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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から跡目が見えた
50/72

拝啓 闇の中から跡目が見えた(Bパート)

 帝都イヴァン南西地区、貧民スラム街『聖人通り』。西地区の自由市場ヘイヴンや、南地区のアケガワ・ストリートと異なり、地元民が身を寄せ合って暮らすここでは、まるで動物の巣穴めいてビルにドアが隙間なく備え付けられている。

 ここは狭く家賃の安い長屋街なのだ。イヴァンに流れ着き夢敗れた者たちは、ここでかつての夢を抱きながら暮らしている。

 急速なイヴァンの発展に耐えきれず、財産を手放し墜ちた貴族。仕官を断られ、内職で糊口をしのぐ騎士。出稼ぎに来たはいいが故郷に帰れなくなった労働者。──そして、かつては素晴らしい技術を持ちながら、身体を壊し働けなくなった者。

 デイブはそうした『行き場を無くした老人』の一人であった。妻には薬を買ってやれず先立たれ、十年前の内戦時、息子と嫁は行商の途中戦闘に巻き込まれ失った。

 彼に残ったのは痩せた身体と、七歳になったばかりの孫娘、サニーだけであった。息子夫婦が最後に遺した宝物を、彼は老体に鞭打ち、手作りの木製パイプを休みなく製作し、売り歩いた。

 いつしか年月が経ち、サニーは年頃の娘となった。デイブはその頃になると足を悪くし、ぼおっと揺らぐ頭でサニーにパイプ制作の技術を教えた。

 それが、何年前だったのか、果たして全てをサニーに伝えられたのか、デイブにはもうわからない。

 彼の頭は老いたことで既にぼろぼろと記憶がこぼれ始めていた。愛したはずの妻も、息子も、その嫁も、名前も顔も思い出せなくなっていた。

「おじいちゃん、スープ飲める?」

「ああ? ああ。飲めるよ。まだそこまで耄碌しとらんよ。サニー、おまえ学校はもういいのかい」

「幼年学校卒業したの、もう四年前よ」

「ああ、そうか‥‥そうだったな」

 銀色のショート・ヘアに、髪と同じ色の瞳。美しい娘に育ったことは、彼の老いた頭でも理解できた。

 ときおりデイブの頭には、昔のようにはっきりとした意識が戻ることがある。どこからどこまでが彼の意識かは分からぬが、サニーを愛しく思う意識は自分であるはずであった。その時に、彼は覚えていないにしろいつも思うのだ。そろそろ嫁に出してやらねばならぬ。いつまでもこのような老人に縛り付けるなど、あってはならないことだ。

「おまえ、嫁に行く気は無いのか」

「またその話? まだ早いよ」

「早くて悪いもんじゃない」

 サニーははぐらかすように笑う。それがまた美しかった。こうしてそう感じられることが、あと何回できるだろう。老人はスープを口へと運ぶ。味がしなくなり、目の前の景色が溶けて消えた。デイブがまた失われたのだった。

「おじいちゃん?」

「あ? あー。すまないが、どなただったかな」

「サニーよ」

「サニー? オルガの間違いじゃないか?」

「それはお母さん」

「ああ‥‥そうか」

 その時であった。軽くドアがノックされる音が、狭い部屋に響いた。サニーは朗らかに訪問者に向かって返事をした。

「どなたですか?」

「傘屋ですが、依頼されてた傘の修繕が終わりましたのでお届けに」

 サニーは心無しか少し嬉しそうに、まるで跳ねるように立ち上がると、扉を開けた。

 えくぼを浮かべた、まるで人形のように美しい青年が立っていた。黒い着流しを身に着け、赤錆色の長髪をそっけなく後ろで縛っている。同じ色の瞳から発せられる視線が、サニーをまるで射抜くようだ。

「どうも。こちらです」

 彼が持っていたのは、地味な黒いコウモリ傘であった。預ける前は骨が折れ、布は破れていたそれが新品同様だ。鉄骨製の傘は未だに高級品であり、古いものをまた直して使おうとする者は多いのである。

