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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から長日が見えた
27/72

拝啓 闇の中から長日が見えた(Cパート)


 午後一時。

 ドモンとメルヴィンは、静かに決断を待とうとするレドと、それを跳ね除け荷物を置いて帰ろうとするネコを遠巻きに見ながら、相談を始めていた。

 まさか、嫌がる女を一人、何名いるかもわからぬテロリストの巣窟に送り込むわけにもいかない。さりとて、要求を突っぱねれば中の人質は死ぬ。そして、何より──ドモンやメルヴィンは、そうした人の生死を左右するような決断を行うことだけは、どうしても避けたかったのだ。

 彼らは役人である以前に、一人の人間だ。簡単に命を左右する決断をすることができるはずもない。

「どうしましょう、ドモンさん」

「どうしたもこうしたも無いでしょう。騎士団はまだ到着しないんです。中に飛び込んでいけば、人質の命が危ない。かと言って、待ってるだけだと人質は殺される」

「じゃ、あの運び屋を中に」

 ドモンは実に嫌そうに後頭部を掻き、助けを求めるようなメルヴィンの視線を外す。命を数字としてみれば、それが一番被害が少なくて済むのだろう。

「二本差しの旦那」

 まるでどこにでもいるような普通の男の声色で、レドは恐縮したような様子でドモンへと話しかけた。ドモンの腰には、二本の剣が帯びられている。この帝国において、剣を二本帯びる事は邪道とされ、大変珍しい。誰がどう聞いても、ドモンに対して話しかけたことは明白だ。

「なんです、傘屋さん」

「ネコはただの運び屋です。まさか旦那方、あの子をあの中に叩きこむ気じゃないでしょうね」

 彼の赤錆色の目は、明らかな非難の色に染まっていた。ドモンはメルヴィンが公会堂へと目を向けているのを確認してから、彼の肩を持ち、人々から背を向け秘密の会合を始めた。

「……なんです、ありゃあんたのコレですか」

 ドモンはおもむろに小指を立てるが、レドは冷たい視線を彼へ向けるばかりだ。レドは立てた小指をつまみ、強引に元へと戻してから口を開いた。

「今朝方知り合ったばかりだ」

「ならなんだって構わないでしょう。だいたいあの『亜人解放戦線』の連中だって、別に目的があるってんですから。それ以外の人間を、問答無用で殺したりしないでしょ」

 レドはふう、と溜息をつく。小馬鹿にしたようなその態度に、ドモンはひどく気分を害されたのか、彼を睨みつけた。

「俺はやつらから一度依頼を持ちかけられたことがある。断ったがな。……やつら、目的のためならなんでもやる。女子供だろうと、同じ亜人だろうと殺す奴等だ。約束なんて当てにならん」

「だからなんだってんです。あんた、あの運び屋に情でも移ったんですか。こっちは御役目でやってんですよ。一時半の合図で、人質が五十人も殺されるんですよ。そうすれば、僕はよくてクビ、悪けりゃ腹を切らなきゃなりません。あんた、責任とってくれるんですか」

 レドは黙して語らなかった。彼もまた、今はただの一般市民にしか過ぎない。一方的に命を奪う裏の顔を持つとは言え、罪無き一般市民の命をどうこうする立場には無いし、そうした経験も無いのだ。

「こちらの現場責任者の方は」

 突如、カーキ色のジャケットを着た男がそう叫んだ。ドモンはすぐに振り返り、メルヴィンと目線を合わせ頷いた。カーキ色のジャケットは、遊撃隊員の証である。妙だったのは、彼がリュックを背負っていたことであった。そこからなにやら紐のようなものが伸び、耳あてのようなものがくっついている。差し出されたそれを、ドモンは訝しげにそれを受け取るが、何なのかよくわからない。

「こりゃなんです」

「遊撃隊で試験使用されてるものです。耳に当てて下さい」

 彼がそれを恐る恐る耳へと当てると、急に男の声が響いた!

