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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第四章 洞窟の夢
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洞窟の夢 1

 ホロドムを去り、ヒュインテ街道を再び目指すことになった一行は、野宿を挟んで翌日には元の道筋へと戻ることができた。そこからまっすぐ北へ進んでいけば、大都市シューレンに繋がるヒュインテ街道へと入ることができるはずだ。


『オレが飛んでいけばすぐなんだけどな』


 ルーフェンがそんなことを言いながら、ユヒトの肩の上であくびをした。


「駄目だよ。僕たちは一緒に飛んではいけないんだから」


『風の竜だったら全員乗せて運んでいけるのに。体が小さいというのも、そういう意味では不便なものだな』


 馬を走らせる三人の使者たちに、新たに白い獣のルーフェンが加わったことで、少々旅に変化が現れた。

 ルーフェンの現在の定位置は、馬上にいるユヒトの肩の上である。ルーフェンは中型の犬くらいの大きさをしているが、見た目以上にその体は軽かった。ユヒトが彼を肩に乗せていることも忘れてしまうくらいの軽さだ。不思議なことだが、それには風の竜の分身だということも関係しているのかもしれない。


 ルーフェンは風の竜の分身だという、ある意味高貴な立場でありながら、どこか親しみやすい性格だった。言葉遣いもそうだが、ルーフェンには好奇心旺盛な子供のような部分がある。だからユヒトは、最初からルーフェンのことを友達のような存在に感じていた。しかしそんな可愛いところもあるくせに、妙なところで変に自尊心が高かったりもする。へたに彼に可愛いなどと言おうものなら、怒って機嫌を損ねてしまったりするのだ。

 そんな少々扱いづらい部分もあるものの、ユヒトはルーフェンを好ましく思っていた。それはルーフェンも同じ気持ちのようで、彼はユヒトにとても懐いていた。

 ルーフェンという仲間が増えたことで、なんとなくこの一行の雰囲気も変わり、今までよりも一層賑やかさを増していた。


「なんだ? また、ルーフェンが文句でも言っているのか?」


 ルーフェンとの会話で苦笑をユヒトが浮かべていると、エディールが不思議そうに話しかけてきた。


「あ、いえ。文句というほどのことでは。ただ、飛んでいけばすぐに目的地につけるのにってルーフェンが」


 ルーフェンの言葉はユヒトにしか聞こえてはいない。ということは、必然的にエディールやギムレにそれを伝える通訳としての立場に、ユヒトは立たされていた。


「しかし、あれだな。ルーフェンの言葉がユヒトにしか聞こえないというのは、なんとも不便ではあるな。ユヒトも面倒だろう」


 ギムレが言った。


「そうですね……。でも、たいした労でもないことですから」


「しかし、ルーフェンと会話ができるものならわたしもしてみたいものだよ。なんといっても風の竜の分身なのだから」


『なんだ。こやつらもオレと話がしたいのか』


 肩の上のルーフェンが突然そう言ったので、ユヒトは驚いてそちらに目をやった。


「うん。でも、そんなこと無理だよね?」


『無理? そんなことはない。ただ、いちいち口を動かさなくてはならなくなるのが不便といえば不便なのだが』


「え! できるの?」


 ユヒトが驚いて声をあげると、ルーフェンは一度大きく息を吸ってから突如言葉を発した。


「これでいいのか?」


 その声はとても透き通っていて、聞くものの耳に心地よい響きをもたらした。

 それを聞いて、ユヒトはもちろんのこと、ギムレやエディールはさらに驚愕を隠せないといった様子だった。二人ともルーフェンを見てぽかんと口を開けている。


「おいおい。せっかくオレの言葉を人間の言葉として変換してやっているというのに、感想はないのか。冷たいやつらだな」


 そんなルーフェンの台詞に、ユヒトは慌てて首をぶんぶんと横に振った。


「違うよ! 僕たち驚いてるんだ。きみの声があんまり綺麗だから!」


「そうなのか? おい。髭と優男。なんとか言え」


 綺麗な声と見た目からは想像できないような言葉の悪さで、ルーフェンはギムレとエディールに向かってそう言った。

 そんなルーフェンのいろいろな面にしばし面食らっていた二人だったが、ようやく調子を取り戻した彼らはそれぞれ口を開いた。


「すばらしい。見た目どおりの美声だね。ルーフェン。しかしその優男という呼び方はどうかよしてもらいたいな。わたしにはエディールという美しい名があるのでね」


「そうだ。しかも俺のほうの髭というのは、もはや身体的特徴の一部でしかないじゃないか! いいか。俺はギムレ。ギ、ム、レ、だ。そこのところはきちんとしておいてもらおうか」


 ルーフェンの言い方も悪かったが、エディールとギムレのこの反応もさすがというか、ある意味怖い物知らずだった。仮にも風の竜の分身である存在に、普通であればこんな口の聞き方はできないだろう。それもこれも、ルーフェンのこの性格ではどうしようもないことではあるのだが。


「まったくぎゃんぎゃんとうるさいやつらだな。これだから下界のやつらというのは好かんのだ。ユヒトは別としても、どうにも下品なやつらが多い。やはり言葉を発したのは間違いだったか」


 そんなことを口にするルーフェンに、ユヒトは頭を抱えた。

 どうしてこう、この一行は相手に喧嘩をふっかけるのが得意なのだろう。

 ユヒトが予想したとおり、ギムレとエディールはルーフェンの言葉に眉間に皺を寄せ、沸々と怒りをたぎらせているようだった。


「おい。ユヒト。なんなんだこいつは。本当に風の竜の分身なのか? 俺にはこいつがとんでもない悪ガキのように思えてきたぞ」


「確かに見た目や声の美しさと、その中身はまったく伴っていないようだね」


 ギムレとエディールは口々にそう言ってきたが、ユヒトにはなにも言うことはできなかった。ただじっと恨めしげにルーフェンを見つめるよりなかった。


「なんだ? ユヒトまでオレのことを妙な目で見て。変なやつだな」


 ルーフェンのようなヘンテコな存在にそう言われ、ユヒトはもう笑うしかなかった。ユヒトが笑うと、つられるようにしてギムレとエディールも笑いだした。


「なんだなんだ? 今度はみなで笑い出して。まったく人間たちというのは変わった生き物だな」


 ルーフェンの言葉に、ユヒトはさらに声をあげて笑っていた。

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