螺旋の罠 4
ギムレは森の中を一人で進んでいた。右手に方位磁石を持ち、先程眺めた地図に沿ってエスティーアのある方向へと向かっている。本来通る予定の道ではないが、進路としては、今のところ大きくはずれてはいないはずだった。このまま進めばきっと正規の道に出られる。ギムレはそんな自分の野生の勘を頼りに歩みを進めていた。
こうしたところを歩くのは馴れているため、特別そのことについてなんとも思わない。だが、シルフィアでも有名なラバトスで、しかも初めて足を踏み入れて仲間とはぐれてしまうというこの状況に、さすがの彼も思うところはあるらしく、いつになく足どりは慎重である。
あの吊り橋から落ちて、ほぼ無傷で助かったのは、あの双子のエルフによる魔法の力のお陰だということは、ギムレもわかっていた。ユヒトの予言もあれを示唆していたとすれば、あのまま進む判断をしたことは間違っていたのかもしれない。
「他の奴らも無事だといいけどな……」
旅の仲間のうちで一番の年長者であるギムレは、今回のことに少なからず責任を感じていた。けれど、それでもきっと自分たちはあの選択をしたのだろうということもわかっていた。
バラバラになってしまったことが、この先、吉と出るのか凶と出るのかわからない。
それでもみな、進むべき道は同じだ。
この先で会えることを信じて、まずは先に進むことを彼は選択した。
踏みしめる地面は少しぬかるんでいて、歩きにくかった。朝よりもぐっと湿度もあがったような気がする。じとりと汗が背中を伝わる。暑い。
高温多湿だとしても、鬱蒼とした木々の生えるジャングルでは肌は露出が少ないほうがいい。特にこのラバトスでは、人を襲う昆虫が多くいることからも、それは当然守らなければならない鉄則である。
それでもむっとする暑さから、ギムレは思わず一枚上着を脱いで、腰に縛り付けた。
と、遠くでなにかの気配を感じた。
なにか動物か、それとも昆虫の類か。もしくは魔物……。
背中のベルトに差していた手斧を抜き、ギムレはその手に持った。じりじりとした緊張感を全身に纏わせながら、慎重に前へと進む。
ふいに足元をなにかが這っていくのを感じ、下方に視線をやると、長靴の上を何匹もの虫が通っていくのが見えた。すぐに足を振り、虫を落とすが、その数はあとからあとから増えていき、避けることも間に合わないほどになっていった。
「な、なんだ。こいつら……!」
しかし、虫たちはギムレを襲ってくるわけでもなく、後方へと移動している様子だったので、一瞬慌てたギムレもほっとして再び前方を見つめた。
そのとき、ざわりとギムレの胸がざわついた。
(虫たちは獲物となりうる俺にも目もくれず去っていった。まるでなにかから逃げるように……)
「おいおい。そのなにかって……いったいなんだよ」
ギリ。
なにか聞いたことのないような音と、木々を薙ぐような物音が前方から聞こえた。ぞわり、と全身の毛が逆立ち、彼の内にある本能的ななにかがここから逃げろと警鐘を鳴らし始めた。
「こりゃあ、なんかやばそうな気がしてきたぞ。逃げたほうが無難かよ」
ここまで来て引き返すことは悔しいが、相手がなにものかわからないのに、下手に近づくのは危険だ。
「ここは逃げるのが最善。だが、その前にやつの正体だけは見極めておいたほうがいいだろう」
ギムレは危機を知らせる本能をなだめすかしながら、息をひそめてそこにいるなにものかに近づいていった。