武術大会 6
ユヒトは、競技参加者の控え場所となっている、観客席側から見て左横にあたる舞台下にいた。ユヒトの次の対戦相手はサニーム。あのマムロ村の使者の一人である。
サニームは、試合前にユヒトに声をかけてきた。
「よう。トト村の小僧。お前とこんなところで対戦することになるとはな。まさかまぐれで勝ち上がってくるとは思わなかったぜ」
その挑発に、ユヒトは乗らなかった。あくまでも落ち着いて言葉を返す。
「まぐれかどうかは、試してみないとわかりませんよ」
ユヒトのその態度に、サニームはちっと舌打ちをした。
「生意気な小僧だな。いいぜ。すぐにその減らず口が叩けないようにしてやる」
それからまもなくして、第二回戦第四試合、ユヒトの出場する試合が始まった。
「ユヒトー! 頑張れよー!」
ユヒトが舞台にあがると、客席のほうからそんな声があがった。ギムレである。ルーフェン、それにいつの間にやってきたのかエディールの姿もそこにあった。
ユヒトは仲間の応援の後押しを受け、緊張しながらも対戦相手の前へと進んでいった。
サニームは身長もユヒトより高く、なによりその腕が長かった。腕が長いということは、すなわち攻撃が届く範囲も広いということである。こうした戦いでは、やはりサニームのような長い腕の持ち主が有利になる。
しかし、ユヒトは勝負をあきらめてはいなかった。まだまだ実戦経験の浅いユヒトではあったが、彼には天性の素質のようなものがあった。第一回戦で見せた一瞬のひらめきや、はっしこさ、機を見極める鋭さは、彼自身も知らぬ彼の才能だった。
「お集まりのみなさん。ただいまより、第二回戦第四試合を始めたいと思います」
司会の女性が高らかに声をあげる。彼女は手を上にあげると、合図の言葉を発した。
「では、始め!」
カーンという鐘が鳴り、試合が始まった。
ユヒトはサニームとの間合いを、少し多めに取っていた。サニームの腕の長さを考慮したというよりも、生まれ持った勘が、ユヒトにそれをさせていた。
じわりじわりとサニームが間合いを詰めようと迫ってくる。すると、ユヒトもそれに合わせて舞台上を移動していった。サニームが木剣を振るうが、わずかにそれはユヒトには届かない。
「ちっ!」
自分の剣が虚しく空を切ってしまったサニームは、すぐさまユヒトに迫った。ユヒトはそれを見て、すばやく間合いを取る。しかしそれも、狭い舞台の上では限界があった。
ついに、ユヒトは舞台の端まで追いつめられる形となった。もうあとはない。それを見て、サニームの口にも笑みが浮かんだ。
「小僧。もう逃げ場はないぞ。そろそろおとなしく、この俺の剣を味わえ!」
サニームが木剣を振りかぶった。
次の瞬間、サニームの剣とユヒトの剣が激しくぶつかりあう音がする。ユヒトはその重い剣戟を押し返し、その隙に横に飛んで、舞台の反対側のほうへと走った。
「おのれ、ちょろちょろしやがって!」
サニームは振り返り、反対側へと逃げたユヒトに肉薄した。ユヒトはそれを見ると、今度は木剣を中段に構え、その場に立ち止まった。
がつんっ、と再び重い剣がユヒトを襲う。しかし今度もユヒトはかろうじてそれを受け、跳ね返した。そしてそのまま、また逃げると見せかけて、ぐんと相手の間合いに入り込んだ。
バシン!
木剣が鎧を打ち鳴らす音が響いた。
審判員の赤の旗があがり、ユヒトに得点が入る。
「ユヒト選手に勝ち点が加算されました!」
わっと会場が沸いた。
「選手の方、再び所定の位置についてから始めてください」
審判員が、今にも飛びかからんばかりの様子のサニームを、所定の位置まで押し戻してから、再び試合が始まった。
サニームは、今度は猛然とユヒトに迫ってくる。先に先制されたサニームには、もうあとがない。とにかく必死に点を取りに来る作戦に出たようだ。
ユヒトはどんどん繰り出されてくる剣戟に、防戦一方となった。そして、舞台の端まで追いつめられていた。
そのときだった。
突然サニームの目の前から、ユヒトの姿が消えた。
「むっ! 小僧、どこにいった?」
サニームが周りを見回す。
すると、いつの間にかすぐ後ろにユヒトがいた。
そのときサニームはユヒトが一瞬で瞬間移動でもしたのかと思った様子で、傍目にも周章狼狽していた。
しかしそれに答えるより前に、彼の目の前に次の攻撃が襲いかかっていた。
バシン!
ユヒトはサニームの兜に、己の木剣を勢いよく打ち付けていた。
さながらそれは、一陣の風のごとき攻撃である。
一瞬後、会場は歓声に沸いた。
「勝者、ユヒト選手!」
ユヒトはそれを、信じられないような気持ちで聞いていた。
六章終了です。お疲れ様でした!