港町の盗人 8
翌日、ゴントに昨日の経緯を話すと、相当驚いた様子を見せていた。それでもひとまずこれで謎の盗難騒ぎは解決したということで、安心した様子だった。あとでエディールがいくらかの謝礼を受け取っていたのには、ユヒトとしては複雑な思いではあったものの、「冒険者としてやっていくのであれば、こうしたことに遠慮など必要ない」との言葉に、いつものように我が身の甘さを痛感するのだった。
宿を出てユヒトが出立の準備をしていると、通りの向こうから二人の人影が近づいてくるのが見えた。
「きみたち、これから王都エスティーアへ向かうんだよな」
「はい」
マリクは自分より少しだけ背の低いユヒトを下目遣いに見ながら続けた。
「噂は耳にしている。きみたちがセレイアへ行き、この世界の女王様に会ってきたという連中だと。この町できみたちのことを見つけたとき、すぐに噂の一行だとぴんときた。だから気になってしばらくきみたちの動向を見張っていたんだ。そいつが例の風の竜の分身なんだな」
「あ、はい。ルーフェンです」
マリクはちらりと一瞬、横の荷物の上で寝ている獣姿のルーフェンに目をやり、すぐに興味をなくしたように視線をユヒトに戻した。
「今度もなにか重要な役目を担っているのか?」
「え、ええ。まあ……」
なにか自分たちに用があるのだろうかと、ユヒトは怪訝に眉をひそめる。ギムレやエディールに助けを求めたい気持ちが募ったが、二人はまだ宿から出てきてはいなかった。
「俺たちはエスティーア出身だ」
マリクの言葉に、今度こそ首を傾げるユヒト。それを見て、おずおずとマリクの後ろからミネルバが前に出てきて、そっとユヒトに言った。
「あの、つまり、マリクは案内を申し出ている……わけなんです。すみません。わかりにくいですよね」
それでようやく理解したユヒトは、驚きに目を瞠った。
「え、それって……」
「シャドーがどこにいるのか、今のところ新しい情報も入っていない。ひとまず次の行先にエスティーアも候補に元々あったんだ。別にきみたちに義理立てしているわけではないが、ものはついでだからな」
なかなかこのマリクという少年も小難しい年ごろのようである。ユヒトはそれでも、それを好意と受け取って笑みを浮かべた。
「ところでユヒトさんたち、また昨夜酒場で豪遊されたようですね」
「え? 豪遊っていうか……。戦いのあとの一杯は必要だってギムレさんたちが……」
「その前もかなり酒代に使っていたのをちらりと通りがかりに見てました。いけませんね。重要な任務を任された旅の途中だというのに、贅沢三昧をしていては」
ミネルバはにこにことしながらも、痛烈な言葉を投げかけた。
ユヒトはなんとなく背中がむずむずとし、彼女から視線を逸らしてそわそわと後方に意識を飛ばしていた。
「いったい誰があなたたちの金庫番をしているのか、とても興味があります。一度節約とはどういうものなのか、議論を戦わせたいと思ってます」
人の笑顔がこんなにも怖いものだと、ユヒトは初めて体験した。妙な脂汗が額から吹き出し、喉の奥がカラカラに干上がる。
「あ、あの、それは僕ではなくて……。その……、ル、ルーフェン~ッ」
荷物の上で気持ちよさそうに寝ているルーフェンに助けを求めるが、まったく起きる気配がない。
「よおし! 出発するぞーっ」
そのとき宿のほうからギムレの明るい声が聞こえてきた。その後ろからはエディールも渋い顔をしながら続いている。ようやく救いの手がやってきたことで、ユヒトはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
エルフの双子が旅の一行に加わることをギムレたちも承諾し、バタバタとしながらも旅の支度が進められていった。
そんな騒がしいなか、よく寝ていたルーフェンもようやく目を覚ました。ぐっと伸びをして乱れた毛並みを整えつつ、一行の賑やかな様子を眺める。
「フン。またなんだか騒がしくなりそうだな」
彼らのいる通りの向こうでは、陽光に照らされた海が光を反射して煌めいていた。
第一章終了です。お疲れ様でした。
第二章開始時期は、10月中旬頃を予定しております。よろしくお願いします。