王都へ 4
その武器屋は、王都に店を構えているだけあって、なかなかに立派な店だった。セクを使った白壁の外観も洗練されており、ぱっと見ただけでは武器屋だとはわからないほどだ。
しかし一歩中に入ると、そこは武器で溢れていた。そして、その品揃えの多さにユヒトは驚きを隠せなかった。
右手の壁一面にずらりと並ぶのは、大小様々な剣や斧。左手には弓や槍。他にもいくつもの棚が店内に並び、各種様々な武具が所狭しと並んでいた。
すでに数人の先客がいて、旅人たちは、思い思いの品物を手にとっては眺めて確かめていた。
「うわあ。すごい武器の数ですね! こんなの見たことないです」
ユヒトが感嘆の声を漏らすと、エディールが得意げに言った。
「ここには世界中から集められた武器が揃っている。間違いなくこのフェリアでは一番の品揃えの店だろう」
「これだけあると、目移りしてしまうな」
少女姿のルーフェンも、きょろきょろと物珍しそうに店内を眺め回していた。
ユヒトは店の雰囲気に惹きつけられ、胸が高鳴るのを感じていた。さっそく右手の壁に並べられている剣のところに向かうと、その高鳴りはさらに強くなった。
目の前に並ぶ大小の剣。実用的なものから、宝飾的価値の強いもの、なかにはどんな剛力の持ち主が振るうのかと思うような、大型の剣まで取りそろえてあった。
「ほう。こんな大きな剣まであるのか。これを使いこなすには相当の腕力がいるぞ」
とギムレがまんざらでもなさそうな口調で言ったので、ユヒトは試しにふっかけてみた。
「ギムレさんなら案外使いこなせるんじゃないですか? 腕力なら自信ありますよね」
「そ、そうかー? 本当は手斧のがしっくりくるんだが、ちょいと試してみてもいいかもな」
調子に乗ったギムレは、そこにあった大剣の柄を手にとった。そして両手でそれを持ち、構えてみせた。その剣は本当に大きく、持ちあげると天井まで届きそうだった。
「……ぬう。これは」
「どうですか? 持った感触は」
ギムレはその大剣を持った瞬間に、難しい表情を浮かべていた。そして大剣を下におろすと、黙ってそれを壁の棚に戻した。
「これは無理だ。さすがの俺にも扱える代物じゃない。こんなのを使いこなせるやつがいるとしたら、そいつはとんでもない巨人か、化けもんかのどっちかだ」
ギムレがそう言うと、店の奥から一人の女性が近づいてきた。
「そのとおり。それはかの伝説の巨人、アラゴグが持っていたとされる剣。まず常人には振るうことさえ困難だろうね」
その女性は明るい口調で言った。
赤毛の短髪と豊満な胸、引き締まった体が見るものの目を惹く。身長は女性にしては高めで、ユヒトよりも彼女のが大きかった。くっきりとした顔立ちの、個性的な美人である。
「しかし、それをなんなく持ちあげてみせた御仁は久々に見たよ。普通の人間にとっちゃ、まずそれすらも難しいんだ。たいしたもんだよ」
そう褒められたギムレは、まんざらでもない表情を浮かべていた。
「そ、そりゃどうも」
そんなやりとりをしていると、後方からこんな声が発せられた。
「おお。これはベアトリス。久しぶりじゃないか。元気だったかい?」
女性には紳士であるべきというのが信条のエディールである。その声に気づいた彼女は、今度は彼のほうに目を向けた。
「あんたは……ああ、もしかしてエディール! 王都まで来るなんて、珍しいね。一年ぶりくらいかい?」
「ああ。もうそのくらいにはなるのかな」
「お二人はお知り合いなんですか?」
ユヒトが問うと、エディールが答えた。
「彼女はこの武器屋〈レジリエ〉の店主。わたしは武器を新調するときはいつもここで買うことにしている。まあ、この店のお得意なわけだ」
女だてらに武器屋の店主をしているということに、ユヒトは素直に感心し、そして彼女のそこらの男にも負けないようなたくましい体つきを見て、驚きつつも納得していた。
「しかし、きみは相変わらす美しいままだね」
エディールの言葉に、ベアトリスと呼ばれた女性は、たちまち顔いっぱいに渋面を作ってみせた。
「そういうあんたも、相変わらずのすけこましのようだね」
