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そして世界に竜はめぐる  作者: 美汐
第五章 王都に潜む影
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王都に潜む影 1

「あなたのお父さんはとても美しい人だったのよ」


 幼いエディールに弓の技を教え込みながら、母はよく父の話をしていた。


「あなたによく似てきりりと整った顔をしていながら、繊細な美しさを全身に纏っていた。でも、剣や弓の腕前はわたしのがうまかったわね。魔法は得意だったみたいだけど」


「ふうん。じゃあ、僕は顔以外はお母さんに似たんだね」


 エディールがそう言うと、母は驚いたように彼の顔を見て、思い切り吹き出したのだった。


「うっふふ。そうね。特に弓術の才能はエディールは抜きんでているし、もしかしたらわたしより伸びるかもしれない。ほら、次はあの的を狙って射るのよ」


 エディールは母の示した的に向けて弓矢を放った。弓弦が鳴り、矢が目にも止まらぬ速さで飛んでいく。

 ビィィーン、と巻いた藁で作った的の中心に、幼いエディールの放った矢が突き立っていた。




     *




 エディールとミネルバは、町はずれのとある場所に立っていた。目の前には古い建物があり、その裏手の茂みのなかにある地下室から二人は出てきたのだった。


「あの洞窟がこんなところに通じていたなんて、びっくりしました。ここは、エスティーアでも南の一番はずれにある場所のようですね」


「ああ。随分昔に使ったきりだったからまだ使えるか少し不安もあったが、ちゃんと同じところに出られたようだな」


 二人の頭上を、久方ぶりの陽光が照らしていた。眩しさに目を細めながら、エディールは周囲に視線をめぐらした。


 水の都エスティーア。


 町を流れる美しい水の流れは、どこまでも続いている。水に囲まれたそんな町の景観は、幻想的にも見える。

 町の中心にそびえ立つは王宮のシンボルでもある高い塔。そこにこのハザン国の聖王がいる。


 聖王シューミラ。

 見るものすべてを魅了する美しさと、見た目同様の穢れのない心を持ちし聖王。けれども、その見た目に似合わず厳格な一面も持つという噂だ。

 昔、遠くから一度だけ見たことを思い出し、エディールは心が引き締まる思いがした。そんな思いとともに、見覚えのある懐かしい風景に、少なからず胸に感じるものがあったのも事実だった。


「変わらないな、ここは。あれから随分時が流れたというのに」


「懐かしいですか?」


「ああ。ここに再び来ることをどこか忌避していたというのに、たどり着いてみれば、どうしようもなく懐かしさが込み上げてくる。生まれ育った土地の記憶というものは、忘れていたと思っても、どこか自分の身のうちに刻み込まれているのだな」


「生まれ故郷ですものね。私も久しぶりにこの地を踏んで、どこかほっとした気持ちがします」


 それから二人は町の中心のほうへと移動し、町の様子を見て回ることにした。

 町の建造物は土壁のものがほとんどで、同じ地質のものを使用しているのだろう、みな同じ色合いで統一されていた。

 通りでは人々が忙しそうに立ち働いていて、都らしい活気が見えていた。やはり元々エルフの国だったということで、町の多くの住民はみな美しく、エルフらしい容貌の人たちの姿が多かった。

 それに、森の奥にある秘境という立地ではあるが、王都としてそれなりに外からの行き来もある様子だった。そんな都の外から来た人たちのなかには、危険な難所を多くくぐり抜けてきたであろう冒険者や用心棒のような人たちも多くいた。エルフ族と人間の夫婦らしき姿もあり、過去の歴史から鑑みると、エルフ族が他種族に対し、かなり軟化してきた様子がうかがえる。


 途中、ミネルバが少し所用があるとかで別行動を取ることになった。その間、エディールは少し道具屋で買い物を済ますと、待ち合わせとした町の片隅で彼女が戻ってくるのを待つことにした。

 町をしばらく歩いていて気になったのが、街角でなにやらひそひそと話し込む人影をちらほらと見かけたことである。今もすぐ近くの建物の横でエルフらしき容貌の二人の男がひそひそと話していたので、エディールはさりげなく近くで聞き耳を立ててみた。すると、彼らからこんな話が聞こえてきた。


「北のノーゼスでは、今たくさんの物資や兵士を集めているって噂だ。でも、王都は不気味なくらいに静まりかえっているとも聞く。聖王ゲントがセレイアの女王に反旗を翻したという噂もあるし、まったくどうなっているのか」


「あちらの国はすでに魔物に乗っ取られてしまったという話だぞ。北の国境付近の町や村じゃ、ノーゼスからの難民で溢れかえっているらしい。この国はまだ平和だが、風の竜が活動を停止している今、なにが起きてもおかしくない」


「こういうときこそ、水の竜ウインディのお力があればな」


「いや、水の竜の加護を受けしこのエスティーアだからこそ、今のこの平和が保てているのだ。正直俺は北の国がどうなろうとどうでもいい。だが、この平和が侵されるような事態となったらどうすればいいのか。シューミラ様はいまだこのことに関してお言葉を発してはいない。いったいどうお考えなのだろうか」


 そんな話を耳にしたエディールは、美しい顔に渋面を作り、唇を引き結んだ。しばらくしてミネルバが戻ってくると、彼は重い口を開いた。


「……北の情勢は予想以上に酷くなっているようだな。聖王シューミラはフェリア国の聖王からの親書にどう返答をするのだろう」


「北の国は随分酷い状態になっているようですね。魔物たちの数も他の国の比ではないとか。でも、フェリア国聖王はそれに対する策を、フェリア、ハザン、セイランの三国が連携して取っていくことを考えているのですよね」


「ああ。そのために我々はシューミラ様宛の親書をお預かりしている」


「そうでしたね。ところでそのシューミラ様への親書は今、誰が持っているのです?」


「……親書はわたしが代表して預からせてもらっている。荷物とともにもっとも安全だと思う場所に入っている」


「そうなのですね」


「できれば他の仲間の到着を待って聖王様へ取り次いでもらいたいところだが、ことは早いに越したことはない。明日の日中まで待ってまだ仲間が来ないようなら、先に我々だけで聖王様へ取り次いでもらうよう頼むことも考えなくてはならないな」


 それからエディールとミネルバはまたしばらく町の様子を観察したあと、今日の宿を探すことにしたのだった。


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