宴 1
王宮に戻ったユヒトたちは、再び謁見の間に通され、聖王シューミラとの対面の場に臨んでいた。
「此度の戦いで勝利をおさめられたのは、そなたたちの尽力が大きかった。まずはそのことについて礼を言おう」
玉座に座したシューミラは、異例ともいえる謝辞を異邦の旅人に向けて述べた。その言葉に、ユヒトらは恐縮しながらもありがたく頭をさげていた。
「して、今回の本来の目的は、別にあると聞いている。魔物たちの襲撃で後回しになってしまったが、その件について話を聞こうぞ」
エディールはそれに対し、うやうやしく頭をさげた。
「では、その件についてお話させていただきたいと思います。ですがその前に、どうかお人払いをお願いします」
「わかった」
シューミラは側近のものに目配せした。
「恐れながら聖王様。万が一のことを考え、近衛兵二人ほどは残しておいたほうがよいのではないかと考えますが」
側近の一人がそう言うのに対し、シューミラは首を横に振る。
「此度の戦で彼らのことは信ずるに値する人物だということはわかっている。ここは彼らの言うとおりにしよう」
ここまで聖王に言われれば、否やを言うものはいない。シューミラの言葉を側近たちは受け入れ、謁見の間から外へと出て行った。
その場には、シューミラとユヒトらだけが残された。他に誰もいなくなったことを確認すると、エディールはその場から一歩前に出て一礼をした。そして、突然身につけていた上衣のボタンをはずし始めたのである。
「エ、エディール? いったいなにを……」
みなが不可解そうに彼の行動を見つめているのにも気を留めず、エディールはそのままするりと服を脱ぎ、自らの肌を衆目に晒した。
「これは……!」
驚きの声は、正面玉座の前から響いた。
「そなた、霊玉をその身に秘して旅をしていたのか」
「はい。この親書は秘中の秘。我が命を賭けて護らねばならぬものでしたゆえ」
シューミラは玉座を降りると、エディールの近くへ一歩また一歩と近づいていった。その視線の先には、エディールの胸元に光る白い宝玉があった。彼の体に埋め込まれた宝玉は、シューミラが近づくとぽうっと光を強く放った。そして、次の瞬間、その宝玉からなにかが飛び出してきた。
「な……っ」
マリクが思わず声を発したのも無理はない。エディールの胸の宝玉から、人が飛び出してきたのだ。正確には、それは人の映像であったのだが、その人物の姿はマリク自身は初めて目にするものだった。黒髪と黒い髭の貫禄あるその男の存在感は、実物でなくとも充分に場を支配した。
「こうして話すのは五十年ぶりくらいか。シューミラ」
「そなたはフェリアの聖王ナムゼ。久しいの」
心なしか互いの声色には懐かしさが滲んでいた。
「今回、この親書を彼らに託したのは、言うまでもないことかもしれないが、現在この世界シルフィアを襲っている危機について、貴女と話し合いの場を設けたいと思ったからだ。本来ならば実際に会って話をしたいところではあるが、我が本体は現在セイランの地にある。それからこちらに向かうとすると、少々時間が遅くなってしまうのは必然。そこで、ここにいる彼らに我が身を投影できる魔力を宿した霊玉という形の親書を託したのだ。彼らのことはもうすでに知っているかもしれないが、例のセレイアへの扉を開いた使者たち。風の竜の分身とその風の竜の加護を受けた少年を始めとした、信に足る人物たちである。どうか、彼らのことは手厚くもてなしてやってもらいたい」
「なるほど。そういう事情か。了解した。妾も貴殿の寄こす人物ならば信に足ると思っておる。そして、すでにその働きぶりをこの目の前で見させてもらった。彼らのことはおおいにこれからもてなすつもりゆえ、安心せよ」
選ばれし聖王二人は、それから話の核心に触れていった。
「北の国ノーゼスは、現在その主要都市のほとんどを魔物に乗っ取られてしまっている。その脅威は日々膨れあがり、戦いを避けることは最早不可能な状況となっている。そこで我らが協議したいのは、東の国ハザンと西の国セイラン、そして我が国である南の国フェリアが同盟を結び、一致団結して北と戦おうということだ。普段は互いにどちらかといえば不干渉の立場を貫いている三国であるが、この世界の危機に際し、そうもしていられない状況であることは自明である。すでに先日セイラン国の聖王ラクシンには了解の回答を受け取った。どうであろう。貴国にも同様の返事をもらえないだろうか」
三国同盟。これが為されれば、北との戦いにおいて強力な要となる。いくら個々が強い戦力を保持しているとしても、それらが連携していなければ、圧倒的な力を誇る魔物との戦いにおいては心許ないもの。
しかしひとつの力では対抗できないものでも、それが三つ合わさったとしたら。三つの枝がひとつの束となったとしたら、それは強力なものとなるだろう。
「我らの手で、このシルフィアを魔物たちから護ろうではないか」
力強いナムゼの言葉に、シューミラはしばしじっとその瞳を見つめていた。それから、彼女はゆっくりと大きくうなずいたのである。
「わかった。我が国ハザンも、その案に賛同しようぞ。共に悪しき魔物たちの野望を打ち砕こう」
こうしてついに、ハザン、セイラン、フェリアの三国は、ここに三国同盟を締結したのだった。