記憶を辿る物語1
「プロローグ」
結論から言う。状況は最悪だった。
飛車角落ちどころか6枚落ち。俺達の戦力は壊滅寸前だった。
もともとCランク魔術師の烏合の衆だった俺達。にしたって決着が早すぎる。
化物は俺達の想像をはるかに超えていた。もうすでに統治会からの助っ人もやられ残すところは俺達3人のみ。
「月!俺と信楽はいいから早く逃げろ!」
今の俺にはこれが精一杯だ。
「嫌だよ!みんな一緒に帰ろうよ!」
月は涙目を浮かべて反論した。
「おいおい、可愛い顔が台無しだぜ」
タヌキが持ち前のチャラさで場を和ませる。今ほどタヌキに感謝したことはなかった。
「待って!私もたたか」
シュンッ。
月の声は俺の空間魔術に遮られた。
夜の風は身を切るほど冷たかった。
「どーすんだ蒼。こーなったら覚悟決めるしかねーわけだが?」
こんなに真剣なタヌキの顔は初めて見た気がする。
「仕方ねーよ。」
あぁ、本当に仕方ない。状況はこうだ。
3番街の時計塔前広場に残されたのは俺とタヌキの二人。そして怪物。
奇跡的に俺らの作戦が項を奏し名前を知られていないわけだが、奴は物理攻撃もめっぽう強い。
姿形ははっきりしないが、統治会の1人の神木竜児は鉤爪のようなものに持っていかれた。
何をかって?心臓さ。化物は心臓に込められた人間の物語を食う。臓器移植でドナーの記憶が残ることがあるだろ?
あれと似たような原理らしい。そして化物はどんどん強くなる。
最近わかったことだが、物語はその者の名前にも宿る。つまり名前を知られただけでも不利なのだ。
はっきり言ってチートだ。俺らが存在を確認した時点で少なくとも奴は26人の物語を食っていた。もう手に負えるレベルではなかったのだ。
ヴァヴァアッヴァアヴァヴァアヴァヴァヴァヴァ
冗談みたいに凶暴な雄たけびを上げて化物が俺に襲い掛かる。
あーあ、俺の人生なんだったんだろうな。何もかもが人並み。せめて彼女がほしかった。
彼女と自転車の二人乗りをしたり、映画を見たり、手をつないで散歩したり、ちょっと背伸びしたフレンチを食べてみたり。
カラオケにゲーセン。そして遊園地。ちょっといいムードになった観覧車の中で、きききき、キッスをしてみたり。
果てはその先の大人の遊園地で大人の階段を3段飛ばしで駆け上ったり・・・・したかったなぁ。
「馬鹿野朗っ!どけ!」
タヌキが咄嗟に俺を蹴り飛ばした。本当に咄嗟の事だった。
「いてぇな!何すんだ!?」
風がやはり冷たい。その場には・・・・・タヌキはいなかった。
1話「起動」
ピロロロ!
無慈悲にもアラームがなる。
朝は弱いなんて人間は五万といるが、俺、桐生蒼一もその大多数のうちの一人だ。
季節は早くも冬の入り口を迎えていた。こんな寒い中行動しようなんて気は微塵も起きない。
「よし、今日は休もう!」
気持ちよくお布団の中の夢の国に逃げ込もう。
自慢ではないが俺は寝ようと思えばどこでもいつでも寝れる。数少ない取り得の一つだ。
「おやすみなさい」
誰が聞いてるでもないのに俺は深い眠りへ落ちていった。
「落ちていった・・・・・じゃねよボケ!!」
訂正しよう。聞いている人間はいたようだ。
「蒼~いい加減起きないと成績落ちるよ。先生もいつも蒼の事気にしてくれてるんだから」
長い栗色の髪を両サイドできれいにまとめた、ツインテール?っていうのか?よくわからんが。
そこには、幼馴染の日諸木月乃が鬼の形相で立っていた。
「ったく耳元でうるせぇな。」
月は声がでかい。顔はまぁいいんだがそれ以外が残念な女の子だ。
「誰がうるさいって?いい加減に起きないと・・・・屠るよ?」
まずい。月が笑顔になった。これ以上は身の危険だ。
エマージェンシー!エマージェンシー!俺の肉体も危険を訴えている。
「はい、すみません」
女は面倒だ。トラブったらすぐ謝る。これ生きてく上ですごい重要。
「ちっ。これだから○○○(自主規制)は」
「あ?何か言った?」
「いえ、なんでも」
「わかったらさっさと仕度して来て。下で待ってるから。」
月はそういうと部屋から出て行った。よしチャンスだ。
俺は精一杯の力を振り絞ってベットから出ると、月が出て行った扉へ。
ガチャっ!
よしっ。ミッションコンプリート。これで奴は入ってこれまい。
今度こそ、おやすみなさい。
サーーー。窓からの風が冷たい。
ったく、寒くて寝れねーじゃねーか。仕方ない。閉めに行こう。
窓まではベッドから三歩ほどでたどり着ける。それすらもめんどくさいが。
でも、窓なんて開いてたっけ?まぁいいか。
窓に向かった俺は恐ろしい物を見た。
「ばばば、馬鹿な。4階だぞこの部屋は!?」
そこにはいるはずのない人間がいた。
「あーおくーん」
月だ。紛れもない月だ。額に青筋くっきりの月だ。
「日諸木月乃は化物か・・・・」
ピキピキ!血管が浮き上がってる。
「誰が化物よ!失礼ね!」
まずい何とかしなければ。そうだ、ここは一昔前に流行ったあの台詞。
「おこなのー?」
うん。とっても自然かつ可愛い。ポイントは、なのー?にアクセントを持っていくこと。
こーすると大抵の人は、クスっっと笑って呆れて許してくれるって・・・信じた時期がありましたよええ私にも。
カーン!
右手に持っていた凶器で1HIT。どこから出したそれは。
「ちょ、待って、俺がわううございああた」
顔への一撃で頬を腫らした俺は呂律が回らなかった。
ガキッ!
そのままの勢いで膝蹴りで空中へ。2COMBO。
もう声を発することすらままならない。
ダダダダダダダダダダダダダ!!
足、腕、頭全てを使った高速打撃。そして最後に。
「とどめだぁ!」
ドカーン!
出ました黄金の左。MAX COMBO16 FANTASTIC!!