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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から毒牙が見えた
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拝啓 闇の中から毒牙が見えた(Bパート)



「……何の冗談なんだい、それ」

 差し出された金貨は二枚。ジョウは自分の糸目をこすってみるが、金貨の枚数は同じだ。大金には違いない。しかしその金を持ってきているのは、十歳を超えたくらいの少年だ。ジョウの自宅、応接間の古い椅子に腰かけた彼の身なりは良い。おそらくは上等の生地で作られた服に身を包み、石鹸の香りを漂わせるような少年だ。

 それが、たった一人で、なぜ自分の家を訪ねたのか?

「頼みがあるんだ。君はつなぎ屋だろう」

 少年はすこし癖のついた金色の前髪を指で巻き取りながら、尊大に言った。

「……どこかの貴族の坊ちゃんとお見受けしますが」

「その通りだ。くれぐれも言葉に気をつけろよ。これから僕は君にこのお金で依頼をするんだからな」

 依頼。ジョウは身構えた。ジョウの仕事──つなぎ屋は、何かを『つなぐ』ことを生業とする職業だ。言伝から人手不足まで、文字通り何でもつなぐ。いわば何でも屋のような職業だが、その内容には非合法ぎりぎりの依頼も含まれる。もちろん彼一人では限界があるので、より適した業者へ『つなぐ』こともある。しかし相手は子供だ。本気かどうかもわからぬ上、貴族のボンボン。話半分で聞いても、本気だったときの対応に困る。

「金は見せただろ。それとももっといるのか?」

「いや、その。その前に依頼っていうのは……」

 ジョウは少年と同じ金髪に載せたハンチング帽をぐいぐい被りなおしつつ、覚悟を決めて少年の言葉を待った。鬼と出るか蛇が出るか。

「簡単な話だ。僕をイヴァンから遠く離れた場所に連れていけ。誰にも知られないようにだ」

「……まさか誘拐っていうんじゃないでしょうね」

「そう言うんだろうな」

「お断りしたいんですが」

「いいのか? 大声を出すぞ。『誘拐されかけた』とな。騎士団がこの家に飛んできて、お前は処刑されるぞ」

 後悔するには遅すぎた。ジョウは大きくため息をつく。どうやら、とんでもない犯罪の片棒を担がされようとしていた。それも、一歩間違えば自分の命すら失われるような。

「分かったよ。わかりましたよ! 受ければいいんでしょう」

 少年は笑顔を見せて笑う。笑顔だけは、年相応の少年であった。それがジョウにはまた憎らしかった。

「誘拐する者の名前くらい知っておくべきだろう。僕はイーライ・バルトリン。よろしく頼む」




 キーラーは上背のある男であった。彼はトレード・マークの鷲鼻の下にきれいに生えそろった口ひげをなでつけると、のりの効いた憲兵団の白ジャケットを羽織り、パイプをくわえた。パイプを添える右手中指には爪がない。指ごと一部削り取られてしまっている。

「貴様、ヨゼフ殿からクビ宣告を受けたそうじゃないか」

 ドモンはキーラーから半ば押し付けられたワックスで、完璧な七三分けにがっちりとスタイリングされた頭に違和感を覚えながらも、あいまいにへらへら笑った。

「いつもの事ですが、今日ばかりは本気のようですからねえ」

「まあ、やる気を出すのは良いことだ。我々一人一人が本気にならねば、犯罪などなくならんよ」

 二人がやってきたのは、東地区郊外にある住宅街であった。ここは中堅貴族の屋敷が多く立ち並ぶ、比較的裕福な者の暮らす地区である。

「貴族屋敷に用でもあるんですか、キーラーさん」

 帝国の政治すら動かす帝国貴族二十家でなくとも、基本的に憲兵団は貴族がらみの事件は扱わない。木っ端役人と蔑まれる憲兵官吏は、立場上国に奉仕する役人であり、ほとんど貴族と同等の立場であるはずが、その貴族には嫌われている。特権意識と、憲兵官吏の扱いの低さから、下に見られているのである。

