同盟 4
いっぽうエレノアはというと、騎士団駐屯地にある会議室にいた。奥の席で難しい顔をしながら腕組みをして座っている。
そこでは、セイラン国の軍の中でも上級職にあるものたちが一堂に集まっていた。円卓を囲んで、それぞれが中心に向かい合っている。
「いくら天馬騎士団が有能だとしても、現状の数ではやはり単体で北に立ち向かうには厳しいものがあるでしょう。それに今後、フェリアの軍との連携も考えなくてはなりません。そこで、天馬騎士団も我が軍の一員として、軍の組織の方針に従ってもらうこととし、これからは、我ら陸上部隊が戦略の中心となって事に当たる方針としてはいかがだろうか」
エレノアとは違う陸軍部隊に所属するイシュアードという男がそう発言した。
剛勇で知られるイシュアードは、背も高く堂々とした体躯の持ち主である。黒髪に紫色の瞳を持っている。顔つきも精悍そのもので、猛々しさと凛々しさを兼ね備えていた。
そんな彼は、エレノア率いるユクサール天馬騎士団には属さない、陸上の軍隊を率いている将軍である。
通常の騎馬兵や歩兵と、天馬騎士団とは、同じセイラン国の軍隊でありながら、その役割はそれぞれ微妙に違っており、普段は各自で活動をしていることが多い。
しかしながら、今回の国家のみならず世界を揺るがす危機に際し、今回こうして合同会議を行うことになったのだった。
「それはつまり、ユクサール天馬騎士団も貴殿の方針に従えと、そういうことを
言いたいのでしょうか? 貴殿の下につけと?」
エレノアは、イシュアードに鋭い視線を投げかけた。イシュアードはそれに対し、ふんと鼻息を鳴らして言った。
「そういう意味ではなく、あくまで軍の統一化を図って意思の疎通を図りたいという合理的意見です。なにも、ユクサール天馬騎士団を我が傘下に置きたいと言っているわけではなくてですな……」
「だが、結果的に、そうならざるを得なくなる!」
エレノアは、バンッと机を両手で叩き、椅子から立ちあがった。
「団長……」
隣に座っていた副長のオドネルが小声でたしなめようとするも、エレノアの勢いがそれで止まることはなかった。
「我がユクサール天馬騎士団は、聖王様より特別に独自の軍隊として自由に動けることを約束されている。通常の軍隊にはできない迅速な行動と判断により、各地の問題を解決させてきたのだ。それを通常の軍隊に組み入れるとなれば、その長所は意味をなさなくなる。我らユクサール天馬騎士団は迅速と機動力が要の軍隊なのだ。それが死んでしまっては、我らの存在意義は半減してしまう!」
エレノアはきっ、とイシュアードを睨みつけた。獰猛な雌豹のようである。だが、イシュアードはそんな視線に動じることなく、言葉を続けた。
「派手に華々しいだけの人気取りが、軍隊で必要なことではない。軍隊は組織である。組織の一端として確実に機能するということも、私には必要なことだと思うのですがね」
イシュアードも負けてはいなかった。確かにどちらの意見にも一理はある。機動力か統一性か。どちらも互いに譲れない部分があり、会議はそのまま平行線をたどろうとしていた。
しばらく議場は、重い沈黙が支配した。
エレノアも席に戻り、眉間に深い皺を刻みながら、固く唇を噛み締めていた。
ああは言ったものの、エレノア自身、イシュアードの意見もわからなくはなかった。軍の統一を図るべきだという意見ももっともなことである。
けれど、エレノアはどうしてもユクサール天馬騎士団の持つ今の機動力を失いたくはなかった。独自にすばやく動くことができなければ、この前のレピデ村のように救助に間に合わない事例は増えてくるに違いない。彼女にはそれがとても耐えられなかったのだ。
ユクサール天馬騎士団は、この国の軍隊のなかでも異例の位置にあり、特別視されているということは、以前より重々わかっていたことだった。
聖王様からの特別の計らいによって、ユクサール天馬騎士団は自由に独自のやり方で国を守護してきた。その戦歴は華々しく、国民からの人気も、通常の軍隊と比べ、格段に高いものとなっている。
それを陸軍としては快く思えないのは仕方のないことだ。だから、いつの間にか、空軍であるユクサール天馬騎士団と陸軍との間には、見えない壁ができていた。
そして今、それが目に見える形で現れてしまったのだ。
陸軍の面々とユクサール天馬騎士団の面々とが、互いに静かなる火花を散らしている。
「とにかく、数の問題は、これからまた増強をはかるつもりです。空の戦闘はやはり我らが主導を取るべき事柄。意志の統一を図りたいという貴殿の意見もわからなくはないが、やはり我らの行動の舵をそちらに委ねることは承服しかねる事柄です。どうかそのことはご理解願いたい」
ぐっと拳を握り締めながら、エレノアはそう言った。その頭を地面に向かってさげながら。
その日の会議は結局まとまらないまま、それでお開きとなった。
「エレノア!」
憤然と早足で兵舎の中庭に面した廊下を進むエレノアに、後ろから声をかけ、追いすがるものがいた。
オドネルである。
しかし、エレノアはそれに答える気など毛頭ないといった様子で、足の速度を緩めることなくさっさと前に進んでいった。
「怒り心頭に発してるようだな。まあ、無理もないとは思うけど」
オドネルのそんな言葉にかちんときたのか、エレノアは突然ぴたりと足を止め、彼のほうへと向き直った。
「なんなんだ! 貴様、私をからかっているのか? 当たり前だ。もう少しでユクサール天馬騎士団の存在意義が損なわれる事態になるところだったんだぞ! これが怒らずにいられるか!」
今度は反対に詰め寄られる形となり、オドネルは思わず仰け反るようにしながらエレノアを見つめていた。
「まさか、からかうわけないだろう。よくあそこでプライドの高いきみが頭をさげたと、感心したくらいだよ、おれは」
またそのことを思い出してしまったエレノアは、さらに怒りをたぎらせたが、オドネルはそんなことなどどこ吹く風といった様子で、かすかに口元に笑みさえ浮かべていた。
「貴様。他人事だと思って……っ。だいたい、副長であるお前がもっとしっかりしていれば、あんな会議で煩わされることもなかったんだ! 我が騎士団の増強の手はずはその後どうなっている! 新人教育のほうは首尾良く進んでいるんだろうな!」
「ああ。そっちのほうはぼちぼちってところだ。けど、それよりも空軍を手っ取り早く増強させるのにうってつけの話があって、実はそれを相談したく思ってな……」
オドネルのその言葉に、今にも彼の首根っこを掴みかからんばかりだったエレノアは、ぴたりと動きを止めた。
「うってつけの話?」
「ああ。アルバール山脈方面へ偵察に向かわせていた斥候が、気になる話を持ってきたんだ」
オドネルのもたらしたその話は、セイラン国にとっても、ユクサール天馬騎士団にとっても、大きな意味のあるものであった。
今回で四章終了です。お疲れ様でした。




