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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
★拝啓 闇の中から欺瞞が見えた
17/72

拝啓 闇の中から欺瞞が見えた(Aパート)





「どうか、それだけはご勘弁を……我々には、時間が必要なのです。もう二月……いや一月頂けませんか」

 書類の積み上がったデスク。紙巻たばこの吸い殻が灰皿を埋め尽くすように突っ込まれた、小汚い空間。わずか二名の隊員達は、現実から目を背けるように、上司とさらにその上の上司との『話し合い』ではなく、手元の読み尽くされた書類を読み返していた。

「ならん。……行政府厚生局敵性生物対策室は、二週間後に解散する。既に総代クシャナ様より許可も頂いている。よって貴様らも、帝国西側騎士団への異動を命ぜられる事だろう」

 厚生局人事部長は、薄い頭髪ながら鋭い視線を周りに配りながら、淡々と言い放った。この敵性生物対策室は、帝国領内に今も生息するかつての生物兵器・魔物に対策を講じるための組織であった。しかし、そうした魔物の駆除は戦争が終結したことで職にあぶれた傭兵たちが率先して行うようになり、当初は騎士団の小隊に匹敵するほどの規模だった対策室も、今やこのような閑職へと追いやられたのである。

 そんな彼らも、皇帝暗殺に端を発する内戦直後までは、大きな勢力を保っていた。対策室の持つ『敵性生物の駆除』対象として、皇帝暗殺を画策した目下の容疑がかかっていた『亜人』達をも取り入れた事で、任務の対象が大きく広がったためである。そんな重大任務も、内戦が早々に終結し、人々の亜人達に対する敵意も薄れる度に無くなっていき──とうとう、対策室の存在意義は、無くなりかけていたのであった。

「そうはいいますが、部長。我々はこの仕事に、誇りを持っているんです。とても重要な仕事だと……」

 そう声を挙げるのは、室長のライアン・ベイクだ。こけた頬に無精髭、あまり手入れの行き届いていない黒スーツの中年男だ。彼は騎士団出身であるが、とある理由から左遷されこの部屋の室長に収まったのだった。

「重要? いるかもわからん、帝国に仇なす生き物を探すのがかね? 大体君らは時代遅れなんだよ。亜人たちも今や、人間社会に溶け込んで暮らしている。前のアルメイ総代のご尽力のたまものだ。それを台無しにするつもりか、ライアン!」

「部長! それがまちがいなのです。敵性亜人も、未だ大勢いることに疑いはありません。そうして人間社会に溶け込み、反旗を翻すため爪を研ぐのが、やつらのやり方なのです」

 ライアンはまくし立てるようにそう言いながら、瓶に入った透明な液体を手に取ると、そのまま口をつけぐいと飲んだ。

「そういう亜人達もいるだろうな。だがそういう連中の対策のために遊撃隊があるのだ。引き続きそうした任務をやりたいのなら、異動届を出したまえ。もっとも、私が人事部長をやっている内はムリだろうがな!」

 そう捨て台詞を吐き、ライアンが再び口を開くまもなく、人事部長は風を切るように部屋の入口へと向かう。そのたびに積み上がったままの書類が舞い上がり、隊員たちが必死にそれをかき集めた。

「部長!」

「黙れ、ライアン! 言っておくがな、貴様らの経費無駄遣いは局長会議には報告せずに済ませてやったんだ。私は君に感謝されこそすれ、憎まれる筋合いはないぞ! さっさと荷造りをしろ!」

 無情にも閉じられる扉へ手を伸ばすのを止め、ライアン、は再びぐいと瓶の中の透明な液体を飲んだ。喉を焼くような酒の味だけが、彼が生きている事を実感させた。

「室長、どうするんです」

 若い隊員のショーンが不安げな面持ちで、書類を拾うのを止め、ライアンに目線を向けた。赤毛短髪の、小柄ながらがっちりした身体の男である。彼もまた、この部屋のトレードマークとも言える黒スーツに身を包んでいる。

「そうですよ。あたし達、ここを追い出されたら……」

 そう不安げに目を伏せるのは、金髪を後ろでひっつめた女隊員、メロウだ。彼ら三人は、対策室の意義がほとんど失われている事をいいことに、予算をできるだけわからぬよう巧妙に食いつぶしてきたのだ。

 だがそれも、人事部長が気づいたことですべてが無に帰した。ぬるま湯に浸かり、剣の鍛錬を怠った彼らが、騎士団に戻るのは相当に抵抗があるのだった。

「分かってる! 少し黙れよ! クソッ!」

 ライアンは構わず、ゴミが詰まったゴミ箱を蹴っ飛ばす。入っていたゴミが、書類や隊員たちに構わずばらまかれた。

「室長! キレてもしょうがないでしょう!」

 メロウは自分の金髪にひっかかったゴミを払いながら、うろうろと苛つきを隠せない室長に怒声を浴びせた。ライアンはと言うと、ぴたりと止まり、手のひらをメロウへと向け、うんうん唸っている。一瞬の後、彼は目を見開き、言った。