「忘れたわけではあるまい。憲兵官吏の捜査箇所は帝都イヴァン全域。貴族屋敷など、貴族領での無断捜査はできんが、裏を返せば貴族の了承さえ取れば捜査は可能だ」

「そりゃ確かにそうですけど。いちゃもんつけられたらどうするんです」

「……貴様、手柄を立てたくないのか」

 その一言で、ドモンは押し黙った。今はキーラーだけが頼りだ。ここで彼に嫌われるようなことがあれば、ドモンのクビは決まったようなものだ。

「御免。憲兵団のキーラーだ。夫人にお会いしたい」

 なんたる堂々たる物言い。ドモンは思わず身構えた。いかに捜査のためとはいえ、このような物言いでは相手の反感を買うのではないか。

「キーラー殿か。夫人より話は聞いております。どうぞお通りください」

 いかめしい顔つきの門番が警戒を解き、二人の憲兵官吏を中へと招き入れた。門をくぐると、きちんと整備された美しいバラ園が広がっている。鉄骨製の巨大な白いパラソルが、日差しを防ぎ優雅な茶会を演出していた。

「キーラー殿。お久しぶりですわね」

 バラと同じ、毒々しいまでの赤いドレスを纏った、金髪の女が紅茶を楽しんでいた。食べかけのスコーンが、皿の上に載せられたままだ。

「夫人もご機嫌麗しく。今日は頼りになる同僚を連れてまいりました。……ドモン。こちらはバルトリン夫人だ。良く挨拶することだ」

 ドモンはおずおずと頭を下げながら、ははあ、と得心した。キーラーはこうした中堅貴族に尻尾を振って、面倒ごとを請け負っているのだろう。

「憲兵団の皆さんも大変ですわね。何もないのに、こうして家々を回っていかなくてはいけないのだもの」

「や、まあ案外楽なものですよ。上司はおっかないですが。夫人のようにみんな優しいといいんですがねえ」

「まあ、お上手だことですわね」

 夫人は背もたれに寄りかかると、ふとパラソルを見上げた。ドモンも釣られて見上げた。古いパラソルだ。長く使っているのだろう。

「だいぶ古くなってきましたわ。主人……もう亡くなって六年ほどになりますが、あの人が使っていたものはそのままなのです」

 夫人は愛おしげにパラソルの柄を撫でた。このバラ園も、屋敷も、彼女にとって思い出深いものなのかもしれなかった。

「……それで、夫人。私をお呼び頂いたのは、何か面倒ごとがあったと言うことですかな」

 携帯火種(魔法術式の組み込まれた、簡易型発火装置のこと)から、パイプに火を移し、キーラーは支援をくゆらせた。夫人の赤く鋭い瞳が、キーラーを射抜く。

「ええ。とても……とても困ったことになりましたの。ひとつは、このパラソル」

「はあ、パラソル?」

 ドモンは思わず声が裏返りそうになるのをこらえながら、首をかしげつつ夫人に尋ねた。

「そう、パラソルです。ずいぶん古くなってしまって。あの人の思い出の品だから、どうにか直したいのですわ」

「ふうむ。ドモン、貴様市場の方が担当だったな。腕の良い傘屋を知らんか」

 キーラーの言葉にドモンは少しだけ悩むそぶりを見せてから、わざとらしくぽんと掌を打った。大いに当てがある。

「それならいいのがいます。知合いですから、すぐに呼べますよ」

「それは良かったですわ。……もう一つ、これが本当に問題なのですが……私の息子、正確には義理の息子なのですが──イーライが家出を目論んでいるようなのです」

「ご子息も奔放でいらっしゃいますな」

 キーラーは含むように笑ったが、夫人は困ったようにため息をつくばかりだ。義理の息子でも、夫が亡くなった以上跡取りだ。心配なのは変わりないのだろう。

「そこで、キーラー殿。しばらくイーライの様子を見てもらえませぬか。あの子はこの家の跡取り。何かあっては困ります」

「なるほど……ドモン。聞いてのとおりだ」

「はあ。……しかし、キーラーさん。これ手柄につながりますかねえ?」

 思わず小声でキーラーに尋ねたドモンであったが、なおも余裕ある風に彼は笑みを見せ、小声で返した。

「貴様も鈍いな、ドモン。バルトリン家のみならず、貴族には騎士団に顔が利く者が多いのだぞ。顔を売れば貴様のクビなど余裕で回避可能だ」

 なるほど、一理ある。騎士団は憲兵団の上位組織、そこから攻めていけば、目立った手柄はなくとも憲兵団に残る可能性は十分にあるだろう。

「そういうことならば、このドモンが身命を賭してご子息を見守らせていただきます」

 今までの態度はどこへやら、ドモンはジャケットの襟を正すと、夫人の前に片膝をついて深く頭を下げた。彼にとって、憲兵官吏という身分はなんとしても守らなくてはならない聖域なのだ。

