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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から毒牙が見えた
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拝啓 闇の中から毒牙が見えた(Cパート)



 西地区、自由市場ヘイヴン。憲兵官吏としてのドモンの管轄である。相も変わらず様々な人種や職業の者が行き交う。大店の商人から一般人まで、手続きと税金を支払えば店を出せるとあって、帝国でも随一の品ぞろえを誇るこの場所は、立派な観光地としても機能しているのだ。

 ドモンは行きつけである喫茶店である『やすらぎ』のカウンターに腰かけ、珍しく聞き込みした情報をメモに書きつけながら、コーヒーをすすっていた。ここのマスターとは長年の付き合いで、これくらいはツケが利く。

「黒髪で、釣り目で……年は丁度十……参りましたねえ、もう少しよく話を聞いとくべきでしたかねえ」

 門番からの聞き込みによれば、イーライは最近たびたび家出を繰り返しているらしい。母親を生まれてすぐに亡くした彼は、物心ついてから父親を亡くした。その間に父親であるバルトリン卿が迎えたのが、あの夫人であるという。

 夫人は、門番を含む使用人から見ても、穏やかで貞淑な人物で、実の息子でないイーライの事も特別可愛がっていたという。

「あのごろの子供ならば、分からなくもないが……それにしても頻度が多すぎるとは思っている」

 門番はそう首を傾げていた。不満がなくとも、あのくらいの子供は親に反発するものだ。世の常識はそうであるが、どうにも違和感がある。

「とりあえず、つなぎ屋に調べをつけさせるのが、賢明ですかねえ……」

 物腰柔らかな、長い金髪の男性が無くなりかけのコーヒーカップに、コーヒーを注いでくれた。彼がこの店のマスターであるマリアベルである。

「ドモン様、お仕事ですか?」

 女性的な落ち着いた風貌の青年であった。この喫茶店は、彼自身も働いていた違法女装デートクラブ出身者で固められている。その一連の騒動で命を狙われたマリアベルを助けたのもドモンなのだった。マリアベルは、返しきれぬ恩があると、何かと世話を焼いてくれるのだ。

「や、まあそんなところですよ。家出した貴族の子供を探しに行くんです」

「いつもお仕事お疲れ様です。何々、十歳くらいの、黒髪で、釣り目……んん?」

 マリアベルが首を傾げるのへ、ドモンもメモから顔をあげた。何かを思い出しているようにこめかみを指で叩いていたが、やがて得心したように手を打った。

「たまに、一緒にコーヒーを飲んでいる……小柄な金髪の方。たしかつなぎ屋さんでしたよね」

「ええ。そうですが」

「たしかあの方、ちょうどそのくらいの年の子を連れていましたよ。着ている服が高級品だったので、よく覚えています」

 妙なつながりであった。つなぎ屋──ジョウの性格で言えば、得にならぬような事はしない男だ。つまり子供を連れていくのも、十中八九仕事をしているということになる。マリアベルが見間違えたとも考えられるだろうが、ともかく情報がない。調査の手伝いをさせようと考えていたところだし、接触すべきだろう。

「マリアベルさん。いい情報ですよ。じゃ、僕は先を急ぎますので……」

「あっ、ドモン様……行ってしまわれた」

 マリアベルの引き留めもむなしく、入口のドアに設置されたベルをかきならし、珍しく素早い動きで外へと消えていった。

 



 次の日の夜。

「……お門違いだろう」

 南西地区奥の小屋。傘の鉄骨を組み立てながら、目線をこちらにやりもせず、赤錆色の髪の青年は言った。伸ばした髪を軽く後ろで縛り、黒い着流しを身に纏っている。まるで作り物の人形のような印象の彼は、この小屋の主人である、傘屋のレドだ。

「俺はそういう仕事はしねえ」

「別に協力しろとまでは言わないよ。でもさ、変だと思わない? 理由を隠して、僕に金を払ってまで、あの年頃の子供が家出しようとする理由って何さ? それに、あのバルトリン家の跡取りだよ? そこらの三流貴族とわけが違うのに」

「羊毛の取引権を持っているんだったな。金持ちには、金持ちの悩みでもあるんだろう」

 レドは興味なさそうに、手際よく傘を組み立ててゆく。彼の鉄製の傘は非常に出来が良い代わりに、生産に時間がかかる。特に時間のかかる鉄骨の形成が終わっても、今度は布張りが待っている。

