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必殺断罪屋稼業  作者: 高柳 総一郎
拝啓 闇の中から真打が見えた
14/72

拝啓 闇の中から真打が見えた(Bパート)





 憲兵団の夜勤は、当番制だ。ドモンも含む憲兵官吏達は皆、帝都イヴァンの治安を守るという通常の勤務の他、夜の憲兵団本部に詰めるという任務を少なくとも月一回は負う。

 今日はドモンがその当番だった。もう夕方を迎えるにも関わらず、彼の黒髪には寝ぐせがついて野暮ったい。眠そうながらも、どことなく気分は良さそうだ。他の同僚たちが荷物をまとめ帰ろうとしている中、ドモンは弁当を広げようとしていた。夜勤は長い。まずはしっかりと腹ごしらえをしなければならぬ。

「ドモン君」

 銀の長髪を揺らし、精悍な顔立ちの下にくっついた巨大な顎をさすりながら、上役の筆頭官吏ヨゼフが現れた。すわ、小言か。ドモンは身を固くし、開けかけていた弁当箱をゆっくりと閉める。

「いやそのままで結構。……君、弁当を?」

「や、ええ、はい。夜勤ですからね」

「……ドモン君。先週、夜勤の予定変更があったの、聞いてなかったのかい。朝礼の時、私は君にも聞こえるようにきちんと伝えたはずだったんだけどね」

 ドモンはしばらく黙っていたが、事の次第をようやく理解した。ヨゼフはこうした伝達の失敗を嫌う。彼の予想通り、ヨゼフは二言三言ドモンにとって聞くに耐えない小言を吐くと、締めにこう言った。

「とにかく。来月まで君の夜勤は無いからね。はやく家に帰って、奥方にサービスしてさし上げたまえよ。意味分かるね」

 ヨゼフは返事も聞かずにひらひらと手を振りながら、執務室へと戻っていった。困ったのはドモンである。まさか、用も無いのに弁当をここで食べる気にもなれない。ぼりぼりとねぐせだらけの頭を掻き、弁当を包みに戻す。大小の剣をベルトに帯びると、日が傾きかけた夕暮れを彷徨う。

 彼がぶらぶらと訪れたのは、魔導式のランプが灯り始めた、帝都イヴァン最大の大通り・アケガワストリートであった。ちらほらとレストランや居酒屋の明かりがそこらで灯る。仕事帰りの勤め人とすれ違う。ドモンは行き場を無くした子犬のごとく、ひたすらうろうろと通りを歩きまわった。目についたのは、とある劇場の看板と、宣伝をして回っている従業員の姿であった。真新しい看板に書かれているのは、『ブクロ演芸場』の文字。どうやら出来たばかりの劇場のようだ。

「さあさあ! 皆様お立ち会い。夕方回って日が落ちて、ここからは大人の時間。今日の演目は、なんとあの『生ける伝説』、噺家キョウタロウですよ! 入場料は銀貨一枚! 終幕まで余すところなくお見せします! どうぞみてらしゃい!」

 ラクゴ。話には聞いたことがある。一種の話芸で、かつて英霊として呼び出された男がこの大陸にも広めたものだという。ドモンはあいにく聞いたことが無かったが、今日は時間がたっぷりある。何より、理由が理由だ。早く帰れば妻のティナや妹のセリカに何を言われるかわかったものではない。

「や、どうも」

「これはこれは、憲兵官吏の旦那。いかがですか。聞いて損はさせませんよ」

 手もみをしながら腰を低く笑うのへ、ドモンは低い声で彼に尋ねた。

「勉強してくれませんか」

「勉強」

「そうですよ。銀貨一枚と言ったら、宮仕えでも大変な金です。あんた損はさせないって言ったじゃありませんか」

 困ったように従業員が笑うので、ドモンはなおも低い声で彼の耳元でささやく。

「劇場といえば、なんだかいかがわしい公演もやるってよく聞くんですがねえ。あんたのところはそうじゃないと思うんですが、こうも嫌がられちゃ怪しいですよねえ」

「……わかりました。旦那、どうぞ。うちは品行方正でやっておりますので、どうぞよしなに……」

 頭を下げる従業員にへらへらと笑いかけながら、悪徳憲兵官吏はずかずかと劇場へと入り込んだ。なかなかの盛況ぶりだ。壇上と客席は一段差があり、まるで弁当に詰められたおかずのごとく、客が前から順番にひしめきあっている。どうやらドモンは最後に近かったらしく、一番後ろの列の席に座った。

