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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から邪道が見えた
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拝啓 闇の中から邪道が見えた(Aパート)






 男は血の池を踏まぬように、そろりと慎重に歩んでいた。良く研がれた小太刀を鞘に納め、男は任務を終えた。彼の後ろには倒れ伏し、たった今命を落とした男の姿。

 彼は命を奪った。

 何故かと問われても、一言くらいしか理由は思いつかない。彼にとってそれは仕事で、飯の種なのだった。

「老いたわ」

 男はぽつりとそう呟いた。真っ暗闇だったはずの部屋に、曇り空からわずかに月明かりが覗く。男はまるでその明かりから逃げるように、影から影へと移った。

「潮時かの」

 男は身にまとった黒装束を脱ぎ、再び身にまとう。男は次の瞬間には、別の服に身を包んでいた。小太刀を服の中にしまい込み、何食わぬ顔で階段を降りる。通りに人の気配は無い。一滴も血を浴びなかった彼もまた、ここに入った時と全く同じ状態を保っている。

 何も起こらなかったのだ。

 今夜、この建物の二階で、何者かが押し入り、この男が出て行ったことは、誰も知らない。故に、何も起こらなかった。残るのは、中にいた男が死んだという結果のみだ。

 音も無く、気配も無く、痕跡は臭いすら残さない。彼はそこに存在しない男。何も残さぬ男だ。彼は今日も、任務を完璧に終えたのであった。





「どういう意味か」

 帝都イヴァン北東地区。誰も存在を知らぬ屋敷。薄暗い、ろうそくが二つだけ灯った部屋の奥に、男が一人座っていた。薄暗い中、男の顔を隠すように、薄いカーテンが上から降りていた。

「長くお仕えいたしましたが……このサンム、今日を持ちまして暇をいただきとうございます」

 低い、かすれた声であった。サンムの人生は、殺しと共にあった。大陸における二大国家の大戦時より、彼は殺しを生業としてきた。故に彼は、その技術を高めるためだけに生きてきた。いつしか彼は『名人』の異名を取るようになった。

「暇? 貴様がか。何をする。旅にでも出るのか」

「それも良うございますな」

「貴様の腕で隠居は早過ぎる」

 人は誰もが、サンムの仕事を見てそう言う。どのような不可能も、たった一人で彼は可能にしてきた。自分の仕事は常に完璧で、絶対の自信を持っていた。それ故に、彼は気づいていた。車輪と車輪をつなぐ軸が曲がり、突然車の挙動がおかしくなるように、何らかの兆候を感じ取っていた。

 即ち、自らの死の兆候。自らが与えてきた死が、因果をめぐって自分に還る日が近づいてきたことに、突然気づいたのだ。それが、今日の仕事に出た。

「俺の元から去る気か、サンムよ」

「長く世話になり申しましたが、もはやこれまでにございます」

「どうしてもならぬか」

「なりませぬ」

 カーテンの奥の人影──長くサンムの主君を務めたこの男の正体は、他ならぬサンムも知らぬ。失敗に対し冷酷に死を与えるこの男との付き合いは既に二十年を超えた。サンムにとっては、良き雇い主であると言えた。答えは簡単だ。彼は失敗をしなかったからだ。

「あいわかった。しかし、あまりに性急すぎる。俺にも立場があり、貴様にやってもらうつもりだった仕事が山程残っている。あともう一つ、貴様に仕事をやってもらいたい」

 男の言葉に断りを入れることは簡単であった。しかし、サンムには分かる。ここで断りを入れれば、彼はサンムに疑惑を抱くだろう。これまで従順に続けてきた関係に、絶対的な亀裂が入る。そしてそれは、サンムに死を与えるだろう。

「あと一つにございますか」

「うん。貴様の代わりを見つけるのは骨が折れるだろうが、厄介な仕事を済ませればなんとかなるだろう。これは貴様にしか出来ぬ仕事よ」

 二十年という時を彼に捧げたとは言え、空虚な言葉であった。そう言われ、何人の人間を殺してきただろう。彼は思い出す。愛しあった女を殺した時。足を洗うと逃亡した男を殺した時。無数の死が積み上がってサンムの行く先を作ってきた。