「分かった。わかったぞ。……簡単な事じゃないか。俺達が、きちんと存在意義があることを示せばいいんだ」

「でも、どうやって?」

 至極当然な疑問を、ショーンはライアンへとぶつけた。彼はにやりと笑い、スーツの襟を正すと、部屋の扉へと向かった。

「仕事だ。当てはある。来い!」





 憲兵官吏のドモンは、白いジャケットの袖を揺らしながら、今日も眠そうな表情を隠さずに、ゆっくりと憲兵団本部へと向かっていた。寝ぐせは今日も強くついたまま、目の周りには深い隈が、加齢によるシワと共に刻まれていた。手には、妻のティナが持たせた弁当の包みが揺れている。

「あなた、いってらっしゃいませ」

「うん。行ってくる。そなたも家の事を頼んだぞ」

 厳しいやりとりが、閉じられた玄関の奥から聞こえてくる。表札には『ハタ』の文字。ドモンの自宅周辺は、いわゆる役人住宅地であり、同僚が多く住んでいる。この家の主も、ドモンの同僚である。

「おお、ドモン殿。おはようございます。今日も眠そうにござるな」

 姿を現したのは、ドモンと同じ白いジャケットの憲兵団制服に身を包んだ優男であった。彼もまた、綺麗に包んだ弁当の包みを手に下げている。ドモンは、眠そうな態度を一向にくずそうとせず、あくび混じりに頭を下げた。

「や、どうも。……いいですねえ、ヤスヒコさん。美人の奥さんに手作り弁当。うちのかみさんと比べたら天と地の差ですよ」

 ヤスヒコの家柄はかなり良い。代々帝国騎士団の要職を務めた名門・ハタ家の出身であり、彼自身も極めて優秀だ。望めば父親と同じく騎士団への道も開けているのだが、彼自身はそれを望んでいない。

「ははは……照れますな。弁当のことは拙者の甲斐性とはまた別の事にて。それに、ドモン殿の奥方も大層お綺麗でいらっしゃる。拙者の家内と比べるのも、おこがましい程にござる」

 そう謙遜するヤスヒコに、ドモンはため息をつくばかりだ。家柄もあり、仕事も出来、美しい妻が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。家に帰れば攻撃的な妻に妹が待っているドモン。比べるだけ悲しくなるだけだ。

「拙者もまだまだ未熟にござる。先達のドモン殿に、ご指導ご鞭撻をお願いせねばならぬ立場。どうか、今日もよろしくお願い致します」

「それこそ謙遜しすぎってもんですよ。照れますよ、朝から」

 そうして、二人はとりとめのない話をしながら、憲兵団へと今日も出勤するのであった。






 傘屋のレドは、自信作である色とりどりの高級傘を背負い、今日も静かに街を歩いていた。傘屋は彼の本業であるが、生業はまた別にある。本来なら大声を出してアピールするのが行商人の常なのであるが、こと彼については当てはまらないのであった。生業が別にある以上、傘屋で目立つことは、彼の本意ではないのである。

「誰か、助けて!」

 彼が人の多い大通りを折れ、細い裏通りを抜けようとした時のことであった。子供の叫ぶ声に、レドの身体は過敏に反応した。傘をその場に立てかけ、黒い着流しの袖を翻しながら、声の元へと走った。後ろで結んだ長い髪と同じ、赤錆色の瞳が見たものは、十歳もいっていないであろう子供が地面に転がり、涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めている姿であった。

「どうした。なぜ泣いてる」

 レドは鉄面皮の如く生気のない顔であったが、出来る限り優しく彼に言葉が伝わるように努力した。転がっていた子供は顔を持ち上げ、歪んだ顔を彼に向ける。レドは固い笑顔を浮かべ、敵ではないことをアピールした。

「立てるか」

 少年は金髪が肩までかかっているくらいの長さであった。美しい金髪といえたが、土埃で汚れきっていた。レドは彼の土埃を払おうとしたが、少年ははっと気づいたように、再び叫び始めたのだった。

「お母さんが……お母さんが!」

「どうした。……迷子になったのか?」

「違うんだ……連れてかれちゃったんだよ、変な奴等に!」

 レドははっと顔を挙げるが、土煙の他、何も残っていなかった。少年の母親も、それを拐ったものも、どこにも見当たらない。レドは再び少年を見下ろす。嘘を付いているようには、思えなかった。

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