武術大会 5
同じころ、別の会場では、大きな喝采があがっていた。
「ふぬぬぬぬう!」
重量挙げ競技の決勝戦である。会場には筋骨隆々な参加者たちがたくさんひしめいていた。そして、現在二人の参加者が決勝の舞台にあがって、競技を競い合っていた。
片方はファラムたちマムロ村の使者のうちの一人であるハスルという体の大きな男で、見た目を裏切らない活躍で、決勝まで勝ち進んでいった。
そして、もう一人はギムレである。そうそうたる参加者たちを前に、まるで臆することなく破竹の勢いでここまで勝ち上がってきた。
そんな二人の決勝戦に、周りの観客たちも大盛り上がりを見せていた。
ハスルが先程よりも重量をあげた鉄の棹を、肩から一気に頭上に持ち上げた。そこで規定の時間静止すれば、その重量挙げを成功したと見なされる。かなりふらついたものの、静止して決めてみせた。
わっと歓声があがる。
「さあ、次は8番のギムレ選手です」
司会者の言葉に促されるように、ギムレは舞台の中央へと進んでいった。
ハスルが去り際に、ギムレを不敵な笑い顔で見つめてきた。ギムレはそれに、威嚇するような顔で返した。
(へっ。あんな図体だけのやつに、この俺が負けるかよ)
ギムレは重量挙げの棹の前に立ち、大きく息を吸った。
また別の会場では、場内に黄色い嬌声が満ちていた。
「きゃー! エディール様ーっ!」
射撃場には五つの的が用意され、それぞれの場所から参加者が的に弓で矢を放っていた。
その中でもやはり一番の注目を集めたのは、前回大会の優勝者であるエディールの競技である。
エディールが射場に入り、弓を構えると、すかさず観客席の女性たちから黄色い声があがった。
「まったくいい迷惑だ」
「少しばかり見目がいいからといい気になりやがって」
彼のことをあまり知らぬ競技者の間からは、そんな声も始めのうちは聞かれたが、エディールの競技を目の当たりにしたあとは、もはやぐうの音も出なくなった。
エディールの弓を引く姿は、すべてにおいて無駄がなく、美しかった。
矢をつがえ、弓を大きく引く。
そのとき、エディールの耳には、周りの歓声など聞こえてはいなかった。
そこには彼だけの空間があり、目の前には射るべき的があるだけだった。
(そこだ)
的を見定めた彼は、引き絞った弓から矢を放った。
ひゅんと矢が風をきる音が鳴る。
その一瞬後、矢はびいーんと的にあたり、正確な位置を貫いていた。
わっと会場が沸いた。
もはやそこは、エディールの独壇場だった。
マムロ村のファラムも会場にいた。ファラムはすでに準決勝でエディールに敗れて、大層悔しそうな表情を浮かべ、なにかを言いたそうにしていた。しかし、そんなファラムにエディールは見向きもしなかった。
エディールにとって、スーレの町を無視して先を急ぐような紳士とは言えぬ行動をしたファラムたちなど、気に留めるにも値しない存在だったのだ。
木剣がバシンバシンと音を鳴らす。
ユヒトは先程から相手の攻撃に耐えていた。今戦っている5番の男は、やたら剣を振り回してくる戦い方をする。先手を打たれた形となったユヒトは、とにかくその攻撃から身を防ぐのに精一杯で、なかなか反撃の糸口を掴めずにいた。
(どこかで流れを変えないと!)
