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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から邪道が見えた
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拝啓 闇の中から邪道が見えた(Cパート)

 二日ぶりに女を見つけたジョウは、相当の葛藤の後、彼女に声をかけることにした。彼女はジョウの事を覚えていた。それが彼には辛かった。

「本当にひさしぶりね。本当に‥‥」

 女は暗かった表情を一気に輝かせながら言った。ジョウの見立て通りであった。かつてカゲンの村でともに過ごしたミレイ。荒んだジョウの心を、少しばかり人間に引き戻してくれた女。

 彼女と、そして今はいない彼女の妹は、当時の彼が本当の意味で笑い合えた人間であった。

 カゲンの村での暴動のあと、ジョウは何も言わずに姿を消した。あの村での出来事は、自分に責任がある。そう考えたからこそ、ジョウは彼女に別れも告げず姿をくらました。

「あなたがいなくなったあと、わたしも村を出たの」

「やっぱり、村は、その‥‥」

「隣の村に吸収合併されたわ。まるで、はじめからカゲンの村、なんてなかったみたいに。‥‥わたしの妹も、はじめからいなかったみたいに‥‥それがいやで、村を出たの」

 ジョウはただただ目を伏せるばかりであった。彼女の耳は昔と同じように長いままである。すなわち亜人、エルフ族である証左だ。そんな彼女が自治区以外でできる仕事など限られている。彼の思考をまるで読み取ったがごとく、暗い笑みを浮かべながらミレイは言った。

「そんな顔をしないで」

「でも」

「わたしの人生なの、ジョウ。‥‥わたしは選んだの。妹は選べもしなかった。だからわたしはいいの」

 そのきっかけを作ったのはぼくだ。そう言えたなら、ジョウはどれだけ幸せだろう。心の中のわだかまりが、その一言で一気に晴れることは明白だ。

「どうして、イヴァンに」

 しかし言えなかった。久々に笑顔を見せたのだろうミレイに、再び裏切りと絶望を与えることなど、彼にはできなかった。

「‥‥少し前に、カゲンの村でのことを知っている貴族と会ったの。村での暴動は偶然じゃない。仕組まれたんだってね」

 その情報を引き出すために、彼女は己の身をどれだけ犠牲にしたのだろう。数年前の少女らしい雰囲気を何もかも失い、身に着けざるを得なかったこの色気が、それを裏付けた。ジョウは細い目をこすり、無意識にハンチング帽をかぶり直す。

「もう、いいじゃないかミレイ。君がそんなこと知って、一体何に‥‥」

「わたし、人を殺すわ。あの子を殺した貴族を殺すの」

 ジョウの言葉を遮るように、ミレイはそう断じた。無意味だ。他人の復讐を金に変えているクズの自分が、ミレイの言葉をせせら笑った。

「あの暴動を引き起こしたのは、ナバロっていう貴族。亜人なんか滅ぼしてしまえばいいなんていう考えの人間が、あの暴動を仕組んだの」

 単純な筋書きである。帝国貴族二十家のひとり、ナバロ家は、純血主義者で人ならざる亜人を生命として認めない立場をとっていた。

 しかし、あの暴動が、ジョウの、ミレイの人生を変えたあの事件が、そのような単純なものだろうか。陰謀というものは重ねたかごのようなものだ。かごの一つを取ったとしても、中に影響はまったくない。しかしそのかごをとるには、それこそ途方もない労苦を強いられるのだ。

 彼女はそのかごをとっただけで喜ばされている。中身など何も見えていないというのに。

「君に人殺しなんてできるわけないじゃないか。考え直してよ」

「じゃあ、あの子はなんのために死んだの? 一体誰が殺したの? あの子がボロクズに変わった怒りを、誰にぶつけたら?」

 それはぼくだ。ぼくにぶつければいい。ぼくを殺して、それでしまいにすればいい。

 ジョウは結局、彼女に求めたような言葉を何一つ与えられなかった。彼女は行く。安寧と安息の日々が、手の指からこぼれ落ちていくように。



 再び、深夜。

 月も浮かばぬ暗闇を縫うように、サンムは駆ける。これが最後の仕事だ。そう何度も言い聞かせつつ、彼はいつもの通りに影をまとう。

 彼は肉を食べない。酒も飲まぬ。

 即ち生命活動の痕跡であるものを、何も残さぬことこそ、彼が名人である所以だ。己の身体の臭いは、その痕跡の最たるものだ。音は出さねば良い。気配は息を止め、消せば良い。しかし臭いだけは日々の生活が物を言う。無息、無音、無臭。即ち三無の達成が、彼の技の奥義だ。

 彼は殺しのためだけに『三無(サンム)』となった。殺し以外何も無い男に。彼は生き延びるためならば息子も娘も殺した。彼は己の足跡すら消してきたのだ。

 全ては生きるために。

 彼は貧欲にそう仕事をこなしてきたのだ。そして彼が行う最後の仕事も、完璧とせねばならなかった。

 音もなく屋根の上からその屋敷──南西地区の、崩れ落ちた形ばかりの屋敷だ──に侵入した。

 このような場所に帝国貴族二十家がいること自体、そもそもがおかしな話であったが、彼には仕事を終わらせ、対価たる金貨を得ることしか頭になかった。

 迷いは刃を鈍らせる。小太刀は言葉通り迷いなく抜き出された。いつもならば、それで頸動脈を切り裂き、一瞬にして相手の命を終わらせるはずであった。

 その男は、崩れ落ちた屋敷の中で立ち尽くしていた。目の前にいるのは黒髪の女。おそらくはサンムとそう年は変わらぬであろう男──帝国貴族、テルミン・ナバロ卿は、慣れぬ剣を抜き払ったまま女に言った。

