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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第七章 闇の襲撃
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闇の襲撃 3

 酒場に戻ると、ギムレはまだ寝ていた。轟々といびきまでかいている。その様子に店の人が嫌な顔をしていて、ユヒトはとても居心地の悪い思いをした。

 そこで、すぐにエディールとともにギムレを宿の部屋に運び、ベッドに寝かせた。そして、エディールとルーフェンも疲れてすぐに自分の寝床へと入っていった。

 ユヒトも疲れてはいたが、寝る前に汗で汚れた体を流したい気分だった。そこで、ユヒトは一人、宿の主人に頼んで湯をもらうことにした。


 外の流し場のところを借りて、ユヒトは汗を流すことになった。服を脱ぎ、もらった湯で体を拭く。固く絞った布で体を拭くと、拭いた場所を、すっと冷たい空気が撫でていった。


 空を見上げると、白く丸い月が輝いていた。

 今日は満月だ。

 その静謐な美しさは、神秘的な気持ちを見ているものに与えてくれる。ユヒトは世界を照らすその美しい月に、心で願った。


 どうか、世界を救ってくださいと。

 そして、父がどこかで無事で生きていますようにと――。


 汗を流し終え、衣服に身を包んで部屋へと戻ろうとしたときだった。町の遠くのほうで、誰かの叫び声が聞こえたような気がした。

 ユヒトは、はっとしてそちらのほうに顔を向け、耳を澄ませていると、それは再び聞こえてきた。そしてその声は、次第に数を増やしているようだった。


 ユヒトはなにやら得体の知れない危機を感じ、急いで部屋へと戻った。そして、ベッドに横になっていた仲間たちに呼びかけた。


「エディールさん! ギムレさん! ルーフェン!」


 ユヒトの叫び声に、彼らはそれぞれ鈍い反応を示しながら起きあがった。


「なんだ? ユヒト。なにかあったのか?」


 長い銀髪を掻き上げながら、エディールが言った。


「ううーん。うるさいなぁ」


「うー。もう朝かー?」


 ルーフェンとギムレは、目を擦りながら、寝入りばなを起こされて不機嫌そうだ。


「違いますよ! それより、なんだか外の様子が変なんです! ただ事じゃないみたいな感じで。僕ちょっと、そっちのほう見てきますけど、みなさんも来られるようなら来てください!」


 ユヒトはそういうやいなや、自分の剣を腰に差し、部屋を飛び出した。

 宿の外に出ると、人の騒ぎ声は、先程よりも大きなものになっていた。そして、騒ぎを聞きつけたらしい人たちが、通りに何人か出てきていた。


「なにか向こうであったのか?」


「いや、わからん。ただ、叫び声みたいなものがあっちから聞こえてきて、様子を見にきたんだ」


 通りに出てきていた人たちが、口々にそんなことを言っていた。そうしているうちにも、向こうから聞こえてくる悲鳴や怒号のような叫び声は、どんどんこちらに近づいているようだった。

 そして次の瞬間、ユヒトはその目に信じられないものを見た。


「……火だ! 火が出ているぞ!」


 叫び声の聞こえてきた方向の空が、紅く燃えていた。

 それを見たのと同時に、ユヒトの耳にそれは響いてきた。


『燃やせ燃やせ! 町を燃やし尽くせ!』


 心臓を、冷たい手でぎゅっと鷲掴みにされたみたいだった。恐ろしさが全身を駆け巡る。

 ユヒトが恐怖で立ち竦んでいるところに、後方から仲間たちの声が聞こえてきた。


「ユヒト! なんだあれは……!」


「町が燃えているじゃないか!」


 ギムレとエディールの言葉に、ユヒトはそのとき、なにも答えることができなかった。


 苦しい。息がうまくできない。

 言葉が、出てこない。


 ユヒトの様子がおかしいことに一番始めに気づいたのは、ルーフェンだった。


「ユヒト? 大丈夫か?」


 ルーフェンは、少女の手でユヒトの背を撫でた。すると、ユヒトはようやく息を吐き出した。そして、しばらくそのまま咳き込んでいた。


「ユヒト?」


「どうした。大丈夫か?」


 ギムレとエディールもユヒトの異変に気づき、心配そうに声をかけてきた。


「……す、すみません。もう、大丈夫です」


 ユヒトはゆっくりと息を吐き、呼吸を整えながら、早鐘を打つ鼓動の音を感じていた。


「……ルーフェン。ギムレさんもエディールさんも、落ち着いて聞いてください」


 ユヒトはそう前置いて、もう一度深く深呼吸をした。


 まずは自分が落ち着かねばならない。

 そして、その恐ろしい事実を、仲間に伝えなければ。


「あの騒ぎの起きている方向に、ダムドルンドの世界の魔物がいます」


 言った自分の声が、恐ろしく不吉に思えた。

 それを聞いたギムレとエディールは、目を剥いた。ルーフェンは、納得したようにこくりとうなずく。


「それは本当か? そうだとしたら、これは大変な事態だ!」


「こんなに人が多く集まる町にそんな魔物が現れたのだとしたら、町全体が恐慌状態に陥る。被害も、大変なものになるかもしれない!」


 ギムレとエディールはそう言うや、すぐに宿の部屋へと駆け戻り、自分の武器を携えて戻った。さすがに行動が早い。


「とにかく、急いで向かいましょう。被害が広がらないうちに!」


 ユヒトはすぐに火の手のあがっている方向へと向かった。他の面々もそれに続いて走っていった。


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