闇の襲撃 2
「そういえば、ユヒト。父親のこと、なにかわかったか?」
飲み比べは、結局エディールの勝ちとなったようだった。ギムレは卓上に突っ伏して寝てしまっている。
そんななか、エディールがユヒトに向かってそう話しかけてきた。エディールはギムレとは逆に、相当お酒に強いようで、あれほど酒を飲んだのにも関わらず、けろりとした顔をしていた。
「いえ。なにも。たぶんこの町にも父は来てたと思うんですけど、どこに向かったとか、どこで宿泊していたとかはまだ掴めていません。せめて、ひとつくらいは情報が手に入るといいんですけど」
「そうか。それなら、この町にわたしの知り合いの情報屋がいる。あとでその情報屋のところへ行ってみよう。そいつに訊けば、なにか足取りが掴めるかもしれない」
エディールの言葉に、ユヒトはぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます! 助かります!」
寝ているギムレはそのまま酒場に残すことにして、ユヒトとエディール、ルーフェンの三人は、さっそくその情報屋のところに向かうことになった。
祭りの後の町はまだまだ賑やかで、夕暮れ時にも関わらず、大通りにはたくさんの人が歩いていた。そんななか、エディールは大通りを抜けて、ひとつの路地裏に入っていった。ユヒトとルーフェンもそれに続く。
路地裏に一歩入っていくと、そこは賑やかな喧噪に包まれていた先程の大通りとはうって変わって、人の気配がほとんどなかった。閑散とした通りを、野良猫が一匹歩いているだけだ。周囲の建物も、大通りの立派な店構えのものとは違う、古めかしい粗末な建物ばかりが立ち並んでいた。
そのまま路地裏をしばらく歩いていくと、ひとつの建物の前で、エディールが立ち止まった。
「ここだ」
そこは、木造の古い建物だった。特に看板などは掲げられてはいない。
エディールが建物の扉を開けると、ぎいっと音が鳴った。奥に進んでいく彼のあとを、ユヒトとルーフェンも従っていく。建物の中は薄暗く、どこか怪しげな雰囲気を醸し出していた。ユヒトが辺りをきょろきょろと確かめていると、建物の奥の一角から、しわがれた声が響いてきた。
「なんだい?」
ユヒトはそのときに初めてそこに、老婆がいることに気がついた。部屋の暗がりの椅子の上で、ほとんど動かずに声を発していた。
「モラ婆さん。エントウはいるかい?」
エディールがその老婆にそう話しかけた。
「おや。エディールじゃないか。これは珍しい客だ。相変わらず、いい男だねえ」
「そういうモラ婆さんも、元気そうで」
「おかげ様で、まだまだなかなか天に召される気配はないようだよ」
二人はそんな冗談を交わしながら、なごやかに話していた。
「エントウは今は留守にしているけど、仕事の依頼かなにかかい?」
「ああ。まあ、そんなところだ。すぐに戻るようなら、ここで少し待たせてもらうが、いいかな?」
「好きにおし。そこの子供らもあんたの連れかい? なんだか、これまた綺麗な子たちだねえ」
ユヒトはそんなことを言われ、少しだけ恥ずかしく思った。ルーフェンはともかく、男の自分が綺麗だと褒められるのは、なんだかむずがゆい。
「モラ婆さん。わたしたちは今、セレイアへ向かう旅の途中なんだ。そのついでといってはなんだが、少し調べたいことがあってね」
モラ婆さんはそれを聞くと、ゆっくりと顔をあげて、その目を見開いた。
「ほおう。セレイアへ。それはまた大儀なことだ」
皺の間から見開いた目に凝視されたユヒトは、なんとなく居心地が悪くなり、その視線から逃れるように、後ろを向いた。
とちょうどそのとき、入ってきた扉が開く音がした。
「あー。疲れた疲れた! 婆さん! 湯は沸いているか?」
そう言いながら、小柄な男が建物の中に入ってきた。くりくりとした大きな目と大きな耳が特徴的な、ひょうきんそうな男である。
「エントウ。お客さんだよ」
モラ婆さんがそう言うと、エントウと呼ばれた男は、ユヒトたち三人に目を走らせた。
「! あんた、エディールさんじゃないか。これまた、今日のヒーローがこんなボロ屋によく来たな」
「エントウ。久しぶりだな。変わらず元気そうだ」
「ええ。このとおりでさあ。世の中がおかしくなっちまっても、景気よく愛想振りまいていきますぜ。あっしはー」
見た目もそうだが、中身もなかなかひょうきんそうな男だった。にこにことしていて、こちらまでつられて笑みが移る。
「それで、今日はどういったご用で? 仕事の話ですか?」
「そうだ。ちょっと、人捜しをしていてね」
「人捜し?」
「ああ。この少年の父親の行方を知りたいんだ」
エディールがちらりとユヒトに視線を送る。ユヒトはそれにうなずき、エントウに向かって口を開いた。
「ここからはるか南西に向かったところにあるトトという村出身のオーゲンという男。それが父です。今より一年も前に村を出て以来、父は消息を絶ってしまいました。世界の異変を一人で調査に行くといって……」
「そうかい。そりゃあ、心配だ。この町はたくさんの人や情報が集まってくるから、もしその人がここに立ち寄っていれば、なにか情報が掴めるかもしれない」
エントウが顎に手をやった。
「どうだ? 調べられそうか?」
「そうだね。まあ、一年前のこととなると、必ず掴めると自信を持っては言えないが、やれないことはないですぜ」
「そうか。それなら頼むことにしよう。報酬は弾む」
エディールがそう言うと、エントウは体を弾ませて喜んだ。
「さっすが旦那。話がわかる!」
「エディールさん。でも、そんなお金は……」
ユヒトが言うと、エディールは人差し指を振って見せた。
「お金のことなら心配ない。今日の武術大会で、思わぬ臨時収入もあったんだ。気にするな」
ユヒトはエディールのその心遣いに感謝した。父親のことは、本来この旅に関係のないことなのだ。それを、こんなふうに親身になって考えてくれることをありがたく感じていた。
「ありがとうございます!」
ユヒトは深々と礼をした。それに対し、エディールは逆に困った声を出していた。
「おいおい。仲間に対して、そんなに気を遣うな。しかも、こんな人前で。照れるじゃないか」
しかしユヒトは、しばらく礼をしたまま頭をあげなかった。