「あれ? 旦那じゃない」

 聞き覚えのある声に左を向くと、ハンチング帽を被った金髪の青年がいた。羽ペンで線を引いた目、鼻にはそばかすが浮いている。

「どうしたのこんなところで」

「つなぎ屋。あんたこそこんなとこで何やってんです」

 つなぎ屋の青年──ジョウは、にやりと笑う。彼の仕事はあらゆる事を『つなぐ』ことだ。人手不足の仕事、人探し、伝達、配送、つなぐことが彼の仕事である。他にも彼がつなぐ事は多岐にわたり、それにドモンも一枚噛んでいるのだ。

「見りゃ分かるでしょ。ラクゴを聞きに来たんだよ。僕、キョウタロウ一門のファンなんだよ」

「あんた、若いのにずいぶんいい趣味してんですねえ。……始まりそうですよ」

 楽しげな出囃子。扇子を片手に猫背気味の白髪の男が、緑色の着物を身にまとい、壇上に誂えられた座布団へと腰を下ろす。ジョウによると、この衣装も壇上の座布団も、キョウタロウが指示して用意させたものだという。彼は観客の拍手に三指をついて礼をすると、噺をはじめた。

「えー、お足元が悪い中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。どうぞ最後まで楽しんでいただければ幸いでございます。最近はね、暖かくなってまいりましたね。あたしもこっちに来てから三十年、長いんでございますがね。どこに行ってもやはり、暖かくなるというのは、うきうきいたしますな。気分が高揚する、というんですかな。それで……」

 その時である! 無粋にも劇場の扉を大きな音を立てて押し開け、ぞろぞろと入り込んでくる者があった! 一様に同じ赤いデザインのジャケットを羽織り、人目でカタギでないと分かるようなガラの悪い男たちが、十数人なだれこんできた! 中には、角材や棒きれを持っているような連中すらいる!

「なんだこりゃあ!」

「引っ込め!」

 観客の声もいざ知らず、男たちは棒や角材を振り回し、人々を威嚇する! あまりの光景にジョウはドモンを見る。彼は治安維持を任務とする役人だ。このような時こそ出番ではないのか。そんなジョウの目線の先で、ドモンは狸寝入りを始めていた。

「ったく! 役立たずなんだから!」

 ジョウはドモンに聞こえるように言うが、彼に届いた様子はない。仕方なく視線を暴れている男たちへと向けると、彼らを左右に避けさせながら、スーツを身にまとったハゲた小男が現れた。男は葉巻を取り出し咥え、ちょいちょいと指を動かすと、ひときわ筋肉隆々で、浅黒い肌をし、口ひげを生やした男が携帯火種を取り出し、静かに小男の葉巻に火をつけた。

 紫煙をくゆらせながら、男は勿体をつけながら言った。

「困りますなぁ! 劇場を建てる、勝手に公演を打つ! このニコルソンに一言話を通してもらわねばいかんでしょう!」

 キョウタロウはと言うと、持っていた扇子をばっと開き、どこか不機嫌そうな顔つきで仰ぐばかりだ。

「困ると言われましてもねえ。あたしはあたしなりに噺をしているだけです。この劇場も、あたしと弟子たちの稼ぎで小さいながらも作ったもの。ニコルソンさんとおっしゃいましたかね。何度も足を運んでいただいて恐縮ですがね、お客さんがいる間はやめて下さい。はなしをしようにも真面目なことが言えませんのでね」