「すべて、この私にお任せあれ。では、御免」

 殊勝な物言いを披露したドモンの後姿を見ながら、キーラーはほくそ笑んだ。なんとくみしやすい者か。

「……キーラー殿。あの者は本当に大丈夫なのでしょうね」

「私の判断にケチをつけるのか?」

 先ほどまでの態度はどこへやら、キーラーは夫人の隣の椅子に腰かけると、パイプを取り、紅茶をカップへと流しいれた。喉の渇きを潤すためだけのように、乱暴に飲み干す。

「レディ・スコーピオン(サソリ夫人)と呼ばれた貴様だ。まあ、絵図は悪くない。あとはあの役立たずがうまく動けばよし」

「だめなら、どうするつもりですの?」

 わかり切った答えを、夫人はにやにやと笑みを交えながら尋ねた。パイプを咥えながら、キーラーもその笑みに答えた。この企みの先には、莫大な金が転がっている。そしてその企みはほとんど決したようなものだ。

「決まっている。何もかも消してしまうまでだ」




 南西地区、廃教会にて。

「誘拐」

「そ。誘拐」

「あまり、褒められた行為ではありませんね、ジョウ」

 シスター・アリエッタは、口では立派にそう諭しながらも、少年──イーライを自身の膝の上にのせていた。どう扱っていいものか悩んだ挙句、まず信頼できるアリエッタに相談しようと思ったのだ。

「その割には楽しそうじゃない」

「母性を発揮しているだけです」

「シスター、クッキーを食べてもいいか」

 イーライは子供ながらに、アリエッタの母性あふれる豊満な体に抱き着きながら、テーブルの上に並んだクッキーへと手を伸ばし、ほおばっていた。アリエッタも口ではジョウを諭しているが、その実満足げだ。彼女はこの年頃の少年が好きでたまらないのだ。性的な目ですら見ている。

「良いのですよ。神がお許しになります」

「そうか。シスター、クッキーを作るのがうまいな」

「まあ、お上手」

 アリエッタはそう笑いながら、執拗にイーライの太ももを撫でていた。まったくもってわかりやすい。

「で、どうする。アリーが手伝ってくれるなら、なんとかうまく行きそうかもしれないんだ。この子、金払いもいいみたいだし」

「ジョウがそう思うのなら、私はジョウの判断に従います。……その前に、イーライ君」

「なんだ?」

「あなた、家を出てからどうするつもりなのですか。一人で暮らすことは、並大抵のことではありません。お金を稼ぐのも、ご飯を作るのも、すべて自分でやるのですよ。それをわかっておられるのですか」

 アリエッタはシスターであった。彼女の言葉には聖職者ならではの重みと、説得力があった。事実イーライはクッキーを口へ運ぶのを辞め、すこしだけ暗い表情を、見せた。

「わかっている。……だが、僕はどうせ一人だ。父上も、母上も死んで、今家にいるのはあのけだものだけだ」

「けだもの?」

 アリエッタはくすんだブルーの前髪から、いつもは隠れている赤い瞳を少し覗かせながら言った。この年頃の少年が使う表現と思えぬ。

「……言いたくない。おい、つなぎ屋! 僕は説教を受けに来たわけじゃないぞ!」

 アリエッタから離れると、イーライはぷいと明後日の方向を向く。へそを曲げてしまったのだろう。大股に教会の出口へと足を向けた。

「分かってるよ。……ごめん、アリー。これも仕事だからさ。またいい仕事があったら回すよ。じゃ」

 ジョウは両手を合わせ、小さく謝罪しながら、依頼人の背中を追った。アリエッタは食べかけのクッキーと飲みかけの紅茶を見下ろしてから、二人の背中を見た。

 けだもの。

 彼がそう言う人物は、一体彼に何をしたのだろうか?

 

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