片膝をついて頭を下げた。

「お呼びにございましょうか、団長」

 ロマノス・J・タッカー。彫りの深い白髪頭、高そうなモノクルを左目にはめ込んだ、現憲兵団団長である。行政府直属である帝国騎士団で長く騎士を務め、さらなる出世の権威付けに、憲兵団団長に就任したと噂される男だ。

「うむ。もそっと近くに寄るが良い」

 ドモンは手を擦り合わせながら立ち上がり、言われるがままデスクに近づいた。気が気ではない。彼の勤務態度は自分でも悪いと自覚している。まさか、筆頭官吏であるヨゼフを飛び越して団長から直々にクビを言い渡されるのではあるまいか。

「大儀である。貴様の噂はよく聞いておるぞ」

「や、恐悦至極に存じます」

「うん。貴様を呼んだのは他でもない。……実は、貴様にしかできない重大な任務を命ぜねばならん」

 重大な任務。あまりの言葉に、ドモンは思わず身を固くした。これは、もしかするともしかするのではないか。今まで出世というものにはまるで縁が無かったが、今度こそ──。

「貴様を、パンティホース探索係に任命する。このところ市中をいたずらに騒がす怪人・パンティホース。その名前を貴様も知っていよう」

「は、はあ」

「憲兵団にも目撃情報が多数報告されておってな。恐ろしくて外を出歩けぬと、無視できぬほど苦情が殺到しておる。かといって、騎士団にも遊撃隊にも、おるのかおらんのか分からぬ人物の捜査に人手を割けんと言うのだ。だが何もしないわけにもいかん。……わかるな、この理屈が?」

 ドモンは続けて生返事するほかなかった。他ならぬ団長の言葉だ。彼は人事権を持っている。不興を買えば、どんな処罰がまっているかわからない。受け入れるほかないのだ。

「では、ゆけい。……万が一パンティホースとやらが見つかったら、報告することを許す」





 憲兵団執務室へ降りると、ドモンは爆笑の渦に巻き込まれていた。どうやら筆頭官吏のヨゼフが、執務室にいた全員に面白がって話したらしい。

「いやあ、先輩。団長直々の任命なんて、大出世じゃないすか!」

 金髪オールバックに、眉毛をそり落とした強面の後輩・ジョニーが、涙をぬぐいながらそう励ましてくれた。明らかにひとしきり笑った後だろう。

「そうですよ、なかなかないことですよ。ふふふ……パンティホース……ふぐっ、ふふふ」

 巻き毛の学者然とした同僚・メルヴィンも笑いをこらえながらそう続けた。ドモンは不機嫌そうに頬杖をついて、ため息をついた。パンティホース。確かに、最近妙な事が多数報告されている。

 長ナイフを携えた、覆面に黒眼鏡、ダブルボタンのスーツを着込んだ巨漢を見た。あれは、パンティホースに違いない。

 実際、目撃情報の近くで殺人事件が起こっている。ケチなチンピラ。恐喝屋の真似事をしている男で、忌み嫌われていた。それが、胸を刺されて死んだ。

 パンティホースは実在する。

 イヴァン臣民に広がったのは、そのような突飛のない噂であった。おとぎ話に出てくるような正義のヒーローではなく、悪党に裁きを下す殺し屋、パンティホースが、このイヴァンに存在する。ばかばかしい話であった。

「いやあ、ドモン君。笑わせてもらったよ。パンティホース探索係就任おめでとう。心から祝福するよ」

 実に厭味ったらしい口調で、筆頭官吏のヨゼフがやたらでかい顎を撫でながら現れた。銀髪に怜悧な瞳のこの男は、顎以外は完璧であった。

「ヨゼフ様、人が悪いじゃありませんか。僕だってねえ、憲兵官吏として、十年も頑張ってきたんですよ。その挙句がこんな仕打だなんて、あんまりですよ」

 あまりのバカらしさに涙すら出てきそうになって、ドモンは憲兵官吏の証である白ジャケットの袖で涙を拭った。

「はあ? ……君も、バカだねえ。いいかいドモン君。どんな任務であっても、団長から直々に下された命令に違いないんだよ? 確かに、ばかばかしい任務かもしれないが……この騒動をうまく収めれば、昇給昇進間違いなし。騎士団での勤務だってありうる。……事実、この件が片付けば君には特別報奨金を渡すよう、僕が仰せつかっているんだよ」

 ヨゼフの言葉に、ドモンはがば、と顔を上げた。昇進などこれっぽっちも興味はないが、昇給やボーナスには大いに興味がある。ヨゼフの手には、報奨金と書かれた封筒が綺羅星のごとく光り輝いていた!

「不肖、このドモン! 団長より拝命した任務を全うし、パンティホースを見事とっ捕まえてみせます!」

 周りの憲兵官吏達が、口々によく言った! それでこそ男だ! とはやし立てた。ドモンはその賞賛の言葉を背に、大股に執務室を後にしていった。

「……行ったか。全く、けしかけるのに時間がかかる」

 ドモンが見えなくなってから、ヨゼフはやれやれといった風に封筒をジャケットの内ポケットにしまった。何がパンティホースだ。そんなものがいるわけがない。

 身にならない仕事をするのは、役立たずの役目と相場が決まっている。それを裏付けるように、周りの憲兵官吏達も、興味を失ったようにもとの仕事へ戻るのだった。


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