萌
近年の大修復工事の折、王家に所縁のある桜生寺の蔵より、『羅刹の桜』と題された文書集が発見された。幾重にも封じられたその文書集は、この国の最繁栄期を築いた偉大なる王、紫宗陛下の御代に書かれたもので、数点の古文書と紫宗陛下に献上された文を含んでいた。
そこに書かれていた内容は、これまでの定説を根本から覆すものである。
あまりにも不確かな存在ゆえに、架空の人物とさえいわれてきたある一人の術者。そして、誰しも一度は子どもの頃に聞く、有名な昔語りに登場する一人の『神に愛された娘』。
悪と善の対極線上にいたはずの二人の人物が、実は同一人物であった――その衝撃的な事実は、此度の発見により初めて証明されたのだ。
――術者、『白妙の羅刹』。
その生涯の大半は謎に包まれ、出生地はおろか正確な年齢すらわかっていない。傑出した才気と力、傾国とまで称された美貌以外、彼女を知る手がかりはない。
これまでの彼女は、己のその所業ゆえにしばしば『鬼』と同一視されてきた。動乱の時代において、混沌とした闇を具現化したような恐るべき鬼。暴虐の限りを尽くし、果ては主君さえも裏切り、私利私欲のために人を殺め続けた稀代の悪鬼――それは千年もの間、揺るぎない真実であった。その堕ちた名が再び陽の目を見ることなど、誰一人として想像だにしなかっただろう。
だが、光は差した。
これからさらに千年経とうとも、差すはずのなかった光。それは堕ちてしまった彼女の名を復権させただけでなく、彼女に劣らずの光を湛えていたその時代の多くの者たちの生すらも再び輝かせた。
この文書集が近年類を見ない大発見だと評価された所以は、緻密かつ膨大な調査資料に裏打ちされた嘘偽りのない正確な史書という点であろう。一切の偽証と誇張を許さないその筆者の姿勢は、賞賛に値すべきものである。そして、その姿勢こそが伝説上の術者『白妙の羅刹』と、彼女と共に戦い生きた者たちの壮絶なる生き様の見事さを、ついぞ現代に蘇らせたのだ。
もう一度、ここに記そう――『白妙の羅刹』は、鬼に非ず。
時に人を憎み、時にそれ以上の愛で慈しみ――そうして、紫宗陛下に己のすべてを捧げ尽くした、ただの一人の人であった、……と。
ここに綴るは、文書集のうちの一つ、最も紙幅が費やされた『羅刹抄』より鮮やかに蘇る、その生涯である。
*
天地を治める偉大なる王、紫宗陛下に捧ぐ。
暗澹たる時代において、その知性と勇猛さで愚かなる王を打ち滅ぼし、かの地に栄光と平安をもたらす。その治世は輝かしい光に満ち溢れ、史上類を見ぬ繁栄を我々は畏れ多くも享受した。
また、在位期間中ただの一度も戦を起こすことなく、恒久の平和を敷き、戦禍の傷痕の残る都を千年のちも称えられる美しき都として蘇らせた。
されど、陛下とて不遇の時有り。
その頃にお傍で支えたのが、陛下の両翼と謳われた不世出の大将軍、亮呉陽。類まれな知略で陛下に勝利を捧げ、陛下の即位後も終生変わらぬ忠義を尽くした。
そして、もう一人。
白妙の羅刹と恐れられた男装の麗人在り。
『羅刹抄』