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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から帳(とばり)が見えた
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拝啓 闇の中から帳(とばり)が見えた(Aパート)





「はっきり言って、当家は呪われているのやもしれませぬ」

 老いた家臣・ゲイルズの言葉は重かった。安楽椅子で揺られる、ガウンを身にまとった細身の紳士は、それに疲れきっていた。帝国貴族フォーシェ卿の目下の悩みは、世継ぎとなるべきだった息子たち二人を、たて続けに失ったことであった。

「致し方あるまい。我が息子たちも、天命を迎えるべくして迎えたのだ」

 諦観混じりの低い声で、フォーシェ卿は厳かにそう言った。彼は運命論者ではなかったが、不幸続きの現実は彼を鞍替えさせるに十分なものであった。

「残るは末子のヴィクトルだけ。まだ十二になったばかりだ。私も老いた。こう不幸続きでは不安で仕方がない。ヴィクトルにも、そうした運命が襲うのではないのかと」

 咳き込むフォーシェ卿に、唯一残った家臣であるゲイルズは水と薬をよどみない動作で手渡す。フォーシェ卿の寿命もまた長くない。

「お気持ち、お察し致しまする」

「こうなっては、致し方あるまい。こうなってはいつ天命が私を選ぶかも分からぬ。幼いヴィクトルには酷な事かもしれぬが、祝言を挙げさせるというのはどうであろうな」

 フォーシェ卿が居を構える帝国においては、結婚の敷居はそう高くない。ある程度の年齢にさえ達していれば、仲人を立てて祝言を挙げる事ができる。極普通の一般人ならば、そうした仲人すら立てることもなく、中央官庁である行政府に届け出さえ出せば夫婦となれる。もちろんフォーシェ卿のような、国の要職を務めるような高位の帝国貴族ともなれば、祝い金を始めとして費用が馬鹿にならぬ。しかし彼にとって今それは問題ではない。

「ではご当主の座を、ヴィクトル様にお譲りなさると」

「うむ。ヴィクトルはまだ幼い。我が家に課せられた使命を果たすとなればまた別の話。しかし、妻を迎えれば責任の一端は理解できよう。それがヴィクトルを成長させる術になろう」

「しかし、お言葉ですが……相手はどうなさるおつもりで。当家は帝国より前、魔国時代より続く名門にございますぞ。釣り合うような相手がすぐに見つかるものにございましょうや」

 ゲイルズの懸念も尤もであった。フォーシェ家は、現帝国に存在する無数の帝国貴族中の実力者『帝国貴族二十家』にこそ数え上げられていないものの、最古参に数えられる貴族の一人である。現在は大陸の歴史を編纂すべく、フォーシェ卿を委員長に据えた『帝国記製作委員会』を任されている。歴史を遺す。彼自身も大事業であると分かっている。これまでの大陸で起こった全てを遺すには、時間が足りない。だから、なんとしてもヴィクトルにもその使命を遺さねばならなかった。

 彼は見つけたのだ。そんなヴィクトルの重い使命を支えるにふさわしい家柄の者を。

「うむ。それについては問題ない。心配は無用よ」






 イヴァン西地区、自由市場ヘイヴン。袖の広い白いジャケットを揺らし、収まりの悪い寝ぐせだらけの黒髪に手櫛を入れながら、憲兵官吏のドモンは持ち場をいつものようにパトロールする。

 治安維持機構の人間であるドモンが歩きまわるということは、それだけ犯罪への抑止力となることを意味する。よって、人々は半ば慣習と化したようにドモンへの賄賂を送る。そしてそれは、怠け者の代名詞たるドモンのような男にも、パトロールという仕事をさせる原動力になりうるのだ。

「なんですかあ、これは」

 自由市場と銘打つだけあって、ヘイヴンには様々な人々が訪れる。売上から数パーセントの税金を納めれば良いというゆるい決まりのため、悪質な商売人も多々存在するのだ。ドモンは妙に人だかりの多い店を発見し、金の臭いを感じ取った。袖を振り、憲兵官吏であることをアピールしながら、彼は人混みをかき分け──その男を見つけた。

「あんた、名前は」

「へい。ヨシュアと申しますが」

 焦げ茶の短髪、小汚い上着を腰の上ではだけた男。筋骨たくましい体つきながら、どこか犬めいた人懐こさを覚える男であった。それはいい。ドモンがおかしさを感じたのは店であった。ヘイヴンで貸し出すのは場所だけだ。税金も、場所代を兼ねたものだから当たり前である。男はござを敷き、そこに立っているのだ。商品らしきものといえば、古ぼけた長剣が一つだけだ。