『聞こえるか! 私は帝国国家安全保障局、特別遊撃隊局長のウィリアムだ。君の名前は』

 ドモンはあまりの衝撃に一旦耳あてを外し、メルヴィンと遊撃隊員を見る。再び耳へと近づけて、これまた恐る恐る自分の名を名乗った。

「イヴァン憲兵団憲兵官吏のドモンですけど」

『そうか。ミスター・ドモン。公会堂をテロリストが占拠したのは既に把握しているな。この中には、魔法科学者のシャイアン博士がいる。彼の身柄がテロリストへと渡れば、イヴァンだけでなく帝国全土がテロの脅威に晒される』

「はあ」

『悪いことばかりでもない。実は、我々のエージェントが中にいる。今通信を繋ぐからそのままで。クローディア、たのむ』

 耳をつんざくような音がしたかと思うと、子供がへたくそな合唱をしているかのごとき雑音が走る。ドモンが離した耳あてをようやく戻すと、今度は怒号が響いた!

『ジャック・バウアードだ!』

「こっちはイヴァン憲兵団憲兵官吏のドモンですが」

『ミスター・ドモン! 俺はジャック。特別遊撃隊の捜査官だ! 外に部隊が展開していると聞いた! いいか、奴等の要求を飲むんだ!』

 声の主による突然の指示に、ドモンとメルヴィンは再び顔を見合わせた。その指示に従う事は簡単だ。しかし、なぜ。その答えを、ジャックはすぐに述べた。

『俺はまだ奴等に気づかれていない。運び屋の女が彼らの手へ渡っても、俺なら追跡できる。奴等も馬鹿じゃない。このテロの首謀者は恐らく別にいる。中にいるのは、単なる実行部隊だ。要求を飲んで引き渡した段階で、俺が中で騒ぎを起こす。見たところ中にいるのは数名だ。わざと一人取り逃がすから、君たちもそうして欲しい! 俺は、逃がしたやつを泳がせて追跡する! 頼む! これが、事件解決のための唯一の方法だ!』

 ジャックは一方的にそうまくしたて終えると、通信は切れた。なんど呼びかけても応答はない。有無をいわさぬ調子であったが、確かに筋は通っている。なにより、ドモンとてこのままみすみす五十人もの命を捨てるつもりなどさらさらない。

「嫌よ! 絶対に!」

 ジャックの怒号は予想外に大きかった。彼の乱暴かつ的確な物言いを聞いたものの中には、張本人であるネコがいたのだ!

「絶対嫌!」

 レドを振りほどくように暴れ、離れようとすらしているネコへと、二人の憲兵官吏は近づいた。ジャックの判断は、多くの人を救うだろう。しかし、ネコにとってはいい迷惑だ。

「だって亜人解放戦線なんでしょ! ありえないわ。……わたしの村は、あいつらに皆殺しにされたのよ!」

「皆殺しだと?」

「そうよ!」

 レドはドモンを見る。目を逸らす彼を他所に、何やら口ごもるメルヴィン。彼ら憲兵団にとって、それは苦い事件であった。存在を消された村。テロリストの手によって、村は占領された。イヴァンの巨大城壁の外にあったことで、騎士団も憲兵団もその村への救助活動を躊躇し──何より行政府はその存在を黙認、村は地図からも消されたのだ。

「わたしは、村から出てたから助かったの。父さんも、母さんも、小さな弟も……全員殺されたわ。誰も助けてくれなかった」

 絞りだすような言葉。目に光る涙に、レドは冷たい光を憎らしい憲兵官吏二人へと向ける。

「ネコさんとおっしゃいましたか。……中にいるジャックは、あなたの事を死なせないと確約してくれました。それに、あなたが中に行かないと、人質が五十人も殺されるんですよ」

 半ば非難するような口調で、ドモンは彼女を諭す。ネコがつり目をさらに釣り上げ反論しようとしたその時、突如公会堂から悲鳴が響く!