「だいたい、それを俺に聞いてどうする」

「……頼むよ。いつもこういうことはアリーに頼むんだけど、あんまり乗り気じゃないみたいでさ」

「二本差しに頼めばいいだろう。あいつは金次第でいくらでも転ぶ」

 二本差し──彼らと共通する裏稼業を営む男。確かに憲兵官吏である彼に頼めば、多少の知恵が出てくるし、何より役所関係に顔が利く。しかし相手は貴族の子だ。断られるのがオチだろう。

「分かったよ。協力してくれないってんなら、無理にとは言わない。帝国貴族も絡んでくるしね……」

「ああ」

「話は終わったか、つなぎ屋」

 尊大な話し方の少年が、玄関から顔を覗かせた。ずいぶんと待たされたと不満げな表情である。

「協力は得られたか」

「ダメでした」

「金なら追加で出すぞ」

「……彼は動かない。行きましょう」

 二人が気配ごと遠ざかっていく。また静かな小屋で、レドが傘を組み立てる音だけが小さく響く。八角形の傘、八本目の鉄骨をくみ上げようとした直後、レドは手を止めた。その鉄骨をゆっくりと、音が立たぬように置くと、まだ角度をつけて形成する前の、まっすぐな鉄骨に右手を伸ばし、握りしめた。

 直後、息を切らせて入ってきたのは、ジョウと少年の二人だった。顔面蒼白となっている二人に、レドは無言で奥の部屋へ入るように目配せをした。二人が部屋に入った直後、乱暴に扉を開けて侵入する男があった! それも、二人!

「ガキをどこにやった」

「……何の話か分からないな」

「しらばっくれると、ためにならんぜ」

 男がレドの喉元に、よく研がれたナイフを突きつける。刃にレドの赤錆色の瞳が写りこんだ。安油の炎が刃に跳ね返った一瞬、レドは持っていた鉄骨を刃を突きつけた男の喉に押し込んでいた。男はごぼごぼと声にならぬうめきをあげながら、前のめりに倒れた。

「貴様!」

 もう一人の男が長ナイフを懐から抜き、立膝になっているレドに刃を向けた! 彼はまるで男をいなすように刃を受け流すと、男をうつぶせに作業場に引き倒す! もう一本の鉄骨を取ると、今度は首裏めがけて鉄骨を突き立てた。男は絶命し、小屋の中には二つの死体が転がった。

「……レド、出ても大丈夫?」

「子供は出すな」

 何事も無かったかのように、レドは黒い着流しの襟を正した。ジョウは自分一人だけ部屋を移る。死の臭いに安油のにおいが混じりあって、何とも言えぬ異臭となっていた。地獄に臭いがあるとしたら、こうしたにおいなのだろう。

「誰だ。知り合いか」

「勘弁してよ。僕の知り合いはもう少し気が長いさ。……明らかに、イーライを狙ってた」

「貸しにしておく。……裏口から出ていけ。処理はこっちでする」

 ジョウは静かに頷くと、イーライのいる部屋へ戻った。少年は、うずくまって小さくなっていた。祈るように何度も同じ言葉を繰り返しながら。

「父上、母上、助けて……」

 小さな背中であった。彼の両親は既に亡く、今の母親は後妻だ。どれだけ強がっていても、彼は十歳の子供なのだ。ジョウは彼の肩を揺らして呼びかけたが、一向に反応がない。

「どうした」

 見かねたレドが後ろ手に扉を閉めながら現れた。

「病気か」

「追われた事がショックだったのかも……レド、悪いけど教会まで運んでくれない? この子、アリーには心を開いてたみたいだから」

 レドは無言で少年を抱き上げた。巻き込む形になってしまったが、こうなると彼は非常に頼もしい。ジョウはハンチング帽をかぶりなおしながら、二人を伴って夜闇へと消えた。





「何? 消えた?」

 羊毛ギルド本部内、ギルド長執務室。顔面蒼白になっているギルド長のダンケルの前で、尊大にパイプをくゆらせているのは、キーラーだ。

「ガキ一人に二人もついていて、その二人がか?」

「キーラーの旦那、面目次第もありません。そもそもが、イーライ殿を追いかけていること自体、夫人には話しておらんかったのです」

「バカが」

 キーラーは吐き捨てるように言った。

「貴様のおかげで、絵図が台無しになるところだぞ。確かに、あのガキは消えなくてはならん。その機会を図るために追っ手を差し向けるのもわかる。……しかし、今この俺も憲兵官吏という追っ手を差し向けているんだ。万が一貴様の勝手な判断でガキを消してみろ。明らかに夫人に嫌疑が向かう。相続財産の独占のために、殺し屋を差し向けたとな!」

