苦悩の檻 2
*
エレノアは昔、アルバール山脈の麓の深い森に囲まれた村に住んでいた。
両親とともに、のどかな生活を送っていた。
その村には、幼馴染みでもあるオドネルも住んでいた。
「なあ、エレノア。森の秘密基地に行こうぜ!」
オドネルに誘われ、エレノアは森のとある場所にある秘密基地へと行った。
基地といっても所詮は子供の作ったもの。木の枝や葉を重ね合わせて作った円錐系の粗末な家だった。
けれども、子供にとってはそれが自分たちの大切な場所だった。
「ここにいろいろ宝物を集めていっぱいにしていくんだ」
オドネルはそう言って、綺麗な石や、いろんな木の実、蛇の抜け殻などといったエレノアには気味の悪いようなものまで雑多に並べていた。
「結構集まったね。宝物」
エレノアが言うと、オドネルは自信に満ちた顔で笑っていた。
「そうだ。エレノアにまだ見せてなかったとっておきのものがあるんだ。ちょっと一緒に来てくれ」
オドネルはそう言うと、エレノアの手首を掴んで秘密基地から抜け出した。
木漏れ日で揺れる森の小道を走り抜け、連れて来られたのは鬱蒼と繁る木々に隠されていた洞窟だった。エレノアもこんなところに洞窟があったことに、そのとき初めて気がついた。
「こっちだ」
そう言って、なんの躊躇もなく薄暗いその中に入っていくオドネル。エレノアはなんだか不気味なその洞窟に入っていくのに少しだけためらったが、ついていかないわけにもいかず、心を決めて洞窟内へと入っていった。
「ねえ。あんまり奥まで行くと陽の光が届かないから危ないんじゃない?」
「大丈夫だって。ランタンも持ってきたし。いいから来いよ。絶対あれを見たらエレノアもびっくりするから」
と、オドネルはいつになくはしゃいだ声を出す。しかし、エレノアはまだあまり乗り気にはなれずにいた。
エレノアは暗い場所はあまり好きではなかった。暗い場所は、魔物が好むという。
このシルフィアの裏側に存在するというダムドルンドの世界。そこには恐ろしい魔物がはびこり、暗黒の世界が広がっているのだという。
まだエレノアは魔物を見たことはなかったが、ときおり魔物がどこかで出没したという話を聞くと、恐ろしさで背筋が冷たくなった。
きっと魔物が現れるのは、こんな暗い洞窟の中とかに違いない。
そう思うと、エレノアはつい足が鈍くなるのだった。
しかし、ずんずん進んでいくオドネルを止めるのも忍びなく、エレノアは仕方なく洞窟のその先へと進んでいった。
「着いたぞ」
その声を聞き、エレノアはふと下に向けていた視線を前へと向けた。
するとその先に、ぼんやりと何かが光っているのが見えた。
「え……? なに、これ……?」
美しく黄緑色に鈍く光っているのは、なにかの鉱石らしい。洞窟の奥の壁に、点々と生えている。
「夜光石だよ。暗闇の中で光る性質を持っているらしい」
ほのかな光に照らされながら、オドネルがそう言った。なにやらその表情は、普段の彼よりも大人びているようにエレノアには見えていた。
「綺麗……」
エレノアは周囲をぐるりと眺めた。
点々と壁を彩る夜光石は、その名のとおり、夜の闇を照らす星々のように見えた。
「まるで星が光っているみたいだろう?」
オドネルが、エレノアが思っていたことと同じことを言う。
「おれのとっておきの宝物の場所。ここのことは、他の誰にも言わない。おれとエレノアだけの秘密だ」
そう言って笑うオドネルの顔を、エレノアは不思議な思いで見つめていた。
*