「一体何が」

 メルヴィンが疑問を呈した直後、ドモンは彼をおしのけ公会堂の入り口を見た。扉が突如開き、ふらふらと男が一人腹を抑え歩いて出てきた。男は全員の目の前で力を失い倒れ伏す。広がる血の海。男は刃を突き入れられ、命を落としていた。

『そいつはペナルティだ』

 再び公会堂の二階からメガホンが突き出し、無慈悲な宣告を行った!

『貴様らのエージェントは捕らえて殺した。柱時計を操作し、我々の行動を阻害した! その男は、そのために死んだのだ。だが、我々に懸念事項は無くなった。一時間期限を延長する。よく考えることだな』






 午後二時。

 完成した装置を前に、マシューはその威容さに嘆息すらしていた。彼の知的好奇心は、今まさに満たされようとしていた。後は最後の一欠片が揃えば良い。

「マシュー様、どう? ご期待に添えられました?」

 ジョウは誇らしげに装置を手で指し示す。マシューは分厚い眼鏡を外し、ガウンでレンズを拭いながら、答えた。

「素晴らしいよ。つなぎ屋さん、君は本当に素晴らしい。これが君の『つなぎ』というわけだね」

 彼が手をかざすと、魔導式ランプに続々と火が点き、暗く広い空間を照らした。炎は、異様な天井すら簡単に照らしてみせた。円形にスリットが入り、横断するようにこれまたスリットが入っているのだ。アリエッタはそれをぼおっと見つめていたが、何しろ彼女は疲れていた。とんだ肉体労働である。この実験装置は想像以上に大きく、複雑な構造をしていたのだった。

「マシュー様。連絡がございました。先方はゲストを数名連れてこちらへいらっしゃるとか。土産も準備しておられると」

「上出来だ」

 執事の言葉に笑みを見せてから、マシューは天然パーマにぐいと額から手櫛を通す。彼は前髪を持ち上げ、後ろへ撫で付けた。ジョウはそんな彼にそろそろと後ろから近づくと、手もみを始めた。

「それで……そのう……報酬の、金貨なんですけど。へへへ。ご満足いただけたのなら、ぜひ」

 おお、なんたる低姿勢! さすがの彼も、つなぎ屋としてここまでの大口取引は久しぶりなのだ。アリエッタと山分けしても金貨十枚、一月は働かずとも暮らせるような金に期待するのも無理はない。

 しかしそんな期待する彼が見たのは、分厚い眼鏡を外し、鋭い視線をこちらに突き刺してくるマシューの姿であったのだ。アリエッタは妙な雰囲気を感じ取り、素早く立ち上がる。直後、執事が、後ろ手で、ゆっくりと、扉を、閉めたのだ。

「金は支払う。私は労苦に金を惜しまないよ。……しかし、君たちはここから出す訳にはいかないな」

「エッ」

 ジョウが間抜けな声を出すのと同時に、アリエッタは既に執事によって喉元にナイフを突きつけられていた。彼女は従順に手を挙げたまま抵抗する素振りを見せない。彼女のくすんだ青い前髪がわずかにはらりと分かれ、赤渦を巻いた瞳が少しだけ覗く。動かないのではない。動けないのだ。ジョウの目の前にいた学者然とした変わり者の貴族は消え失せ──そこにいたのは、冷酷にこちらを見下ろすだけの男であったのだ。

「安心したまえ、命まではとらない。ただすべきことがある。それが終わるまでは、ここにいてもらわなくてはならないな」

 彼はゆっくりと手をあげ、部屋の隅を指差した後、指を鳴らした。突如彼が指さした隅の床が抜け、開く。

「歩いて覗いてみなさい」

「エッ」

「突き落としはしない。覗いてみなさい」

 ジョウに選択肢は無かった。断ればどうなるか明白だったからだ。彼は、アリエッタの目配せでそれを理解していた。あの執事は只者ではない。彼女は腕が立つ。ジョウが彼女を度々頼りにするのも、彼女の側にいれば身の危険の多くを防ぐことが出来るからだ。その彼女が、ちっぽけなナイフ一本で動けないと目で知らせてくる。異常なことであった。

