水の竜 2
エスティーア市街地での戦いは、あれからさらに激しさを増していた。
長引く戦いに、エスティーアの兵士たちの顔も疲労の色が濃くなっている。どこからともなく湧いてくる魔物たちに、ある戦士は重い腕を持ちあげて剣を振り、ある魔法兵は喉をつぶしながらも魔法の詠唱をし続けていた。
なかでもシャドーの強さは他の魔物とは桁違いだった。不気味な黒い靄に包まれたシャドーに、誰も近づくこともできず、下手に攻撃を仕掛けようものなら、その何十倍もの攻撃が跳ね返ってきていた。
誰もがこの戦いの救世主が現れることを願っていた。誰もがシャドーを倒す方法を知りたいと思っていた。
そんな人々の願いが町中に充満するなか、ある異変を感じ取るものたちがいた。
「あれ? 水の流れが遅くなった……?」
建物の外で魔物から身を隠していた少女が、町を流れる水路の水の流れがいつもよりも遅くなっていることに気がついた。それからしばらく少女が水の様子を見ていると、今度こそ水の流れは一度止まり、その数瞬後には、信じられないような事象が起きていた。
「水が、水の流れが逆転してる!」
少女の言葉通り、町の水路の至るところで、水がいつもとは反対方向に流れを変えていた。そして、それらはすべてある方向へと向かっていたのだった。
そんなことが町中で起こっていることに気付いていないシャドーは、己の勝利を確信して疑わなかった。
『人間ドモノ企ミヲ阻止セヨトノ闇ノ魔王カラノ命ダッタガ、コウシテ人間ドモノ拠点ヲ潰シテシマエバソレモ遂行デキタコトニナロウ。ソロソロ一気ニ片ヲツケテシマウカ』
周囲を取り囲んでいる兵士たちに一瞥をくれると、シャドーは両手に黒い障気を集め始めた。増幅した闇の力は、その威圧感だけで兵士たちを圧倒する。そんな圧力に押され、じりじりとシャドーから一歩ずつ後退しだした若い兵士らに向かって、老練の兵士が檄を飛ばす。
「お前たち! 臆するな! あの邪悪な魔物にこの都を乗っ取られてもいいのか!」
「し、しかし、あんな魔物にどうやって対抗しろと……」
そのときだった。
彼らの立っていた地面が突然揺らぎ始め、近くの建物がギシギシと軋み始めた。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
慌てているのは、エスティーアの兵士たちばかりではなかった。周辺にいた魔物たちも、何事かと警戒した様子を見せている。
『ナンダ。コノ揺レハ……』
訝しんでいたシャドーの身に、次の瞬間、とんでもないことが起きた。
ドドドーーーーーンッッッ!!
王宮前の広場が轟音に包まれた。と同時に、人々の顔や体に、冷たい感触が当たる。
「……これは、水?」
彼らの頭上に、キラキラと光り輝く水の雨が降り注いでいた。その原因を確かめようと、とある兵士が先程までシャドーが立っていた場所を確認する。と、そこでは先程までとはまったく違う光景が展開されていた。
地面から大量の水が噴水のように吹き上がっていた。先程まであった黒い霧は、水の威力にかき消され、辺り一面は天からの光に包まれていた。
そして、その巨大な噴水の上になにかがいるのを、人々は目撃していた。
「水の、竜……!」
「水の竜、ウインディ!」
人々はその神々しい姿とその奇跡を目の当たりにした。そして、水の竜の背には、栗色の髪の少年と金髪の美しい少女の姿があった。