ユヒトは相手の剣を打ち返すと、さっとそこから飛び退き、相手との間合いを取った。そして、迫ってくる相手の剣を避けつつ、舞台の上を走り回る。すると相手は、振り回される形となり、序々に体力を消耗していった。
「おのれ小僧! ちょこまかと!」
動きが鈍くなってきた相手の様子に、ユヒトは瞬間隙を見つけた。
ユヒトは風のようにすばやい動きで相手に近づくと、がらあきとなっていた頭に木剣を勢いよく打ち付けた。
「そこまで!」
試合終了の鐘が打ち鳴らされた。
ユヒトは脈打つ心臓を抱え、荒い呼吸を吐きながら、結果を知るために審判員のほうを見た。その審判員は、司会者に試合結果を伝えている。
「ただいまの試合結果を発表いたします」
司会者が朗々と言った。
「勝者は12番のユヒト選手!」
会場に歓声が響いた。口笛の音もどこからか聞こえてくる。
『やったなユヒト!』
頭に響いてきたルーフェンの声に、ようやくユヒトは自分の勝利を理解した。信じられない気持ちでその場で佇んでいると、対戦相手だった5番の男が近づいてきた。
「おめでとう。最後の攻撃は見事だった」
男はユヒトに握手を求めてきた。ユヒトは戸惑いながらもそれに応じる。
「次の試合も頑張れよ」
男はそう言って、ユヒトに微笑みかけた。
「ありがとうございます」
ユヒトは嬉しさに頬を染めながら、対戦相手だった男に頭をさげた。
次の試合まで少し時間があるということで、ユヒトは客席に座っているルーフェンのところにいってみることにした。するとルーフェンはいつの間にやら、飲み物やら焼き菓子を両手いっぱいにして、それらを食べているではないか。
「おう。ユヒト! なかなかいい試合だったぞ」
「っていうか、どうしたの? その食べ物とか」
「ああ。なんか知らないが、周りにいたおじさんたちがわけてくれたんだ。オレが別嬪だからって。これ、なかなかうまいぞ。ユヒトも食うか?」
ルーフェンの警戒心のなさに、ユヒトは呆れてため息をついた。
「ルーフェン。あんまり知らない人に物とかもらわないほうがいいよ。親切でくれた人もいるだろうけど、なかには悪い考えを持って近づいてくる人間もいるから。あのハルゲンって呪術師に捕まっていたこと、忘れてないだろう?」
ユヒトの指摘に、ルーフェンも言い返す言葉がないようで、しゅんと俯いた。
「……そうだな。これから気をつけるよ」
殊勝にそう言うルーフェンを見て少し哀れに思ったユヒトは、気分を変えるように、今度は明るく言った。
「まあでも、それ確かにおいしそうだな。僕も少しもらっていいかい?」
ルーフェンの顔にたちまち笑顔が戻る。
「おう。いいぞ。ユヒトも試合でお腹が減ってるだろう。いっぱい食べろ」
そうしてユヒトたちが焼き菓子を食べていると、そこにまた誰かが近づいてきて声をかけてきた。
「よおユヒト! 第一回戦勝ったんだってな! おめでとう」
「ギムレさん!」
ギムレはユヒトに近づくと、ユヒトの髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でた。
「お前、すげーじゃねえか! 試合見てやれなかったのは残念だが、まあしょうがねえ。次の試合はしっかり見てやるよ」
「あ、ありがとうございます」
ギムレの手荒い歓迎に、ユヒトはこそばゆそうに笑った。
「そう言うギムレさんはどうだったんですか? 重量挙げ競技のほうは」
ユヒトがそう問うと、ギムレは目を逸らすようにした。
「ああ、まあ決勝まで進むには進んだんだが……」
「え? 決勝? すごいじゃないですか! それで結果はどうだったんですか?」
「結果? まあ、それはあれだ。なんというかな」
口を濁すギムレに、ルーフェンが言った。
「もしかして、負けたのか?」
それを聞いたギムレは、ばつの悪そうな顔をした。
「いや。あれは負けたわけではない。今回はやつに優勝を譲ってやっただけだ」
「それって、結局……」
ルーフェンがなおもつっこもうとしたので、ユヒトは慌てて話題を逸らす。
「あ! そういえばエディールさんのほうはどうだったんでしょう。まだ競技やってるんでしょうか」
「おう。さっき気になって、俺も射撃場のほうをのぞいてみたんだ。競技のほうはもう終わったようだったな」
「それで結果は?」
「くそおもしろくもない結果だった」
ユヒトは意味がわからずきょとんとした。
「え。まさかあのエディールさんが誰かに負けちゃったんですか?」
ユヒトの言葉に苛立つように、ギムレが吠えた。
「逆だ! 会場はやつの優勝で大盛り上がりだったぜ! 競技後も女どもに囲まれて、会場から抜け出せないでいた。こんなくそつまらん結果があるか!」
気にくわない様子のギムレだったが、ユヒトはその結果にとても喜んだ。
村でもギムレやエディールの腕や技術は高く評価されていたが、やはりここでもそれは同じだったのだ。ユヒトは同郷の二人の活躍を、心から誇りに思った。
そして、まだ試合を控えている自分自身を奮い起たせるのだった。