「……あんたねえ、何なんですかいったい。何を売ってんですか」

「えっ、そりゃまあ……自分を売ってんですよ。故郷じゃ仕事がなくて」

「はあ?」

 ドモンの脳裏で良からぬ想像が流れ、燃え尽きて消えた。ともかく、これはご法度である。人身売買など、もってのほかだ。

「そりゃ完全にダメですよ! ほら、あんたたちも散ってください! 見せもんじゃないんですから! ……とにかく、あんた今すぐ詰め所に来てもらいますよ」

「そりゃないですよ、旦那! せっかく田舎から仕事を探しに来たってのに!」

「いいから上を着るんですよ。……なんですか、見世物じゃ……」

 とんとんと何者かが肩を叩いた。ドモンは面倒くさそうに、深い隈で覆われた目を向ける。視線の先には、またも男の顔があった。しかしその男の赤錆色の瞳には、大いに見覚えがあるのだった。

「……そのへんにしてやってくれませんかね。『二本差し』の旦那」

 黒い着流しを小粋に着こなす、まるで人ならざるような雰囲気を漂わす男であった。瞳と同じ赤錆色の長髪を後ろで束ね、背中には商品の傘を数本まとめて背負っている。傘屋のレドである。

「なんです、あんた。まさかこの男を買うってんじゃあ無いんでしょうね」

 ドモンはため息をつきながら、自身の渾名の原因である剣──腰に帯びた大小二本の長剣──に手を触れた。

「俺にはそんな趣味はない」

 よほど機嫌を損ねたのか、レドは一瞬『仮面』を外し、抑揚のない声で否定した。

「じゃ、僕の御役目の邪魔はしないでもらえませんかねえ」

「買うのはあんたの時間だ、旦那」

 レドは懐から赤い財布を取り出すと、中から銀貨を五枚取り出し、手に握りこんでドモンの右袖に突っ込んだ。彼の袖は改造されており、小銭ならば格納できる隠しポケットがあるのだ。

 ドモンは何でもない風を装いながらそのポケットに賄賂を受け取ると、露骨に態度を変えてみせた。

「……まあ、あんたが面倒見るってんなら、今日はよしましょう」

「恩に着ます」

 形だけの礼を述べると、レドはどうにも居心地悪そうにしていたヨシュアの背中を叩く。彼は顔を挙げ、恩人の顔を見──そして暗かった表情を一気に明るく変えた。

「レド……お前、レドか!」

「久しぶりだな。相変わらずわけの分からんやつだぜ、お前は」

 レドはそう言うと、口角を少しだけ上げて笑った。ドモンはちらりとそれを認めたが、すぐに興味を無くして人混みへと紛れていった。








 美しい薔薇が咲き乱れていた。

 真っ赤な薔薇がまるで統制されたように四角く囲い込み、庭を形成していた。瀟洒な彫刻がへりに刻まれた真っ白いテーブルと椅子が置かれ、その上にちょこんと、人形でも載せてあるかのごとく少女が一人座っていた。黄金色の流れるような髪の上に、つばの広い帽子を乗せ、優雅に薔薇を見つめている。

「ご主人様。ご友人がいらっしゃっております」

 背の高い男であった。黒い燕尾服を着こみ、流れるような漆黒の髪を後ろで束ねた男が、少女へと深々と頭を下げ、来客を告げた。

「ヴィクトルとユタカ?」

「左様にございます」

「そう、通して頂戴。……ああ、ジョルジュ。二人の分のお茶と菓子を」

「すでに準備しております、ご主人様」

 ジョルジュは穏やかにそう告げ、客人を招きに向かった。主人──ユーディトは手元のカップをソーサーごと持ち上げ、紅茶の薫りを楽しんだ。彼女にとっての楽しみは少ない。だがこうして誰かが訪ねてきてくれるのはとても嬉しい事だ。彼女は小さく、ほんの小さく笑みを浮かべた。

「やあ、ユーディト。元気だったかい」

「ええ、ヴィクトル。あなたも元気そうね。ユタカも息災だったの?」

「はい。ユーディトお嬢様には、当家の主人からも深く御礼をと……」

 ユーディトはソーサーをテーブルにゆっくり下ろし、わずかに手を持ち上げユタカの話を制した。彼女は優雅に微笑んでいた。十五歳になったばかりのヴィクトルの下男であり、自らとははるかに格の違うユタカにとって、少なくともそれは笑みに見えた。

「すごいねえ、ユーディト。薔薇がとても綺麗に咲いたんだね」

 ヴィクトルは撫で付けた銀色の髪と同じ色の瞳を輝かせながら、庭に咲いた薔薇を物珍しそうに見つめていた。ユーディトは彼と比べれば一歳年下であったが、ヴィクトルよりはるかに達観していた。女の成長は早い。言い換えれば、彼女はレディであり、ヴィクトルは子供──それが、ユーディトの考えであった。

「そうね。ティー・パーティにも良い季節になったわ。今日は、ジョルジュがクッキーを焼いてくれたのよ。茶葉も新しくしたの。テルモンド領の新茶……お口に合うといいのだけれど」

 まるで図ったかのように、ジョルジュがティー・ツリーにクッキーを載せて現れた。

 ヴィクトルと遊ぶのは楽しい。しかし、ユーディトは物足りなくなっていた。言い換えれば、退屈なのだ。彼女の世界は極めて狭い。だが彼女は、その世界の狭さをよく認識している。

 一度手にしたおもちゃは、壊れるまで離さない。

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