武術大会 4
ポンポンと、花火の音が空に響いた。
シューレン特別記念興行、武術大会の始まりの合図である。
町の中心にある広場は、大勢の参加者や見物客でごったがえしていた。広場の中心にはセレイアの女王をかたどったとされる女神の像が立てられており、その後方には町のシンボルとも言える高い尖塔を持つ町の神殿が建っていた。
そんな広場で、武術大会の受付が始まっていた。
ユヒトたちは参加する競技種目の受付の列に、それぞれ並んでいた。
「ユヒト。せいぜい頑張れよ」
ユヒトの隣で、少女姿のルーフェンがそんなことを言う。
「まったく他人事だと思って。こっちはこんな大会なんて初めてで、昨日から緊張しっぱなしだっていうのに」
「安心しろ。どんな無様な醜態をさらすことになっても、オレが最後までしっかり見ててやるから」
「余計重圧だよ」
そうしているうちに、列はどんどん短くなり、ユヒトの番になった。
「トト村出身のユヒトさんですね。剣術部門、参加番号12で受けつけました」
書類に必要事項を記入し、参加番号の札を胸につけると、参加者たちは、それぞれの部門の会場へと別れていった。
その後、ユヒトはギムレやエディールと一旦合流していた。
「ユヒトは剣術部門だな。向こうの野外劇場が会場だ。俺は重量挙げ部門に参加することにしたから武闘場に行く。エディールはもちろん弓術部門だから、射撃場でそれぞれ行うことになるな」
「別々の会場になると、同時刻の競技は見に行けないのが残念だが、まあ仕方ないな」
エディールの言葉に、ユヒトはたちまち眉間に皺を寄せた。
「ギムレさん、エディールさん……僕」
頼りの二人と別々の会場で大会に参加することに、ユヒトは不安でいっぱいだった。
「なんだあ? もう今から怖じ気づいててどうする。ユヒト。どうせ負けてもともとだ。思い切り暴れてこい! あのゴヌードを倒したときのことを思い出すんだ」
ギムレはユヒトの背中をどんと叩いた。ユヒトはそんなギムレの言葉に勇気づけられ、怖じけていた心がたちまちにして吹っ飛んでいった。
そうだ。ゴヌードとの戦闘では、無我夢中ながらも、自分の力で相手を倒すことができたのだ。少なくとも、自分はまったくの戦闘の素人ではないはず。こういう経験の積み重ねこそが、己の実力へと加算されていくのだ。ならば、なにも恐れる必要などない。
「はい! 僕、行ってきます」
先程とは打って変わり、今度は気力満々といった顔つきで会場へと向かっていくユヒトの姿を、ギムレとエディールの二人は少し心配そうにしながらも、笑顔で見つめていた。
剣術部門の大会が開かれている会場は、普段は野外劇場として使われている場所らしかった。舞台となるところから扇形に客席が広がり、階段がかなり上まで続いていた。底にあたる舞台は、客席のどこからでも見やすい作りとなっている。なかなか立派な劇場だ。
剣術部門の参加者の数は、十六名。年齢は十二歳以上であれば、誰でも参加は可能ということだった。確かに、会場にいる参加者を見ると、若そうな人から老齢の剣士、さらには若い女性まで、様々な人々が集まっていた。そのなかには、昨日ファラムと一緒にいた男も混ざっていた。長い腕と、猿のような顔が特徴だ。名前はサニームというらしい。
『ユヒト。オレは客席から見てるからな。あとは頑張れよ』
ルーフェンが心の声でユヒトに声援を送ってきた。見れば、舞台正面中央辺りの客席に、優雅に座っている。
気楽なルーフェンのことを恨めしく思うユヒトだった。
「さて、お集まりの参加者のみなさん。ではこれより、対戦する順番を抽選で決めたいと思います」
舞台上で、女性司会者がそう呼びかけた。なにやら肌の露出の多い服装で、ユヒトは少々目のやり場に困ってしまった。こういうのを都会的というのだろうか。
それはともかく、その手には抽選箱があり、その中のくじによって、自分の対戦相手が決まるらしい。
その女性司会者の後ろには、大きな板が用意されていた。そこには、対戦表が描かれてある。
