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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から隠匿が見えた
39/72

拝啓 闇の中から隠匿が見えた(Cパート)

「お兄様がお仕事でいらっしゃるなど、本当に珍しいですわね」

 どこか感心したような口ぶりで、ドモンの妹──セリカは言った。兄と同じ黒髪のくくせっけだが、彼女は整髪剤でなんとか整えている。勝ち気そうな目で、背筋を伸ばし、小柄な身体を帝国魔導師学校の黒いローブで覆った姿は凛々しさすら感じさせる。

 彼女の職業は、帝国魔導師学校──帝国随一の魔導師育成のための教育機関で教鞭を取る教授である。兄と違って出世を続けていくセリカであったが、ドモンからみれば複雑である。なにせセリカからみれば、兄であるはずのドモンは情けのない甲斐性なしという事になる。妻のティナも彼女の事を尊敬し、夫であるはずのドモンを同じく甲斐性なしとみなしているのだから、当の本人から見ればたまったものではない。

「ま、いいじゃありませんか。困ったときは兄妹で助け合う、それが今その時なんですよ」

 眠そうに目をこすりながら、ドモンはつかつかと進むセリカにくっつき、目的の場所へと辿り着こうとしていた。

「まあ、ご勝手なこと。とはいえ、お仕事に差し障りがあってもいけませんわ。……ここですわね」

 セリカが指さしたのは、扉の上にかかる『資料室』の文字であった。彼女は鍵を手早く開け、中に兄を招き入れる。埃っぽい部屋だ。セリカは手で埃をかき分けながら、目的の本棚に手を突っ込み取り出した。

「二年前でしたわね。なんという名前の方ですの」

「カヤとリタ、という名前だそうです。双子の女の子で……苗字は事情があって、変わってるかもしれないとか」

「カヤと、リタ……二年前で良いのですか?」

「ええ」

 セリカはこめかみをとんとん指で叩きながら、ううんと唸る。嫌な予感がした。セリカの機嫌が悪いからいびられるのでは、といういつもどおりの予感ではない。

「二年前の最上級生であれば、私必修授業を持っておりましたが……そのような名前の生徒はおりませんでしたわ。それに、双子の女の子自体、私ずいぶんと見ておりません」

「そりゃ、確かですか」

「……お兄様は、私の記憶をお疑いになるというのですか」

 今度こそ、セリカの機嫌が悪くなろうとしていた。





 イヴァン北西部歓楽街、通称色街。

 日が暮れ、夜も更けたこの街では、人は誰しも男で女だ。それ以上でも以下でもない。人は一夜の恋と逢瀬を求めて彷徨う。

「もう、もう勘弁して……」

「勘弁で済んだら憲兵団はいりません。今日は一晩泊まるつもりなのですから、もっと頑張ってください」

 ベッドの上で汗だくになり、ぐったりしている赤い猫毛の青年は、この娼館でのアリエッタのお気に入りだ。名前はトラ。少年と見紛うような小柄で愛らしい風貌で人気を集めている。

「アリーちゃん、さ。お酌。お酌で勘弁してよ」

 トラはベッドから上半身を起こすと、シーツを身にまとっただけのアリエッタにグラスを持たせ、真っ赤なワインを注いだ。彼女はちびりとそれを舐めるように呑んでから、グラスを置く。

「ごめんなさい。私も聖職者でいられない時のほうがはるかに多いのです。時には、女になりたい時があります」

「分かってる。アリーちゃん、いつも頑張ってるもんね」

 トラはにこにこと笑顔のまま言った。所詮全てが一夜の夢であったとしても、彼の言葉はアリエッタにとって救いそのものであった。身体を重ねる以上の意味があるのだった。

「ところで、トラくん。ちょっと聞きたいことがあるのですが」

 アリエッタがこうして娼館に入っていくのは珍しくない。趣味だから、といえばそれまでだが、今回はまた別の目的があった。ジョウからつなぎの一環で、娼館に行くときがあれば聞いておいて欲しいと言われたのだ。彼女はジョウには甘い。ちょうどトラの元へと行こうとしていたところであったのもあり、彼女は二つ返事でそれを承諾したのだった。

「何?」

「実は、カヤとリタという双子の女の子を探しているのですが、知りませんか。今年でちょうど二十歳になるそうなのですが。万が一色街に来ていたらと思ったものですから」

 トラは名前を聞いた途端、目を伏せた。快活な彼ですら話しづらそうな雰囲気に、アリエッタは彼の顔をのぞき込んだ。

「……何か、あったのですか」

「これ、アリーちゃんだから言うんだよ。俺、他の人には絶対に言わないし、俺から言った、なんてことも言わないでよ」

 アリエッタは、彼の言葉に力強く頷いた。ちらと入り口を見てから、トラは覚悟したように口を開いた。

「その双子、色街じゃ結構な有名人だよ」 





 アンダルクが仕事を終え、家路についた帰り。

 彼の目の前に、一人の男が現れた。口元に笑みを浮かべた優男。見知った男であった。十年前、彼らを助けたことで、アンダルクはあの地獄へ落ちたのだから。

「久し振りだね、アンダン君」

 金髪の赤い外套を羽織った優男であった。耳たぶが片方食いちぎられたように傷を残して失われている。見間違うはずもない。

「トーア様……ですか」

 アンダルクは自然と目を伏せていた。複雑な思いであった。彼ならば、当然二人の妹の行方を知っているだろう。だがそれは、妹達にも自分の事が分かってしまう。そうなれば、彼女の周辺にいつ自分の──元囚人である自分の存在が広まりかねない。彼がおおっぴらに探すのを避けたのは、そうした思いがあったからであった。