 乱入してきたニコルソンに遠慮するような、小さな笑いがそこらで起きた。すかさずキョウタロウがまくし立てる。

「いやしかしあたしも偉くなったもんですね。なにせこうして噺をやってるだけで、怖い人達が遊びに来てくださる。できれば、入場料を入れて欲しいものなんですけどね」

 さらに起こる小さな笑い。いつの間にか劇場内は笑いに包まれ、ニコルソン達は動揺しながら後ずさり、劇場から姿を消した。その瞬間、客席では万雷の拍手が巻き起こった。

「ありがとう存じます。とまあこうしたふうに、世の中には怖い人、怖いもの、怖いことってえのがあります。誰にも怖いものはある。不思議なもんですね、剣を握っている、魔法を使う、そうした人達にも怖いものがある。イヴァンの人々はどうでしょうかね。……おう、集まってくれてごめんよ。今日は一つ、みんなで酒をちびちびやりながらってことでこうして雁首揃えたわけだが、つまみもねえし酒だけじゃ味気ない。どうだい、ここは一つ、みんなのこわいもんってえのを言い合って、酒の肴にしようじゃねえか……」


 





 その日の深夜。

 南地区大劇場近くにある、ニコルソン企画の事務所にて。社長のニコルソンは、先ほどのことが腹に据えかね、部下に当たり散らしていた。直立不動で控えている赤い羽織の男たちの間に、ニコルソンの灰皿が飛ぶ!

「ふざけんな!」

「ボス」

 筋肉隆々の、口ひげを生やした大男がずいと進み出て言った。

「あのキョウタロウの一門は、人気があります。ここらの顔役のボスがちょっかいを出すのは、客を刺激しますぜ」

「解ってるってんだよ、ダニー! 俺は! あの白髪野郎が気に入らねえんだ!」

 今度はニコルソンが吸っていた葉巻を取り、ダニーの顔に投げつける! ダニーは首を捻って華麗に回避。シワの刻まれたいかつい顔を、微動だにさえさせない。

「ボスの気持ちは分かりますぜ。元々やつらは劇場を持たねえ流しの芸人。ボスのとこでも何回か公演を打たせてやったのに、いざ自分の劇場を持ったら挨拶にも来やがらねえ」

 ニコルソンは不機嫌そうにもう一本葉巻を取り出す。すばやくダニーが携帯火種を取り出し、火を点ける。こうしたよどみない動作ができるだけの信頼関係が、この二人にはあった。

 彼らのいう挨拶とはなにか。簡単だ。金である。ニコルソンはこの南地区にある劇場を経営する支配人であり、舞台に立つ芸人の発掘も行っている。キョウタロウは、この世界に呼び出されて数年の際に、何度かニコルソンの口利きで舞台に立ったことはあるが、それだけだ。彼はそれ以降様々な土地を歩いて回り、現在のラクゴの地位を築いた。ニコルソン達の言い分は、完全な言いがかりに近いのだ!

「全く、ムカッ腹が立つぜ!」

 ニコルソンは立ち上がり、いらいらとその場を右往左往と歩きまわり始める。ダニーは部下達に出て行くよう目線を向ける。おとなしく外へと出て行った部下達を見届け、ダニーは口を開く。

「ボス。いい方法がありますぜ」

「なんだと?」

「キョウタロウは所詮あの年、どんなに持っても後十年二十年ってところです。……だが、やつの弟子を抱えこみゃ、こっちのもんだ」

 ニコルソンは顎を撫でつつ沈思黙考していたが、ぽんと手を打ち、ダニーににんまりと笑いかけた。

「なるほどな。若い奴等を取り込みゃ、俺の劇場も安泰ってわけだ! しかしよ、ダニー。何か策があるのか?」

「ボス。あんたは俺に、キョウタロウ達の事をなんでもいいから探れって行ったでしょう。……おもしれえ情報を、掴んだんですよ」

 ダニーは不気味に笑い、口ひげを撫でた。彼は力だけではなく、狡猾な策を使うことのできる男なのだ!






 その日、傘屋のレドは、イヴァン南西地区にある掘っ立て小屋めいた自宅で、黙々と傘を作っていた。彼の傘作りは、仕入れた鉄骨を切り、形を整えるところから始まる。金槌を持ち、鉄骨の角度を調整しようと振り上げた直後のことであった。

 気配を感じる。誰かの気配を。

 レドは赤錆色の髪をぐいと結び直し、角度を変えようとしていた鉄骨をゆっくりと握りしめる。髪と同じ赤錆色の瞳が、古い家の居間の先──玄関を射抜く。

「誰だ」

「あのう……こちらで、お願いをすると叶うと聞きまして」

 レドはゆっくりと玄関へと近づき、銀色に鈍く輝く真新しい鉄骨を構える。まばたきもせずに玄関を見つめる。部屋に誂えた姿鏡の位置を調整すると、鏡が反射し、玄関に誰が立っているのか分かる。黒髪に灰色の着流しを身につけた、若く幼さすら感じさせる男だ。