「わたしがこの箱から順番に、中にある数字の書かれた紙を引いていきます。その数字を左から順にわたしが書いていきますので、その数字とご自分の参加番号をご確認ください。それが対戦順となります」
進行役であるらしいその女性司会者は、さっそく次々と抽選箱から数字の書かれた紙を引いていった。そして、対戦表には参加者の参加番号がずらりと書き込まれていった。
「12番は、七試合目か。相手は5番の人だな」
対戦相手がどんな人なのかは、やはりみな気になるらしく、きょろきょろと参加者の胸にある番号札を見回していた。
5番、5番と対戦相手の番号をつけた人を捜していると、厚い胸板が目に飛び込んできた。その胸には5と書かれた札がさがっている。
顔を見ると、いかにもいかつい感じの男がそこにいた。線の細いユヒトとは正反対の人物と言っていいだろう。
いかにも強そうだが、見た目で気圧されていてはいけない。ユヒトはあの恐ろしいゴヌードに自分がとどめを刺したということを思い出し、自分を叱咤した。
「大丈夫だ。いける」
その後、ユヒトたち参加者は、舞台下のほうで、それぞれ自分の順番が来るのを待っていた。先の競技者が次々に呼ばれ、舞台上にあがっていく。
試合の光景は、そこでも見ることができ、どのような感じで試合がされているのかわかった。
まず競技者は、試合用に用意された兜や防具を身につける。そして、ノマという中に小さな空洞がいくつもある背の高い木から作られた木剣で試合を行う。その木は柔らかいため、競技者が怪我をする危険性が少ないということで、ノマの木の木剣を試合に採用しているらしい。
試合時間は三ティム(約三分)行われ、競技者は、相手の頭や胴に木剣を打ち付けることが成功すれば、それが点数に加算される。試合中に二点先取すると、その時点でその競技者が勝ちとなり、制限時間内にそれがなされなかった場合は、審判の有効点が多いほうが勝ちとなる。
同点の場合は、再び再試合が行われ、それでも決着がつかない場合は、審判員が判断をくだす。通常そんな具合に試合は行われるが、場合によっては試合時間終了を待たずして競技が終了する場合もある。
それは、対戦相手が試合続行不可能と見なされた場合だ。打ち所によっては対戦相手が気を失ってしまうこともあるし、戦意喪失して途中棄権をする人もなかにはいるらしい。
木剣とはいえ、やはり真剣勝負なのだ。ユヒトは自分の出番を待ちながら、否応なしに緊張を高めていた。
途中から、他の競技者の試合を見ることをやめ、ユヒトは集中力を高めていた。深呼吸をし、緊張を外に逃がさないと、どうにかなってしまいそうだった。
「次の参加者のかたー。5番さんと12番さん、舞台上におこしくださーい」
司会案内役の女性の声がした。はっと気づいたユヒトは、慌てて舞台のほうへと向かう。
舞台上にあがると、わっという歓声が耳に届いた。客席を見ると、いつの間にかそこにはたくさんの観客がひしめいていた。ユヒトがそれに圧倒されていると、呑気な声が頭に響いた。
『ユヒトー! 頑張れよー』
ルーフェンだ。その声で、緊張で凝り固まっていた体が、幾分緩んだ。そして、狭まっていた視界が開けたような気がした。
「さあ。次の参加者の試合がもうすぐ始まります! 見物のみなさん。もう少々お待ちを」
司会者が舞台の中央で、威勢良くそう話している。
「12番さん。早く準備をしてください」
兜と防具は先程舞台下ですでに身につけていた。ユヒトは舞台後方に置かれてある木剣を手に取り、舞台上の指定された線まで進んでいった。すでにそこには、対戦相手である5番の男が待っていた。
対戦者の前に立つと、その迫力に驚いた。剣術の稽古などとは違う、圧倒的な殺気。
真剣勝負とはこういうものなのだ。
ユヒトは、ぎゅっと手にした木剣を握り締めた。
「さあ。お待ちかねのみなさん。それではこれより、第七試合を始めたいと思います! 競技者のかた、用意はいいですか? それでは、競技開始です!」
司会者が、試合開始の鐘を打ち鳴らした。