影との死闘 2
ギムレは前方を行くマリクを追いかけながらも、後方で聞こえる滝の音を気にしていた。
(ユヒト。風の竜の加護を受けたお前がそう簡単にくたばるとは思わねえが……)
マリクが最後に見たのは、ユヒトが滝壺のほうへと落ちていく姿だったという。シャドーとの戦いで、そちらを調べる余裕もなかったが、ギムレは弟のように思っていたユヒトの身がどうなってしまったのかと心配でたまらなかった。
(絶対に生きていろよ! この戦いの目処がついたらすぐに見つけてやるからな!)
階段を登り切ると、そこはエスティーアの市街のはずれに繋がっていた。前方を進むマリクはすでに町のほうへと向けて走り去っていた。
「市街戦……!」
シューレンでの戦いを思い出し、ギムレはぞくりとする。とにかく一刻も早くこの戦いを終息させて、被害を最小限に抑えなければならない。
「くそ……っ! ままよ!」
ギムレは遠目に見えた魔物の姿目がけて全力で駆けた。手には愛用の手斧を握り締めている。
「どうりゃあああああ!!」
こうしてエスティーアの都は、魔物との戦いの火蓋を切ったのだった。
マリクは、追跡の手を緩めることなく、なんとかシャドーを見失わずにいた。しかし、次々に現れるシャドーの手下である魔物を倒すので、かなり疲労困憊していたのも確かだった。
(このままでは、やつの思う壺だ。それに、戦いが市街に移動してしまったことは俄然状況としてはまずい)
だが、マリクの闘志は冷めることはなかった。それどころか、戦いが激しさを増すごとに、それは熱く激しいものに変わっていた。
(ずっと追い続けていた師匠の仇。憎きシャドーをこの手でぶちのめす! 絶対にこの機を逃してはならない! この命に賭けても!)
剥き出しの闘志は、マリクの戦闘力を通常の何倍にも膨れあがらせていた。それは雑魚を一瞬で蹴散らし、シャドーの動きを極限まで高められた鋭敏な感覚で見定めるほどだった。
(俺が倒してみせる!)
そしてついに、マリクはシャドーをとある場所で追いつめたのである。
そこは、王宮の門の前だった。エスティーアのシンボルである王宮の塔がその先に高くそびえている。大通りのつきあたりにあるその場所は、広場のようになっていて、門番も他の魔物との交戦に向かったのか、今そこにはシャドーとマリクの他に誰もいなかった。
「シャドー。貴様だけは絶対に許さない。我が師ダリウスの仇、この俺が取らせてもらう」
シャドーと対峙したマリクは、静かに沸き起こる怒りをその身に宿らせながら、目の前にいる敵に向け、魔法の杖を持ちあげた。
黒い影につと赤い線が走った。それが開いたと思うと、そこから不気味な声が響いた。
『クックック。ダリウス……。アノ老イボレノ魔法使いカ。無様ナ死ニ方ダッタ』
それを聞いたマリクは腹の底から痛いほどの憎しみが溢れてくるのを感じ、大声を張り上げた。
「きっさまーーーーーっっっ!!」
迸る怒りとともに、溜めていた魔力を杖に乗せてマリクは師の仇に振りかざす。
ビシャーーーン!
それからは、激しい戦いが繰り広げられた。マリクの放つ稲妻が周囲に閃光を飛ばすと、今度はシャドーの放つ暗黒の波動が空気を痺れさせた。それでも両者の攻撃は寸でのところで互いにかわされ、どちらにも決定打を与えることなく攻撃は長く続いた。
やがてその周りにはシャドーの手下や王宮の兵士らも集まり、激しい戦いが繰り広げられることとなった。
「マリク!」
ミネルバがそこに駆けつけたときには、周囲の建造物の多くが壊れ、地面にはいくつもの陥没した箇所ができていた。その戦いの傷痕は、それまでの激しい戦闘を物語っていた。
彼女の双子の兄は、全身で激しい息をしながらも、なおも魔力を振り絞るように杖を振るい続けていた。その姿はまさに死力を尽くしているかのようで、それを見たミネルバは思わず息を止めていた。
「ミネルバ! なにをしている! 早く援護を……!」
疲労困憊で、顔には脂汗を滲ませながらも必死の形相で戦いを続けるマリク。そんな双子の兄妹の気持ちが痛いほどわかり、ミネルバは強くうなずいた。そして口のなかで詠唱を唱え、彼に向けて柔らかな光の魔法を送り込む。
すると、やつれていたマリクの表情が少しずつ精気を取り戻していった。
回復の魔法。
現在、エスティーアでもそれを扱えるものは数少ない。回復の魔法を使うには、単に魔法が使えるということだけではなく、その素質、生まれ持っての才能が必要だった。ミネルバはそういった意味でいえば、貴重な才能を持った魔法の使い手だった。
対してマリクは攻撃魔法を得意とし、こちらも天賦の才能を持っていた。
そんな二人を見出だし、その魔法使いとしての才能を育て上げたのが、彼らの師、ダリウスである。
そして今、そのダリウスの命を奪った敵と二人は対峙している。
彼らがこの戦いに賭ける思いの強さは、余人に推し量れるものではなかった。
『ソロソロオ遊ビモココマデダ』
シャドーはそんなことを言うと、次の瞬間その体から分身を出した。しかもそれはひとつではなく、次から次に増えていき、ついにはマリクとミネルバの周りをぐるりと取り囲んだ。
その数は実に十体。
「な、なんだ……!?」
「嘘でしょう!?」
驚く双子をよそに、シャドーはそれぞれの分身とともに、黒い波動を胸の前に溜め始めた。
「そんなっ! まずいわ、マリク!」
「ミネルバ! 伏せろ!」
二人は慌てて防御魔法を詠唱する。しかし、そんな彼らを嘲笑うかのように、十体のシャドーは、それぞれ黒い波動を彼らに向けて放ったのだった。