 ジョウは穴の目の前に立ち、頭に載せたハンチング帽をぐいぐいかぶり直してから、意を決してその中を除いた。

 深淵があり、暗闇が広がっていた。

 暗闇に星が散らばるように、小さな光が反射する。据えた臭い。名も知らぬ虫がジョウを通りぬけ逃げてゆく。

 彼は覗き込んだ白骨──既に目を失ったどくろと、視線が合った。

「群雄割拠の時代が、この大陸にもあった。そうした時代の武将達は、自らの城を建てた後、大工や職人をことごとく殺し、その魂を城の地下に封印したそうだよ。他人に城の秘密を知られないようにね。逃げ出そうとしたものも、同様だ。彼は、完成直前にすべてを知った。そして逃げようとしたのさ」

 闇を覗きこんだ事で顔を青くしたジョウに、マシューは肩に手を置き優しく語りかけた。

「この装置の行く末を私が見るまでは、君たちをどこにも逃すわけにはいかない。地下に閉じ込めさせてもらおう」





 午後三時。

 特別遊撃隊では、亜人解放戦線についての情報収集が行われていた。帝国の持つデータベースは、紙資料に頼っている。よって、特別遊撃隊の手の空いたメンバーのほとんどは、現場担当のエージェントがほしい情報の収集に駆り出される。

「いったいどういうことだ、クローディア」

 クローディアは特別遊撃隊の情報分析官である。彼女は現場に直接情報を伝達する立場であり、何を伝達するか取捨選択を迫られる、極めて重要な立場なのだ。

「はっきり言います。嘘は嫌いなので。……亜人解放戦線など、存在しません」

 クローディアは不機嫌そうに言い放った。魔導式のモニターは既に映らなくなって久しい。ジャック・K・バウアードは死んだ。午後一時頃、テロリストの撹乱のため柱時計を故障させると言ったまま、交信が途絶えたのだ。直後、亜人解放戦線の発表により、ジャックが殺害された事が発覚した。

「馬鹿な。では、あの公会堂を占拠しているのは、誰だというんだ」

「それ以前の問題です、局長。……数年前、イヴァン城壁外の村が全滅させられた事件自体、捏造だったんです!」

 クローディアが発見したのは、亜人解放戦線による村人の殺害事件の直前に承認された作戦であった。帝国貴族、マシュー・ロドリゲスが開発した、新型兵器・六連発拳銃の実験を兼ねた、暗殺作戦。当時その村には、亜人解放戦線の中核を担うメンバーが数人潜伏しており、テロリストとしての戦力を削ぐために内々に行われた作戦は、見事に成功した。作戦に従事した男が誤って村人を誤射し──結果として抵抗した村人を全員殺害してしまった事を除けば。十数名の小さな村はそうして壊滅し、事件は亜人解放戦線による残虐な事件として処理されたのだ。

「まさか、その作戦に従事していた人物と言うのは」

 ウィリアムは自分の声が震えないようにするのに、精一杯であった。もっとも考えたくない想像であった。このテロは、すべて仕組まれていたのだ。それも、味方によって。

「ジャック・K・バウアード。おそらく、公会堂を占拠したのも、彼だと思います」

 クローディアはそう言い切り、デスクへと戻って、再び通信を開き始めた。ウィリアムは額を抱え、ショックが他の部下にばれないように、心を落ち着かせる。そんなことがあっていいものなのか。すべてを仕組んでいたのが、長年信頼を寄せたジャックだなどということが。

「……待て、では……いかん! クローディア、現場の憲兵官吏に回線を繋げ! 運び屋の女が運んでいるのは……テロに使われるものかもしれん!」

 ウィリアムが悲鳴めいて叫ぶが、既に何もかも遅かった。クローディアは不機嫌そうに眉根を寄せながら、これまた言いにくそうに、それでいてはっきりと、上司へと報告した。彼女は、いつでも職務に忠実であった。

「一足遅かったです。……運び屋の女と、人質五十人が、たった今交換されました」




三時五十九分五十八秒、五十九秒、午後四時。

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