「レドさん、すごいわ。買ったばかりみたい」

「あなたがこの傘を大事にしていることがよく分かりましたからね」

「父の形見なの。本当にありがとうございます。お代はいくらですか?」

「銅貨七枚で結構です」

 レドはわずかに微笑みながら言った。サニーは財布を取りだし、中をまさぐった。レドの手のひらに銅貨を一枚ずつ落としていく。六枚しかなかった。

「ごめんなさい、レドさん。あと一枚は、必ず後日お持ちしますわ」

「一枚くらいおまけしますよ」

「それじゃ、悪いわ」

 レドはサニーに傘を渡すと、言った。

「傘屋にとって、良い傘を触るのは勉強みたいなものですから。気になさらないでください」

「そんな」

「では」

 行商用なのであろう、まとめて縛りあげた傘を背負うと、レドは振り向きもせずに去っていった。サニーは傘を片手に、その後ろ姿をどこか熱っぽく見つめ続けたのだった。



「お兄様、ご存知ですか」

 朝食の場だというのに、とつぜん厳しく口を開いたのは、妹のセリカであった。

「最近またなんとかというヤクザ集団が所構わず狼藉を働いているとか。私の生徒が恐ろしくて外も歩けないと言っておりますの」

 帝国魔導師学校の教授を務めるセリカは、こと生徒に及ぶ危険を許さない。社会への怒りと言い換えて良いそれは、兄であるドモンに及ぶ。

「お義姉様、わたしもジョニーさんのところの奥様から伺いました。中には女性をさらっていく者もいるとか」

 小動物めいた可憐な見た目ながら、その中身は苛烈そのものな妻のティナも、恐ろしさを身体で表すがごとく自らの体をさすった。

「恐ろしいことですわね、ティナさん。‥‥お兄様!」

 びくっと、傾きかけた頭が戻った。おさまりの悪い髪が、寝起きのためかなお悪い。寝不足なのか、目の下には濃い隈。ドモンは朝に弱い。

「‥‥なんでしょう」

「聞いておりましたか、お兄様。ティナさんも私も、このままでは恐ろしくて外も歩けません」

「そうですわ、あなた。憲兵官吏として、ヤクザ者をきっちりとっちめてきてください!」

 ドモンはコーヒーをちびりと飲みながら、ぼりぼりと頭を掻いた。ヤクザ者だと一口でいうが、おそらくは最近富みになにかしら厄介事を起こしているのは、アスタ・ファミリーの連中だろう。

 荒くれ者の集団でも、きっちりと場を納めてきた『ビッグボス』がつい先日亡くなったと聞く。彼の力が弱まった結果、統率が乱れたのだ。

 せめて代替わりして、おちついてくれればよいのだが。

「そうはいいますがね、二人共。僕一人で何百何千いるヤクザ者たちを、こうばったばったとなぎ倒すのは無理ですよ」

 至極最もな返答であったはずのドモンの言葉に、ティナは噛みつき大喝した!

「あなた! それでイヴァンの平和が守れますか!」

 なんたる大声! ドモンのほおはびりびりと波打ち、コーヒーが若干溢れる!

「要は志の問題なのです、あなた!」

「ティナさん、その辺で。‥‥ともかく、お兄様。憲兵団のお仕事として、外をまともに歩けるようにしてくださいまし」




 南地区、アケガワ・ストリート。

 ここには、ここ数年でようやく完成したばかりの、帝国随一の大きさを誇る大教会が存在する。長く続いた大陸での大戦、そして内戦で失われた命を慰霊するための意味を持つ施設であるが、その広さと神への畏敬の念から、様々な宗教行事はもちろん、広い敷地を活かしたチャリティイベントも多数開催される。

 そのひとつが、週に一度行われるバザーである。ヘイヴンのような自由市場と違い、ここで店を開いているのは各地の孤児院の子どもたちやボランティアで参加した人々で、その収益は各地の教会や孤児院へと分配される。

 そんなチャリティ・バザーで、子どもたちに紙芝居を見せている者があった。ハンチング帽を頭に載せた、金髪糸目の背の低い青年である。その側には、子どもたちを慈しむように佇む、シスター・アリエッタの姿もあった。今日の彼女はくすんだブルーの前髪を下ろし、目は晒していない。

「ドカーン!『アタシは、ふじみだぜ!』鉄の腕を持つ女は、悪者をギッタギタのメッタメタにして大暴れ!こうして王国には平和が戻ったのでした。おしまい。はい、終わり」

 ぱらぱらと拍手が鳴り、実につまらなそうに子供達が去っていく。ひそひそと紙芝居への文句が垂れ流されるのを聞き流しながら、ハンチング帽の青年ジョウは、わざわざ自作した紙芝居セットをたたみ始めた。

「やっぱダメだね、プロみたいには行かないよ」

「そのようなことはありませんよ、ジョウ。とても面白かったですよ」

 アリエッタはパチパチと拍手を続けながら言ったが、ジョウの冷ややかな視線を受けて、徐々に勢いをなくして言った。無理もない。つなぎ屋──場や人手不足に言伝、なんでもつなぐという触れ込みのなんでも屋だ──である彼にとっては、どのようなことでも飯の種だ。たまには奉仕活動も良い物だと、無理に誘ったのはアリエッタなのである。露骨に口出しはしないが、金にもならぬことをわざわざするのは、この青年にとって不本意なのだった。

「いいよ、別に。僕の紙芝居だって大したことなかったし。炊き出しやるんでしょ。一応それでチャラだよ」

 なんと心優しき言葉か! ジョウの殊勝な心がけにアリエッタは感激し、頭二つ分は背の低い彼を抱き寄せると、ハンチング帽ごとわしわしと彼の頭を撫でた。まるで大人と子供である。

「あなたは必ず神の国へと召されますよ、ジョウ。優しい人だもの」

「なんで生きてる時に死んだ時のこと考えなくちゃならないのさ! いいから離してよ」

 彼がアリエッタを振りほどいた次の瞬間、よろけて誰かにぶつかった。相手もなにか持っていたのか、地面に落として転がしてしまった。ジョウは慌てて謝りながら、転がったものを拾い上げる。

