闇の襲撃 3
酒場に戻ると、ギムレはまだ寝ていた。轟々といびきまでかいている。その様子に店の人が嫌な顔をしていて、ユヒトはとても居心地の悪い思いをした。
そこで、すぐにエディールとともにギムレを宿の部屋に運び、ベッドに寝かせた。そして、エディールとルーフェンも疲れてすぐに自分の寝床へと入っていった。
ユヒトも疲れてはいたが、寝る前に汗で汚れた体を流したい気分だった。そこで、ユヒトは一人、宿の主人に頼んで湯をもらうことにした。
外の流し場のところを借りて、ユヒトは汗を流すことになった。服を脱ぎ、もらった湯で体を拭く。固く絞った布で体を拭くと、拭いた場所を、すっと冷たい空気が撫でていった。
空を見上げると、白く丸い月が輝いていた。
今日は満月だ。
その静謐な美しさは、神秘的な気持ちを見ているものに与えてくれる。ユヒトは世界を照らすその美しい月に、心で願った。
どうか、世界を救ってくださいと。
そして、父がどこかで無事で生きていますようにと――。
汗を流し終え、衣服に身を包んで部屋へと戻ろうとしたときだった。町の遠くのほうで、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。
ユヒトは、はっとしてそちらのほうに顔を向け、耳を澄ませていると、それは再び聞こえてきた。そしてその声は、次第に数を増やしているようだった。
ユヒトはなにやら得体の知れない危機を感じ、急いで部屋へと戻った。そして、ベッドに横になっていた仲間たちに呼びかけた。
「エディールさん! ギムレさん! ルーフェン!」
ユヒトの叫び声に、彼らはそれぞれ鈍い反応を示しながら起きあがった。
「なんだ? ユヒト。なにかあったのか?」
長い銀髪を掻き上げながら、エディールが言った。
「ううーん。うるさいなぁ」
「うー。もう朝かー?」
ルーフェンとギムレは、目を擦りながら、寝入りばなを起こされて不機嫌そうだ。
「違いますよ! それより、なんだか外の様子が変なんです! ただ事じゃないみたいな感じで。僕ちょっと、そっちのほう見てきますけど、みなさんも来られるようなら来てください!」
ユヒトはそういうやいなや、自分の剣を腰に差し、部屋を飛び出した。
宿の外に出ると、人の騒ぎ声は、先程よりも大きなものになっていた。そして、騒ぎを聞きつけたらしい人たちが、通りに何人か出てきていた。
「なにか向こうであったのか?」
「いや、わからん。ただ、叫び声みたいなものがあっちから聞こえてきて、様子を見にきたんだ」
通りに出てきていた人たちが、口々にそんなことを言っていた。そうしているうちにも、向こうから聞こえてくる悲鳴や怒号のような叫び声は、どんどんこちらに近づいているようだった。
そして次の瞬間、ユヒトはその目に信じられないものを見た。
「……火だ! 火が出ているぞ!」
叫び声の聞こえてきた方向の空が、紅く燃えていた。
それを見たのと同時に、ユヒトの耳にそれは響いてきた。
『燃やせ燃やせ! 町を燃やし尽くせ!』
心臓を、冷たい手でぎゅっと鷲掴みにされたみたいだった。恐ろしさが全身を駆け巡る。
ユヒトが恐怖で立ち竦んでいるところに、後方から仲間たちの声が聞こえてきた。
「ユヒト! なんだあれは……!」
「町が燃えているじゃないか!」
ギムレとエディールの言葉に、ユヒトはそのとき、なにも答えることができなかった。
苦しい。息がうまくできない。
言葉が、出てこない。
ユヒトの様子がおかしいことに一番始めに気づいたのは、ルーフェンだった。
「ユヒト? 大丈夫か?」
ルーフェンは、少女の手でユヒトの背を撫でた。すると、ユヒトはようやく息を吐き出した。そして、しばらくそのまま咳き込んでいた。
「ユヒト?」
「どうした。大丈夫か?」
ギムレとエディールもユヒトの異変に気づき、心配そうに声をかけてきた。
「……す、すみません。もう、大丈夫です」
ユヒトはゆっくりと息を吐き、呼吸を整えながら、早鐘を打つ鼓動の音を感じていた。
「……ルーフェン。ギムレさんもエディールさんも、落ち着いて聞いてください」
ユヒトはそう前置いて、もう一度深く深呼吸をした。
まずは自分が落ち着かねばならない。
そして、その恐ろしい事実を、仲間に伝えなければ。
「あの騒ぎの起きている方向に、ダムドルンドの世界の魔物がいます」
言った自分の声が、恐ろしく不吉に思えた。
それを聞いたギムレとエディールは、目を剥いた。ルーフェンは、納得したようにこくりとうなずく。
「それは本当か? そうだとしたら、これは大変な事態だ!」
「こんなに人が多く集まる町にそんな魔物が現れたのだとしたら、町全体が恐慌状態に陥る。被害も、大変なものになるかもしれない!」
ギムレとエディールはそう言うや、すぐに宿の部屋へと駆け戻り、自分の武器を携えて戻った。さすがに行動が早い。
「とにかく、急いで向かいましょう。被害が広がらないうちに!」
ユヒトはすぐに火の手のあがっている方向へと向かった。他の面々もそれに続いて走っていった。