「それは誤解だよ。わたしはすべての女性に対して紳士でありたいと思っているだけで、なにも下心を持っているわけではないのだよ」
しかし、ますますベアトリスは顔をしかめてみせる。
「だから、そのすべての女性に対してっていうのが信用できないんだ。まったく、あんたには節操というものがないのかね」
すると、今度は意外な方向から声があがった。
「そう! 節操! 俺が言いたかったのもそれだ!」
ギムレである。
「だいたいどんな女性に対しても優しくとか、そういうやつが一番信用がおけないんだ。結局は自分がもてたいという欲望の現れじゃないか! 男として一番たちが悪い!」
「そのとおり! あんた、いいこと言うじゃないか」
と、即席でギムレとベアトリスの協力体制が組まれ、立場の弱くなったエディールは、さすがに困った様子でユヒトのほうに哀れな視線を送った。
「ユヒトくん。これはわたしに対してあんまりな評価ではないだろうか。なんとか言って助けてくれないか?」
ユヒトはさすがにエディールを気の毒に思い、なんとか言おうと試みてみたものの、結局なにも言うことができず、その顔に苦笑いを浮かべただけだった。立場のなくなったエディールは、とうとう二人の攻勢に負け、いつになく寂しそうに、店の隅へと移動していったのだった。
そんなエディールをよそに、ベアトリスとギムレの二人はなにやらギムレと意気投合したようで、楽しそうに語り合っていた。
ともあれ、今は自分の剣を新調するのを目的として来ているのだ。そんなやりとりがあったことはとりあえず忘れて、ユヒトは自分用の剣を選ぶことに専念した。
「これなんかかっこいいけど」
と、ユヒトは柄に綺麗な赤い石がはめこまれている剣を手に持ってみたが、それは少し重いように感じた。
「どうだ? ちょっと違うか?」
ルーフェンの言葉に、ユヒトはうなずく。
「そうだね。ちょっとしっくりこない」
そんな話を耳聡く聞いていた店主のベアトリスが、なにか思いついた様子で言った。
「新しい剣を探しているのはきみ? それならちょっといいかい?」
と言って、彼女はユヒトの隣に近づくと、おもむろに彼の肩から腕にかけてを両手で触りだした。
「え? ひゃあ!」
ユヒトは突然のことに、つい変な声を出してしまった。
女店主はひと通りユヒトの体を確かめたかと思うと、今度は壁際に並ぶたくさんの剣のほうに視線を移した。
「そうだね。きみの体に丁度いいのというと……」
ベアトリスは、そこにあったひと振りの細身の剣を手にした。
「きっと、これだ」
その剣は、透明感のある銀色をしていた。柄の先には小さな竜の絵が彫られている。店主にうながされて剣を握ってみると、想像よりも軽かった。一度両手で持ち直し、構えてみせる。
「どうだい?」
「はい。なんか、わからないですけど、しっくりきてるような気がします」
「気に入った?」
「はい。とても」
ユヒトがそう言うと、ベアトリスはにっこりと笑った。
「そうかい。それならよかった」
他にも一応違う剣もいくつか見たり持たせてもらったりしたが、やはりベアトリスの目利きで選んだあの細身の剣が、一番ユヒトの手にしっくりと馴染んだ。
そうして結局、その剣を購入することに決まったのだった。
「まいどー」
女店主は満面の笑みでそう言った。ユヒトもいい買い物ができたと嬉しく思う。
店を出ると、ルーフェンが言った。
「あの女店主、なかなかいい目利きの勘を持っているな。人間の女にしておくにはもったいないくらいだ」
「それ、どういう意味?」
ユヒトが問うと、ルーフェンはこう答えた。
「気に入ったってことさ」
美少女姿で竜の分身でもあるルーフェンがそう言うと、余計に混乱が増した。
(気に入ったというのは好きになったということ? いやでも、ルーフェンは竜の分身だし、今は女の子だし……)
そんなユヒトの思いをよそに、ルーフェン自身はなにやらご機嫌であるらしい。店の前の通りをくるくると両手を広げて回っている。
「無邪気なもんだ」
ギムレが呆れたようにそうつぶやいていた。