「痴れ者め‥‥亜人ごときが恥を知るがいい」

 ナバロの声は震えていた。かつて彼はこの屋敷に住み、反亜人を掲げあの手この手の策謀に手を染めたという。その彼が、目の前にいる女──夜風が長い髪をゆらし、女の長い耳を露出させた──に恐怖を覚えている。

 サンムは抜きかけた小太刀をゆっくりと納める。このような話は聞いていない。彼はナバロを、彼だけを殺しに来たのだから。

「カゲンの村を知っていますか」

 女は懐から短剣を抜く。瞬間、感じ取れるほどの殺意が爆裂した。憎しみ。恨み。

「あなたにたどり着くまでに、わたしはすべてを投げ売った。あの日、村で殺されたわたしの妹を覚えていますか」

「知らぬな。‥‥刺客が亜人の女とは。運が向いてきたというものよ」

 サンムは考える。この状況はいかなるものか。なぜこの女は『サンムとほぼ同じ目的で、ナバロに辿りつけたのか』?それが分からぬ。

 顔の見えぬ主君は言った。ナバロの行いは帝国の威信に傷をつける愚かな行為、生かしてはおけぬ。

 その言葉自体は良い。政治のことなどどうでもよいが、これまでのあの男の依頼が、帝国内部、それも行政府の中枢からなされたものだということは明白だからだ。サンムの痕跡が残らぬ殺しは、高位のものに正確に死だけを与え、それ以外の疑いを誰にも残さなかった。あまりに完璧すぎて、不可能犯罪とみなされてしまうのだ。それは、あの男のお膳立ての一部でもあったのだろう。だからこそ、サンムも金払いの良さと成功率の高さを根拠に、長く仕えたのだ。

 だからこそおかしかった。突如生じた異分子に、サンムは警戒した。

 女は懐から抜いた小刀で、ナバロに切りかかった。無駄な行為であった。怒りで人が殺せるならば、涙で人が斬れるならば、この世界にサンムの居場所などない。

 名も知らぬ亜人の女は、かくも無残に殺された。興奮冷めやらぬ、といったナバロ卿は、もう動かない女に対し、数度刃を突き立てる。あまりの過剰な力に、剣が貫通し地面に引っかかる。

 サンムは崩れかけの壁の上に、伸びた枯れ木のごとく立って全てを見下ろしていた。彼は小太刀の柄に手をかけ、音も無く地上に降り立つ。抜き払う。短く歯と歯の間から息が漏れる。瞬間、上下する肩の上、首を一気に切り裂いた。傷がぱっくりと開き、数秒後血が吹き出す。ナバロはばったりと亜人の女へと倒れ込むようにして、崩折れた。

 血溜まりが広がっていくと同時に、サンムは息を吐いた。彼は呼吸していた。なんたること。殺しの真っ最中、死が炸裂するその瞬間に、息を。

 とても完璧とは言えぬ殺しに、サンムは無言のまま跳躍、そのまま壁を飛び越え、闇へと消えた。

 直後、ちょうどサンムがいた壁の下、屋根のごとく崩れた瓦礫の下で、闇が動いた。誰かが立っている。暗く錆びた、ちょうど広がった血溜まりと同じ色をした瞳を持つ男。

 彼は、違和感の正体を見た。



 一方その頃、憲兵団本部。今日はぽかぽかと暖かく、珍しく事件らしい事件もない。見回りから戻った白ジャケットの憲兵官吏達が、やれやれとコーヒーで一息ついていた。

「ヒマですねえ。毎日こうヒマだといいんですけどねえ」

 ドモンはカップをゆっくりと口に運び、ずるずるとコーヒーを飲んだ。席が隣り合っている眉なし金髪オールバックという強面の後輩ジョニーも、書類仕事がどうやら一息ついたようであった。

「まったくっすよ。それより、給料日明日っすよ先輩。長かったですね」

「や! それはそれは。嬉しいですねえ。もうここ二日、昼飯にパンも満足に食べてないんですから」

 ドモンの小遣いは少ない。少なくなったぶん補填できれば良いのだが、妻のティナはもちろん、同居している妹のセリカも許さない。どうせ無駄遣いをしているのだろうという決めつけが理由だ。ドモンからすればたまったものではない。

「ドモンさん、ジョニーくん、聞きました?」

 いつも浮かない顔をしている同僚の、学者めいた金髪巻き毛のメルヴィンが、めずらしくうきうきとした調子で話しかけてきた。

「今日でなんと、イヴァン内で一週間凶悪事件が発生していないそうですよ。ヨゼフ様も団長からお褒めを頂いたとかでご機嫌で、なんでも特別ボーナスをいただけるかもしれないとか」

「マジすか、メルヴィンさん。先輩、マジやべーっすよ。金貨二枚くらいは固くないすか」

「固いですね。つまりは今日これ以上何も起こらなきゃいいわけ‥‥」

 ドモンがそう締めくくろうとしたその時であった。突然駐屯兵の一人が憲兵団本部に飛び込んできたかと思うと、青ざめた顔で叫んだ!

「い、い、一大事にございます!」

 ドモンを含む憲兵官吏全員が、見て見ぬふりをしてしまいたいと願っていた。

「一体何ごとなのですか」

 静寂を打ち破ってしまったのは、メルヴィンであった。どこからか舌打ちが聞こえたが、飛び込んできた駐屯兵は言う。

「ハッ! 殺人事件であります! 帝国貴族のテルミン・ナバロ卿の遺体が発見されました!」

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