港町の盗人 4
男の名はゴントといった。ポートワールで仲買人としての仕事を生業としている。脂の乗った働き盛りといった雰囲気を持つ、少し小柄な男だった。
「ここだ」
ゴントがユヒトらを案内したのは、港近くに建っていた石造りの倉庫だった。月明かりの下、闇のなかに冷たく沈んでいる。
「こうして鍵は厳重にかけてある」
ゴントの言うとおり、入り口の扉には鉄でできたかんぬきが通されていて、さらにその下には最近新しく取り付けたとみられる錠前がかかっていた。確かに見た目からはそう簡単には開けられないように見える。
「他にこれといって出入りできそうな窓もなさそうだし、ここを突破して中に入ろうなんて思うやつはなかなかいなさそうだけどな」
ギムレが言いつつ倉庫周辺を見て歩いている。
「だが、どんな魔法か知らんが、現に隣の倉庫や裏の家は、鍵を開けた形跡もないのに、何者かに大事な積み荷や家畜が盗まれて被害に遭っている」
「それはなんとも奇妙な話だな。しかし、そうとなると、犯人を待ち伏せするなら中で待っていたほうがいいのかもしれない。ゴントさん。とりあえず倉庫の中に入れてもらってもいいだろうか?」
エディールの提案に、ゴントは少々不安そうな表情を浮かべながらも素直に承諾した。
ギギギギギ……。
鍵をはずし、扉を開けると、そこには真っ暗な闇が広がっていた。ユヒトが手持ちのランプを正面に掲げると、内部の様子が見て取れた。ランプの灯りに照らされたそこには、たくさんの袋や樽、木箱などがうずたかく積み上げられていた。
「わあ、すごいですね。こんなにたくさんの荷物が集められているなんて」
「これらはハザン国各地から集められた特産物だ。ここからこの国各地や、取引のあるフェリアやセイランにも出荷されていく予定の品もある。ウシェル地方の果実酒に、カラバス地方のガラス工芸品。王都エスティーアからは、上等の絹織物まで仕入れてきている」
得意げに話すゴントの口ぶりは、自分の仕事に誇りを持っていることがうかがえる。
「へえ、王都からも。あんたなかなか手広く商売をやっているんだな」
見目麗しい少女姿のルーフェンからも関心され、ゴントはますますご機嫌になった。
「おう。嬢ちゃんもこの商売のすごさがわかるか。この港はハザンの交易の重要な要。俺たちはここで才能を磨き、この国の豊かな文化を他国に発信している言わば、国際人でもあるんだ。だからこそ、我が国の大切な文化が詰まった荷物をわけのわからん盗人に盗られるわけにはいかん。だからこそあんたたちが頼みなんだ」
言われるまでもなく、大事な積み荷が盗られてしまったら商売どころではなくなるだろうことはユヒトらもわかっていた。ユヒトとしても、できればそんな盗人の被害がこれ以上増えないことを願うばかりだ。
「僕たちも急ぎの用事で旅をしている途中なので、今日しか協力はできませんが、もし犯人が出てきた場合は全力で犯行を阻止したいと思います」
「いや、一日だけでも見張りを買って出てくれて助かるよ。俺もここ何日も見張りのせいで寝不足が続いているんだ」
「それなら今日は俺たちが見張っていてやるからお前さんは家に帰って寝てくるといい」
ギムレがそう言うと、ゴントは一瞬考え込む様子を見せた。ユヒトらが訝しんでいると、しばらくして彼はこう口にした。
「信用していいんだろうな? まさかミイラ取りがミイラになるなんてことにはならないだろうな?」
さすがにこの発言にはギムレが憤慨してみせた。
「おうおうおうっ。喧嘩売ってやがんのか!? こちとら忙しいなか、時間を割いて協力してやろうってのに、なんだその口の聞き方はよ! 俺たちを盗人呼ばわりとは、失礼にも程があるぞ!」
「よせ、ギムレ。お前の気持ちもわからんでもないが、この人も連日の疲れで気が立っているんだ。だがまあ、少々言葉が悪かったことは否めない事実。ゴントさん。こちらは別に、無理に協力を申し出ているわけではないことをご理解してもらえてるんでしょうね?」
ギムレを自らの体で抑えながらも、鋭く言い放つエディール。さすがにゴントも己の不用意な発言を反省したらしく、素直に謝辞を述べた。
「……申し訳ない。確かにあんたの言うとおりだ。少々俺も気が立っていたようだ。このとおり、許して欲しい」
「フン。わかればいいんだよ」
ギムレもそれを見て、ようよう怒りを鎮めたのだった。
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