「ごめんなさい! すぐ拾って‥‥パイプ?」

 木製の特徴あるカーブのそれは、たばこを吸わないジョウでもなんであるか分かった。銀髪の、まだ少女の抜けきらぬあどけのない笑顔がジョウを見ていた。

「こちらこそごめんなさい」

「これは君の商品? すごい工芸品だね。パイプの職人なんて、年季の入ったおじさんばかりだと思ってた」

「よく言われます。実際、おじいちゃんから教えてもらったんです」

 少女は商品を拾い集めると、改めて礼儀正しくジョウにお辞儀をした。所作が美しく、ジョウも釣られて頭を下げる。

「ありがとうございました。拾ってもらって」

「そんな!ぶつかった僕が悪いからさ。気にしないでよ」

 ジョウは思わず笑みをこぼしていた。礼儀正しく心優しい人は、他者に笑顔を与えることができる。彼女はまさしくそういう人間だった。

「サニーさん、パイプはあなたの作った高級品なのでしょう? バザーに出しても良いの?」

 アリエッタは、彼女と何度か面識があった。聖人通りで祖父と共に暮らす貧しい少女だ。彼女の作るパイプはまさしく一級品の美しさだが、作るのに時間がかかる。量を作れないので自然と高値をつけざるを得ないのだが、今度は高すぎると買い叩かれる。そこをコントロールするのが商売人としての才覚なのだが、彼女にはそれが欠けてしまっている。欲しいと言われれば、言い値で売ってしまうのだ。

「これは失敗品ですから。それに、私のパイプが誰かのためになれば、それでいいんです」

「これが失敗作だって? 信じられないよ」

 ジョウは拾い上げたパイプを見て言う。よく出来ている。職人にしか分からぬ違いがあるのかもしれないが、ジョウには理解できぬ。

 その時であった。突如、まるで周りのすべてを威嚇するが如き怒声が、あたりに響いた。ただ事ではない。それもそのはず、どこからともなく、十数人の派手な羽織を身にまとった男どもが、目についたバザーの商品を蹴っ飛ばしながら、ずんずんとこちらに向かってくるではないか!

 おそれおののくバザーの参加者たち。それもそのはず、このバザーにはせいぜい女子供に老人しかいないのだ。そもそもここは教会、まがりなりとも神のお膝元である。どんな悪党だろうと、その敷地を犯すことがあってはならない!

「やめなさい! 神はあなた達の暴虐を見ておられますぞ!」

 主催者でもある中年の神父が果敢にも暴力の前へと飛び出し、道を塞ぐ!

「るせェーっ!」

 先頭のスキンヘッドに禍々しい刺青を入れた黒人の男が、神父を裏拳で殴る! ふっとばされる神父を、アリエッタは抱きかかえ、男どもに叫んだ!

「一体何事ですか!」

「ああ!? なんだァ、てめえは。どこのシスターかしらねえが、誰がここで商売なんぞやっていいって言ったんだ? ここでの商売はな、アスタ・ファミリーが仕切ってんだ。勝手に商売するなんざ、ふてえ野郎だぜ。払うもんをきっちり払ってもらおうか!」

「そんなばかな! チャリティは今日が初めてではない! それに、ビッグボスにもここでのチャリティは認めてもらって‥‥」

 口から流れる血を拭いながら、神父はあえぐように言った。大男はすかさず畳み掛けるように言った。

「ますますふざけた野郎だぜ! 新しいボスを知らねえのか? 挨拶どころか顔も知らねえってか?」

「ここは神のおわす場所です。許可など必要ないはず。それに、ここでやっているのは商売ではなくチャリティです」

 サニーは凛とした態度でそう言い放つ。なんたる胆力か! 相手は彼女が見上げるような大男である!

「その通りです。どうかお引取りを」

 アリエッタがそうぴしゃりと締めくくった。先頭の大男はへらへらと笑いながら、引き連れた男どもを見回す。

「ま、てめえらがそんなにチャリティとやらをやりてえなら仕方がねえ。だがボスに『挨拶』も無しってのはいただけねえ。おう、嬢ちゃん。おめえ、なかなか良いタマしてやがるな。ひとつボスに挨拶しな。礼儀は大事だ。代替わりした俺達のボスと会って、仁義を切るならそれもよし。‥‥チャリティってのは、なんでも毎週やるそうじゃねえか。楽しそうだな? エエッ?」

 大男は、そう言い放つと遠回しに威圧をかけてみせた。思い通りにならなければ、何度でも足を運ぶつもりなのだ。何たる横暴か! このままでは、バザーは台無しになってしまう!

 怒りを胸に、アリエッタは奥歯を噛み締め、一歩を踏み出そうとした。それを、ジョウは袖を引っ張り制す。

 彼らは正義の味方ではない。

 弱い人々の影に隠れる存在でしかないのだ。


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