王都に潜む影 2
「宿でしたら、以前私たち双子が使っていた家がありますわ。今日はそちらで宿泊しましょう」
そんなミネルバの提案で、エディールは彼女の案内する家に行くことになった。
町の中心からしばらく行った、東のはずれのほうにその家はあった。土壁の四角い家は、町の他の家とそっくりである。
「随分留守にしていましたから、手入れをしないといけませんが、今から頑張れば、なんとか寝泊まりくらいはできるようになると思います」
彼女の言うとおり、その家の周りには雑草が生い茂り、そこら中に蜘蛛の巣が張っていた。扉を開けてなかへ足を踏み入れると、埃がかなりの厚みで降り積もっており、エディールは思わず盛大に咳き込んでいた。
「……これは、かなり大仕事になりそうだ」
ミネルバは、掃除に取りかかると、水を得た魚のように生き生きと動き出した。
「ああもう、ひどい有様だわ。あちこち傷んでるところもあるし、これはまた今度、マリクに本格的に修理してもらわないと」
家の扉や桟などの様子を点検して回りながら、ミネルバは散らかっていた道具や書物をあるべき場所に戻していく。そんな様子を見ていると、彼女とマリクがどんなふうにここで暮らしていたのか、想像がつく。粗方片付け終わると、今度は掃除道具を出してきて、すぐさま掃除に取りかかった。魔法の力を使いながら、あちこちを箒で掃き、いつの間にか庭先で洗濯までこなしている。
「エディール様、そちらの窓も全部開け放ってください。あと、洗い終えたシーツも外に干してきてくださいませんか?」
テキパキと指示を出しながら、自らの手もさっさと箒を動かし、すごい早さで家を綺麗にしていくミネルバ。そんな彼女に敬服しながらも、エディールは彼女の指示に従った。
もはやこの場を取り仕切る最高責任者は彼女以外にない。
言われるままに窓をすべて開け放つ。
「窓はこれでよし。あとはシーツか。なかなか女性の仕事も大変なものなのだな」
家の外に出て、運んできたシーツを物干しのロープに掛けていく。まだ日は高いところにある。なんとか今日中には乾くだろう。
外から家のなかの様子をちらりと見ると、ミネルバが鼻歌を歌いながら掃除に勤しんでいる姿が見えた。そんな様子に、ふと遠い記憶が蘇る。
亡き母も、掃除が好きな人だった。
そして、あまり記憶に残っていない父は、整理整頓が苦手だったという。
そんなことを思い出し、くすりと笑う。
悲しみから逃れるため、新天地を求めてエスティーアを去った母の影響で、ここにはいい思い出など残っていないように勝手に思っていたが、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。祖母は愛のために地位を捨てたが、不遇のなかでも幸せに生きたのではなかろうか。若くして死んだ父や、そんな父を愛した母も、この地になにか大切な思い出を残していたのではないだろうか。
そんなことに思いを馳せ、彼はある決意を固めていた。
どんな経緯でだろうと、自分がここに来たのにはなにかの意味があるのだろう。自らの生まれ故郷。そして両親の思い出の地。
これからやってくるであろう大きな戦いの前に、やっておかねばならないこと。
エディールは、近くで流れる水のせせらぎに、しばしの間じっと耳を傾けていた。