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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から邪道が見えた
46/72

拝啓 闇の中から邪道が見えた(Bパート)

 ジョウが困る質問は多くある。

 彼は自分のことをあまり話したがらない。それも昔の、過去のこととなると尚更だ。彼は生まれた時から何も持たなかった。貧しい家庭に生まれ、貧しい食事で育ち、貧しい教養に貧しい環境で育った。父や母も、どうやらそれをよく思ってはいないらしかったが、具体的にどう改善すればよいのかという点については、良い答えを持たないようだった。

 十歳になったある日、彼は人買いによって買われた。彼の住む村では、畑を受け継ぐ長男以外は養う意味を持たなかった。奇しくも当時の帝国は皇帝の死──それも暗殺──によって荒れており、ジョウは人買いによって近くの街に売られる途中、人買いが殺されるというアクシデントにあった。

 偶然にも用を足しに暗がりへ行っていた彼は、今となっては感謝してすらいるが、その襲撃者には見つからなかったようであった。

 人買いはばっさりと叩き切られたまま、血の池に沈んでいた。彼の全ては血塗られており、子供であったジョウですら、そんなものを身に着けていれば咎められるであろうことを察した。

 ただ、彼のかぶっていた丈夫そうな──それでいて少し小さめの──ハンチング帽だけは、血染めにならずにすんでいた。それが彼に残されたものであった。男はジョウを仕入れるために金をほとんど使い果たしていた。彼は身一つとハンチング帽、そして僅かな金で旅立たざるを得なかった。両親のもとに戻れれば、どんなにかよかっただろう。彼の懐かしい故郷は、すでに遠く離れて久しかったのだった。

 内戦後の帝国混乱期に、子供であるジョウができることは少なかった。ただ、『非合法な職場』でさえあれば、彼は歓迎された。

 そうした職場は、騎士団や駐屯兵団によって摘発されるのが常であった。ジョウはその度に逃げ延びた。運ではなかった。彼はおそらく、人買いから逃れた際に全て運を使い果たしていた。

 その代わり、彼は同世代から見ても飛び抜けて情報収集と分析が上手かった。客が話した与太話や酒酔い話の断片から、真実を構築し、それを信じ行動していた。彼には沈む船が的確に分かったのだ。

 そうした中で、彼は別の人間になることを望んでいた。悲惨な人生であるが、なんとか生きている、それ自体は良い。だが、一方で、こんなのは本当の自分ではない、という気持ちも強かったのだ。ジョウはいつしか、様々な人物となった。老若男女、変身願望は化粧やかつらといった技術や道具で徐々に満たされ、誰もが言われなければ気づかぬほどの域に達したが、結局のところジョウはジョウ以外には変われなかった。

 彼はその不満を、金を稼ぐことで満たそうと考えた。未熟な彼には、それくらいの方法しか思いつかなかったのだ。



 十七歳になった彼は、すでに金次第でどんなことでも引き受ける「つなぎ屋」として有名になっていた。蛇蝎のごとく忌み嫌われてもいた。彼はいつしか、亜人達が暮らす帝国の北東部、亜人自治区で稼業を続けていた。

 なにせここは様々な種族が息づいている。男か女か境界線を曖昧にさせるジョウにとっては、なかなか住みよいところであった。自治区の入口にある、カゲンの村。やすい二階の下宿を借り、そこで様々な姿を使い仕事に精を出した。1階の大家の娘──ジョウと同世代の姉と、一回り小さい妹──には、なにか得体の知れぬ人物が巣食っていると思われていたらしく、ジョウは度々様々な姿で特に幼い妹の方をからかいに行った。そんな二人を見て、姉のミレイはおかしそうにくすくす笑ったのをよく覚えている。

 そんな生活が続いていたある日、ジョウはとある仕事を受けた。

 依頼主──その実、名乗りもしなかったが、おそらくはただの仲介人であろうことは明白だった──から指示されたことは大したことではなかった。刺すと刃が引っ込み血の出る、おもちゃのナイフで、大通りのど真ん中で刺されてほしい。後は機を見て逃げ出すだけ。

 怪しい仕事と言わざるを得なかったが、若かったジョウは金貨二十枚といういやに高額な報酬の魅力を振り切れなかった。

 皇帝への反逆を試みた亜人達は、行政府から再び許可を得て、自治区を形成していた。皇帝を失った後の帝国指導者、皇帝総代、アルメイ・ポルフォニカ肝煎りの政策として形成された亜人自治区は、帝国貴族二十家と同じ権限を持つ区長を行政府に派遣することも可能であるなど、内戦前より極めて広い権利を持っていた。

 一度住む領土を焼かれた亜人達への贖罪と言えばそれまでであろう。若かったジョウには知る由もなかったが、それをよく思わぬ人間がいたのやもしれなかった。

 ジョウは、カゲンの村で、打ち合わせ通り刺された。広がっていく赤黒いインクに、人々は悲鳴を挙げた。誰かが言った。エルフの娘が刺されたぞ。殺したのは帝国騎士団だ。街はたちまちパニックとなり、騎士団、ひいては帝国への復讐心を抱いたものの炎を燃え上がらせた。

 だが、喧騒に暴力、混乱に破壊はそう長くは続かなかった。まるで見越していたかのように、帝国騎士団と、彼らにより入念に訓練・打ち合わせを受けていた自治区自警団による鎮圧行動は、極めて的確で有効であった。エルフも、ドワーフも、オークも、その他マイノリティに分類される様々な種族の亜人達が、自らの住むこの自治区が帝国騎士団によって極めて的確に管理されていることを知るに至ったのだった。暴動は、そうした事実の提起にしか至らなかった。