 この先にも、道はあるのか。

 答えは出なかった。





「無いよ」

「無いですか」

 喫茶店やすらぎ。西地区にある、本格派の喫茶店である。安い割にはサービスが良く、コーヒーが美味い。今日も、そんなコーヒー目当てに、多くの客が集まっている。そんな中に、二人の男の姿があった。腕組みをして、羽ペンで引いたような目を細めながら、ううんと唸っている金髪の青年。彼はつなぎ屋のジョウだ。ありとあらゆる事柄をつなぐことを仕事にしている。情報や言伝、人手不足。つなげることならば金次第で何でもつなぐ。

「あんたも知ってるでしょうに。どうにも最近懐が寂しくていけません。……あんたなら『給料日までの小遣いのつなぎ方』くらい知ってるもんだと思いましてねえ」

 ジョウの目の前に座るのは、テーブルに大小二本の剣を立てかけた、収まりの悪い黒髪の男。治安維持を役目とする憲兵団所属の憲兵官吏の印である、白いジャケットを羽織ったまま、深い隈の刻まれた目をこすっている──ドモンである。

「だから無いよそんなもの。あのね、二本差しの旦那。そんなものがあるんなら、僕が知りたいよ」

 突き放すようなジョウの言葉に、ドモンは大きなため息をついた。憲兵官吏、即ち役人であるが、その待遇はあまりよくない。給料は危険に見合わぬ金額であるし、得た給料も妻であるティナに一旦渡した後、小遣いとして一部だけ支給される。まさしく『小鳥がちょっと泣いたくらいの』金額だ。

「そうですか……弱りましたねえ。給料日まであと十日もあるんですよ。これじゃあお昼も食べられませんよ」

「……ここのコーヒー代はどうすんの」

「ここはいいんですよ。ツケが効きますから。……とにかく、そういうことなら尚更です。なんか『いい話』があったら僕にすぐ教えるんですよ」

 ドモンはそう言うと、立ち上がりながら大小の剣をベルトに差すと、さっさとドアベルを鳴らしながら外へと出て行ってしまった。旦那にも困ったものだ。そんな儲け話がそこらに落ちているのなら、他ならぬ自分が苦労しない。

「とは言ってもねえ……今はいい依頼も無いしなあ」

 ジョウは頬杖を付きながら、窓の外に広がる西地区の通りを見た。西地区には、条件さえ合えば誰でも店を出せる、ヘイヴンという自由市場が存在する。観光地としても有名で、帝国の首都であるイヴァンの中でも特に人混みが多い。

 老若男女、剣士に行商人、亜人に貴族。枚挙に暇はない。そんな中で、彼は一人の女を見た。見覚えのある女。腰まで届く、長く美しい黒髪。その表情は陰気で暗かったが、美しい顔立ちであった。

「……まさか」

 ジョウはとっさに視線を外した。そんなはずがない。彼は何度もそう口の中で繰り返した。彼女が生き残っているはずがない。彼女のいた村は、あの村は──。






「この教会には、誰も居らぬのかね」

 アリエッタは珍しく訪れた客の声に振り返った。神父服に身を包んだ、五十絡みの小柄な男である。彼女は丁度朝食の最中であった。白パンと牛乳という、長身巨躯を誇る彼女には、どうにも物足らなそうな食事であった。もっとも彼女には信仰心というスパイスがあるので、案外平気だったりするのだ。信仰心でお腹は膨れないとは誰もが聖職者に投げつける言葉であるが、ことシスター・アリエッタには通用せぬ。

「まあ、旅の神父様でいらっしゃいますか」

「いかにも。先客がおりましたか。……これはひどい。屋根が落ちておる」

 神父は崩れ落ちた屋根の下が、存外に綺麗に掃除されていることに気づいた。いやそれどころか、屋根さえ修繕すれば、この教会は十分復活を遂げられるだろう。

「ここは、お前様が全て直したのかな」

「はい。私ははぐれ者で、所属する教会を持たないものですから、勝手ながらこの教会に住み着いているのです」

「それはそれは。……私もこれで流れ者でな。イヴァンにも巡礼の旅の一環で参ったのだが、どうにも騒がしくていかん。数日屋根でも借りようと思ったのだが、迷惑だろうか」

 同じ神の愛を説く者として、アリエッタに断る道理などどこにもなかった。神は言う。汝の隣人を愛せと。よってこの神父の助けになるのなら、屋根くらいいくらでも貸す。

「私はアリエッタと申します。神父様のお名前をお聞かせ願えますか」

「私はコウヅキ。しばらく厄介になるが、よろしく頼みます」


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