 ダンケルは執務室の椅子に座ったまま何も言い返せず、うつむくばかりだ。キーラーはそんな情けのない彼を見下ろしながら、再びパイプを咥えた。幸い、差し向けた追っ手と連絡が取れなくなっただけだ。イーライが死んだわけではない。まだ、「レディ・スコーピオン」の絵図が失われてはいない。

 イーライが死んでも、夫人に疑いの目がいかないこと。

 それが、あの『夫人』が掲げる最終目標だ。イーライが死ねば、夫人に羊毛取引権が相続される。ダンケルがその取引権を買い取り、新規業者へと売りさばく。金貨一千枚は下らぬ、超大型取引だ。利益の一部は、この企みに噛んだキーラーにも分配される。当分は遊んで暮らせるだろう。

「しかし、キーラーの旦那が用意したという憲兵官吏……ドモンの旦那でしたかな。そちらはよろしいので」

「当たり前だ。奴には、夫人がイーライのことを想っていたということを証明する人間になってもらうのだからな。クビになっても大丈夫な輩だ。心配するな」

 キーラーはイラつきながらそう続けた。誰にも余計な嫌疑がかかってはならない。特に利用価値の高い、あの夫人にだけは。

「お話は済みましたの? キーラー殿」

 応接用ソファへ優雅に腰掛けていた夫人が、静かにそう述べた。彼女はいつものようにカップとソーサーを持ち上げ、外見だけは完璧な貴族の婦人を装っていた。

 荒野に住む蠍は、大地に溶け込み、音もなく相手を捕まえ、毒針で刺し殺し、獲物を捕食する。そのためには、長く耐えねばならない。彼女はこの絵図のために十年近くを費やした。

 そんな彼女をそう仕立てたのは他ならぬキーラーだ。彼は犯罪者であった「スコーピオン」を、逮捕するところを見逃し、その代わりに彼女を本物の夫人に仕立て上げた。貴族の後妻に送り込むのは難儀だったが、惚れさせればなんということはない。

「フン、立派なレディだことだ。……それより貴様、殺り方はどうするつもりだ」

「イーライはとても良い子ですわ」

 そうつぶやくと、夫人は口角を持ち上げた。その笑みが意味することを、キーラーはよく知っている。彼女は 十年前、数人の子供をさらっている。それも自分が楽しむためだけに。十歳前後の子供達のその後は、全く知れない。キーラーも、詐欺師としての彼女を逮捕したに過ぎなかった。彼女の偽装が完璧であったからこそ、キーラーは彼女を逮捕せず、その能力を金もうけに利用しようと考えたのだ。

「……キーラー殿。もとより、あの子は私が殺ると申したはず。七年前、あの子を一目見た時から、わたくしは、わたくしは……」

 夫人は背中越しに肩を揺らして嗤う。蠍は既に獲物を捕まえた。あとはその毒牙を身体にかけるのみ。キーラーはそのおぜん立てをして、大金を得る。何だって構わぬ。憲兵官吏など、金が稼げぬ下賤な職業だ。稼げれば良いのだ。

「ダンケルギルド長。貴様のやったことだ。貴様で始末をつけろ。いずれ金貨一千枚の大金が入る。今回の不始末をつけるためならば、傭兵を一ダース雇うくらいなんでもあるまい」

「キーラーの旦那、しかし……」

「くどい! ケチるんじゃない。五十枚、いや百枚かけても傭兵を雇って、行方を調べさせろ。……いい機会だ。役立たずのドモンがイーライを見つけていたら、ガキを引きはがして奴を消せ。憲兵官吏を差し向けてもどうにもならなかった事実が重要なのだ。順番はどうでもいい」

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