 しかし、ひとつの事実が残った。カゲンの村だ。村は小さかった。自治区入口で、交易の要であったのが、村にとっての悲劇の一つであった。

 暴動が鎮圧されるのが早かったとはいえ、その暴力を向けられて良いはずの無い大勢の者の命を落とした。

 その中の一人となった少女はジョウがよく知る──大家の娘、ミレイの妹であった。どこから湧いて出たのか分からぬ「一般市民」が暴徒と化し、この小さな少女を弾き飛ばし、踏み抜き、殺したのだ。

 幼く美しかっま黒髪は、土埃と血で染まっていた。

 彼が、単なるなんでも屋を辞めたのは、この依頼の裏を図れなかったからだ。

 断罪人の元締め──今はもう命を落とした老婆は、そうしたジョウの闇を感じ取り、この闇の稼業へと誘ったのかもしれない。

 他者の恨みを金で引き受け、生きていても仕方のないクズを殺す、復讐代行業者。

 もう後には戻れぬジョウには、似合いの地獄であった。

 

 

 アリエッタはその日、元気良く別地区にある教会へとでかけて行った。コウヅキは物静かで、まさしく神父らしい神父であった。

 もし彼がここに住んでくれれば、自分もシスターとして共に多くの人々に神の愛を説くことができるだろう。

 彼女の期待は大きかった。なかなか悪くない未来である。

 意味をなしているかどうか怪しい外へと続く扉を押し開けると、そこには意外な人物が立っていた。

 赤錆色の長髪を後ろでそっけなく結び、作り物めいた造形の色男である。黒い着流しを羽織り、束ねた傘を背負っている。傘屋のレドである。

「まあ、どうしたのですか。神にお祈りですか」

「別に。‥‥近くまでよっただけだ」

 レドは表情を変えぬまま、そっけなくそう言った。彼は鉄骨製の傘職人であり、製作修理、行商も全て自分でやる。普段は汗一つかいている所を見せないような男であるが、時たま自宅に帰る前に教会へ顔を出すのだ。

 もっともこの教会は、アリエッタやレドを含む『断罪人』のアジトでもあるので、なにかそうした断罪の依頼でもはいっていないかと気にしているのだろう。

「すみません、私今から出てしまうんです」

「そうか。‥‥誰だ?」

 レドは聖堂奥に佇む人影を見て、僅かにまゆを持ち上げた。旅の神父で、しばらくここにいるのだと伝えると、レドは納得したらしかった。

「しばらく、ここ以外で集まったほうがいいかもしれません。ジョウの家か、あなたの家で‥‥」

「わかった。‥‥あんた、出かけるんじゃないのか」

「そう! そうでした! すみません、では後ほど!」

 アリエッタが長身巨躯を揺らしながら去っていった後、レドは聖堂の奥に佇むその男へと近づいていった。

 男は神父のように見えた。

 事実彼は神父服を身にまとっていたし、振り向いた時首からロザリオを下げていた。穏やかに微笑むその顔も、まさしく完璧な聖職者であった。

 完璧な聖職者。言い得て妙である。この世に完璧な存在などあり得ない。教会でいくら祈ろうが、神は降りてこないのだ。

「あんたは」

「おお、これはこれは。祈りを捧げにいらしたのかね」

「ここには神父はいなかったはずだが」

「昨日から、ここで厄介になっているのだよ。私はコウヅキという。しばらく屋根を借りている身だ」

 レドはゆっくりと束ねた傘を地面に置いた。そして、黒着流しの懐へと手を差し入れる。

 彼は父親の影を追い、断罪人──もっと乱暴に言えば殺し屋になった。父親は未だ行方は知れぬが、噂はついて回った。いわく、あの男は気配を自在に殺すのだと。

 そこにある人が確かに存在しても、なお存在が認識できない場合、その存在を実存たらしめるものが気である。人は誰もがその気をまとっているが、まれにその気を完全に殺すことができる人間がいる。

 それを殺しの技術へと昇華した男こそ、レドの父親であるという。

 にわかには信じがたい話であった。しかしその話を否定するのは、レドにとっては、父親の存在の否定と同義であった。彼は殺しの腕を実地で磨きながら、自己流で気配の殺し方を研究した。

 ある程度は、可能なのだ。可能ならば、それを極めるものも必ず存在する。

「お前さんは、何に悩んでいるのかね」

 振り向きざまに、コウヅキが穏やかにそう尋ねる。レドは答えぬ。彼は懐の中で、殺し道具──鉄骨に手を触れかけていた。

「あのシスターも良い娘だが、男には男にしか話せぬこともあるだろう」

「ああ。‥‥そうだろうな」

「私はしばらくこの教会にいる。道に迷えば導こう。それが神より与えられし試練なのでな」

 レドは手を引っ込め、傘を背負い──コウヅキに小さく会釈し微笑んだ。自分の感じ取ったものは、おそらく見当違いか。

 気配を殺す者。程度は違えど、同類かと勘ぐったが、なんのことはない。ただ自分が未熟であり、神父の祈りを勘違いしただけなのだ。

 彼は拭い去れぬ己の中に生まれた疑心を、珍しく強引に修正しようとしていた。


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