「……本当に戻ってきたんだね、アンダン君。僕のせいで、本当に済まなかったと思っているよ」

「よしてください。俺は、間違ったことをしたなんて思っちゃいないんですから」

「とにかく、こんなところじゃなんだ。近くに店を取ってあるから、そこに来ないかい。仲間も来ているんだ」

 アンダルクはひどく疲れていた。昼間はいちゃもんをつけられ、夜はこうして、自分を地獄へと導いた男に会っている。今日は何もしたくなかった。

「……トーア様。俺のような『山下り』の相手をしたら、あなたの評判が下がります。お誘い頂いたのは、うれしいですが。……では」

 山下り。アロウ・フラワーが咲いたことで北の大監獄から出たものは、そう呼ばれる。ご丁寧に刻まれた、肩の刺青がまたそれを裏付ける。アンダルクは既に悟っている。所詮罪を犯したものが、犯す前のとおりに生きることなど不可能なのだ。

 トーアの脇を通りぬけ、アンダルクは再び闇に消えようとした。しかし、彼の目の前には男が立っていた。鋭い目をした男。腰には剣を帯びている。さらに横へ逸れようとすると、今度は細身の男が現れた。彼も剣を帯びている。囲まれた。

「やあ。テリオス、アジェンダ、聞いてくれよ。久々に我らが親友、アンダン君に会ったというのに、彼ときたら一緒に来てくれないんだ」

「それは良くないな」

 アジェンダは低い声で言った。テリオスもそれに頷く。アンダルクはようやくそこで、自分が囲まれていることに気づいた。何かがおかしい。十年前、彼らのために罪を犯した。それはよく理解しているし、彼らも理解しているはずだ。

「アンダン君。旧交を温めようと言うんだよ。そりゃ僕らは貴族で君は庶民、それも監獄帰りの山下りかもしれないが、それでも僕らは友人じゃないか」

「すみません、本当に……勘弁して下さい」

 アンダルクはアジェンダを押しのけると、そのまま足早にその場を去っていった。彼の背中を見つめながら、剣を抜こうとするアジェンダ。その肩を掴み、トーアは頭を振った。

「今斬らねば後悔するかもしれないぞ、トーア」

「いいさ」

 トーアは微笑みながらなおも頭を振った。

「どこで誰か見ているかわからない。……やるならひと目につかないところがいい。違うかい」





 深夜。南西地区、廃教会にて。

「なんです。あんたまでこの件に噛んでたんですか」

 ドモンは呆れたように言った。当のアリエッタの表情はあからさまに暗い。彼女はこうした稼業に珍しく、人の善意だとかいうものをどこか信じているフシがある。なにかあると、こうして落ち込んでいるような表情を見せる時があるのであった。

「ドモンさん。……偶然とはいえ、わたしはこのことをあなたに──いえ、双子のお兄さんにきちんとお知らせする義務があると思っています」

「何の話です」

 アリエッタは喋らなかった。仕方なく、側に立っていたジョウが彼女の代わりに、事の次第を話し始めた。

 結論から言えば、カヤとリタという少女は、二年も前に亡くなっていた。それも、色街のど真ん中、大通りで死んでいたそうだ。彼女らはもともと九年前に身寄りがないと娼館に引き取られたが、それがひどいところだったらしい。あまりに子供すぎれば客に出せないので、娼館に引き取られた子供は下働きをさせられる。少女には辛い重労働だ。成長して十五歳をすぎれば、今度は客の前に娼婦として出て仕事をする。双子が引き取られた娼館は、そんな彼女らに休む間も与えず、給与らしい給与も与えなかったらしい。借金のカタとして売られたのだから、当然だというのがその娼館の支配人の言い分であったという。

 ある日、双子が十八になった時、脱走を試みた。十代を娼館という狭い世界で過ごし、食うものも粗末なものを与えられた結果、二人は極めて病弱に育った。脱走は成功しなかった。色街すら出ること無く、彼女たちは路上──色街のど真ん中で衰弱死して亡くなった。

「……ひどい話だと思いませんか。見つかった時は、二人手を取り合って、冷たくなっていたとか。……子供に、こんなひどいことを……」

 ドモンはやるせなくため息をつき、崩れ落ちた天井から覗く星を見つめた。そして彼は再び視線を降ろした。おかしい。

「双子は借金のカタで売られたそうですね」

「ええ。そう聞きました」

「そりゃおかしいですね……アンダルクって男は、若い内に捕まっちまいましてね。それまでは腕の良いアクセサリー職人でした。金の使い方も綺麗で、かなり評判も良かったようですし……身売りしなくちゃならないほど借金を負ってたわきゃありませんよ」

「それは、本当ですか」

 アリエッタは顔を上げてドモンを見た。ドモンは顎をさすってから、鋭くジョウへと視線を投げかけた。

「つなぎ屋。あんた、双子をカタに金を借りたのが誰か……調べがつきますか」

「追加料金なしでやるよ。……なんだかきな臭くなってきたからね」

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