森のなかの別離 3
吊り橋へは、先頭にマリク、そのあとをユヒトらフェリアからの一行と続き、最後尾をミネルバが行くことになった。案内人ということで、双子が率先して先駆けと殿を務めることにしたらしい。
ユヒトは、ギシギシと軋む木製の吊り橋を慎重に進んでいた。前方を行くマリクも、注意深く歩を進めていることがわかる。先程感じた嫌な感じは、今は落ち着いているというか、なにも感じなくはなっていた。けれど、それで安心などできるわけもなく、吊り橋を進む一歩一歩に緊張が走っていた。
「なあ、ユヒト」
ユヒトの肩に移動していたルーフェンが、ふいに声をかけてきた。
「なに? ルーフェン」
すると、ルーフェンはいつになく神妙な口ぶりでこう言葉にした。
「おかしいと思わないか」
「おかしい? なにが?」
「静かすぎるんだ。魔物たちが。この森に入ってからというもの」
その言葉に、ユヒトは思わず瞬きをした。
魔物たちが静かすぎる。
確かに言われてみれば、この森に入ってから、一度もダムドルンドの魔物に遭遇していなかった。水の竜の加護の強い土地であるという話から、それもそのためだろうと認識していたが、ルーフェンは違和感を感じていたようだ。
「確かにこれまでの旅路から考えると、ここまで魔物に出くわしていないのは不思議といえば不思議だけど、それは水の竜の加護の力で、魔物の発生が抑えられているからじゃないの? それともきみは、違うなにかが起因していると考えているのかい?」
「まあ、確かにここは水の竜の力で護られている土地柄だけど、それでも暗がりが豊富な森の中というのは、闇のものにとっては絶好の棲み処でもあるんだ。それなのに、やけに森が静かすぎる。それに、魔物以外の生物の姿もあまり見なかった。それが、なんとなく不気味な感じがするんだ」
不気味な感じ。先程吊り橋を渡る前に感じた嫌な感じを言葉にすると、ルーフェンの言う不気味という言葉にしっくりとあてはまる。風の竜と心が繋がっているユヒトが、ルーフェンと同じ感情を共有していることは、当然といえば当然のことだった。
「やっぱり、なにか危険な感じがする。よく周囲に目を凝らして、注意を払っておくんだ」
次の瞬間、ルーフェンは背中からバッと勢いよく翼を出し、吊り橋の上空へと飛び立っていった。
「オレはちょっと外から見張っておくことにする。その間にさっさとみんなこの吊り橋を渡り切るんだ!」
ルーフェンの言に、ユヒトはこくりとうなずき、すぐに前方に目を凝らした。先頭を進むマリクは、もうすぐ吊り橋の中央付近まで到達するところだ。その進路には、特になにも邪魔になるようなものはない。このまま進んでいけば、なんの問題もなく向こう岸に渡れるはずだ。
――なんの問題も起きなければ。
一行はそれからほとんど誰も言葉を発しないまま、静かに吊り橋を進んでいった。マリクが吊り橋の中央を越え、ユヒトとギムレが順番に進んでいった。
それからエディールが進もうと一歩を踏み出そうとした、そのときだった。
――ドクンッ!
ユヒトの心臓が大きく鳴った。
「ユヒトッ! みんな!」
ルーフェンが叫び声をあげる。
ユヒトが振り向いた一瞬、
吊り橋の真ん中を黒い影が通り過ぎた。
ザンッ!
瞬くうちに、吊り橋が中央で離断され、ユヒトらは宙に浮いた。慌てて橋桁にそれぞれが手をかけようとするのをあざ笑うかのように、さらに吊り橋の両端が、瞬時に現れた黒い影によって断ち切られていった。
空中に放り出されたユヒトらを助けようとするルーフェンの前に、再び黒い影が現れ、彼の進路を塞ぐ。その間に、ユヒトたちは次々と下の川底へと落ちていった。
「みんなーーーーッ‼」
ルーフェンの悲痛な叫びを、流れゆく水の中でユヒトは聞いていたのだった。