「何の話だ」

「一本傘に願いを込めると、どのような願いでも叶うと」

 レドは、殺し屋である。それもつい最近まで一匹狼の殺し屋として活動していた。今玄関にいる男がしているのは、一匹狼の『傘屋』に殺しを頼むときの方法である。確かにイヴァンにもこの方法で依頼をすることを知っているものが何人かいるだろうことを、レドは思い出していた。

「……ここは教会じゃないが、入りな」

 鏡越しに男は動揺しているようだったが、意を決したように扉を開け、入ってきた。直後! レドは影から現れると、男の肩に手を置き、鉄骨を首の後ろに突きつけた!

「死にたくなければ、後ろを向くな」

「……はい」

「三つ質問する。お前は誰だ? ここを誰に聞いた? ……標的は、誰だ? それぞれ、十数える。言えなければ殺す」

 レドの無慈悲な質問に、男はたどたどしく答え始めた。彼の名前はスケ。ラクゴの修行をしている。ここには、情報屋のハリー・テイラーという男に聞いたという。ハリーは、裏社会に精通している男であり、何度か仕事を回してもらったことがある。

「標的は」

「し、シンという男です。僕とは同時期に入門して……」

「理由は。俺は、理由の通らねえ殺しはやらない」

「僕には……僕には時間がないんです」

 彼が切り出したのは、そうした言葉からであった。レドは鉄骨を突きつけたまま、静かに話を聴き続けていた。

「シンは……卑怯な手で高座へ上がろうとしているんです。僕は、心の臓に持病があるから、長く高座に上がれないって……キョウタロウ師匠は、素晴らしい方です。名を汚すようなことだけは……そんな方法でシンが高座に上がろうとするなら、いっそ」

「金を置いていけ」

 レドは冷たく言った。スケは懐から金貨を一枚落とす。それを確認して、レドはわずかに開いていた玄関の扉を蹴り開けると、スケを蹴り飛ばした。素早く扉を閉め、冷酷無比な殺し屋は扉越しに冷たく言い放つ。

「一週間後には、シンという男は死んでいる。ここでの事は誰にも言うな。俺は、お前の事も調べる。言えば、どこにいても殺す」






 薄曇りで肌寒い夜。月の明かりはわずかに通りを照らしていたが、どことなく心もとない。

 そんな中を、シスター・アリエッタは、修道服に詰め込んだ長身巨躯を揺らしながら、夜道をランプで照らしつつ歩いていた。彼女の胸は豊満であった。

 彼女のくすんだ青い前髪で覆われた目は窺い知れなかったが、彼女の潤いのある唇はへの字に曲がっていた。目当ての男娼が不在であると断られてしまったのだ。仕方なく別の男娼を指名したが、早々にヘバられてしまい、こうして夜の内に帰り道を急ぐ羽目になっているのだった。

「全く、興ざめです」

 支配人に埋め合わせをするよう強く『指示』しておいたので、とりあえずの気は済んだが、アリエッタの気分はあまりよくない。

 誰かの声と、地面をこするような音が聞こえてきたのは、アリエッタがそんな気持ちを持て余している時であった。

「や、やめてくれ! 誰か助けてくれ!」

 アリエッタが見たのは、目の前で襲われる灰色の着流しの男。金髪赤目が闇夜に揺れる。それを取り囲むは、数人の黒ずくめの男たち!

「お待ちなさい! 一体何ごとですか!」

 くぐもった声を上げる男。地面に転がり、うめき声をあげる。黒ずくめの男達は彼の身体から何かを抜き、走り去った。アリエッタは彼らを追おうと試みるが、それよりも地面に転がった男の方が心配になったのだ。

「大丈夫ですか! しっかり!」

「俺は駄目だ……畜生……噺、やりたかったなあ……」

 アリエッタは男を揺り動かす。しかし、男の赤目は光を失ってゆき、事切れてしまった。だらりと力を失った彼の身体はいかにアリエッタといえども重く感じられた。


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