弓道部
なれない女子高生の日常なんですが・・・・・・えぇ。ただの日常なわけがないですよね。リアリティってどうすれば出せるんだろう・・・・・・。
完全に心機一転!───とはいかないものの、私は同級生達との付き合い方を、前向きに検討し始めた。………………うん。前と大して変わってないね。お茶を濁した表現になっただけで。
とにかく何か、今までと違うことを始めてみよう。幸い、私は嫌われてる訳じゃない。敬遠されてるだけだ。ノーアウト一二塁で回ってきた四番バッターだ。この世界が野球だったらいいのに……。
第一、何でこうなったんだっけ?そうだアシタカ騒動だ。あれって誰のせい?的当て失敗した娘だよね。弓道部の部長だったっけ?だったら責任とってもらわないと。どうやって?身体で?違う違う。友達に───とまではいかなくても話し相手ぐらいにはなってもらおう。
同級生達は……うん。まぁそのうち。体育祭や文化祭や修学旅行(何処行くか知らないけど)に期待しよう。あれ?結局リンさんに相談した意味無くなってる?それは駄目だ。じゃあどうしよう……。
う~ん………………とりあえず、挨拶はちゃんとしよう。無視されてもキレないようにしないとね。
もしキレたら、多分本気で怯えられる。
「おはようございます」
「あっ、おはよう……」
爽やかな朝の教室―――。
私はぎこちない───というより他人行儀(仕方無いよね?)───ながらも、同級生達と挨拶を交わせていた。
些細なことながら、ちょっと嬉しい。特に返事をしてくれることが。
あ、うん。「だったら最初からやっときゃいいじゃん?」とかは私も思った。あの三年間で脳まで筋肉になっちゃったのかしら私……。
(年齢的にも)遅すぎる友達作りに自分で呆れながらも、少し楽しいと感じてしまう私は、やっぱりおかしいのだろうか……?
いくら同級生達と♪きゃっきゃうふふ♪な関係(皮肉が含まれています)になりたいからって、昼食を屋上で食べる習慣は変わらない。
今日も惣菜パン片手に、空き缶をモデルガンで撃ち続ける。あ、掃除は毎日やってます。適当にだけど。
風がある日は命中率がすこぶる悪い。今日も風が強めで、空き缶に中々当たらない。
「あぁ~……」
どうせ自分しか来ないからって、好き勝手やり過ぎだとは自分でも思うが……でも迷惑はかけてないし。まぁそれもこれも、ここに誰も来ないことが条件になってるけどね。
───なーんてことを考えたのがいけなかったのか。屋上への出入口が、音を立てて開かれた。
「───っ!」
咄嗟にモデルガンを背中に隠す。自分が隠れなかったのは、そんな場所も時間も無いからと、あとは───
「あら?貴女は……」
───来客の正体が、弓道部部長その人だったということ。
「お久し振りです」
モデルガンを後ろ手に組んだ手で隠しつつ、頭をちょこん、と下げた。……なんかサッカー部みたいだな。私の勝手なイメージだけど。
「久し振りね。大丈夫だったかしら?」
「えぇ、まぁ……」
何でいるんだよさっさと帰れよ(キャラ崩壊しかけてる)という念は自らのポーカーフェイスに邪魔されて伝わらず、弓道部長は尚も喋り続ける。
「一時期、凄い勧誘だったものね」
「えぇ、まぁ……」
さっきから同じ返事しかしてないんだけど。嫌じゃないのかな。
相手がこちらの顔を見て喋ってる間に、制服の中にモデルガンを仕舞う(隠す)。弓道部長は……もう面倒くさい。こいつ名前なんだっけ?
「そういえば私、名前を伺ってませんわ」
いつまでも肩書きだけで憶えてるのも何か嫌なので、名前を訊くことにした。
「私?私は悠木真理。言ってなかったっけ?」
「少なくとも、私の記憶にはありませんでした」
同じ学年らしいことは知ってたが。
真理の方は、悪目立ちしてる私のことをもちろん知ってるようだが。
「そう?まぁいいけど」
真理はどうやら、皮肉には疎いらしい。別に私も敏感って訳じゃないと思うけど。
「───ねぇ。麗奈さん、ってさ……」
「何?」
その言い淀んだ台詞に、私はやや高圧的に返した。
「えっと……。っ………………弓道……って、興味ある?」
真理は、こちらを上目遣いに窺ってくる。可愛らしいその仕草に、私の声色は和らいでしまった。
「あら?真理は……私と一緒にやりたいの?」
悪戯っぽく微笑みながらそう言うと、真理は赤くなった頬をかいた。
「ま、ぁ……言うなればそうだな」
最近の娘にしては素直だな……。
私は彼女の素直さと、それから自分の得られるものを想像してみた。……うん、悪くない。ただし条件があるが。
「いいですよ。ただ、私はあまり人前に出るようなことはしたくないのです。マネージャー、という扱いなら、入部させていただきます」
「ほっ、本当!?」
嬉しかったようで、こちらに身を乗り出してくる。それを肩に手を置き、やんわりと受け止めながら、私は笑みを返した。
放課後───。
職員室で担任に入部届けをもらってから、私は弓道場を目指した。
普段使う教室や屋上、体育館等以外に関して、私はこの学校の地理を把握しきれていない。だから当然のように、弓道場の場所など知らない。
さて、どうしましょう。
人に訊けばいいのだけれど……知らない人に話しかけるのは、ちょっと苦手だしなぁ……。
勘でぶらぶらと、校庭の周りを歩いていると───右側から、慌ただしい靴音が聞こえてきた。それはこちらに近づいてくる。
立ち止まり、振り向くと───段ボールで顔が隠れた女の子が走ってきていた。
随分と危なっかしい様子で、積み上がった段ボールが傾いている。……多分、倒れそうになる段ボールタワーのてっぺんを追いかけてるうちに、止まれなくなったのだろう。
こうして眺めている間にも、蛇行しながらこちらに着々と近づいてくる。これは───手を出さないわけにはいかない、か……。
私が自分の事故遭遇率に嘆息したその時───
「……ぁっ!」
とうとう女の子はバランスを崩した。
私は全身の瞬発力を利用して、一足飛びで倒れ逝く段ボールに追いすがる。左手で一番上に乗っていた方、右手で二番目に乗っていた方を、手首と肘の動きで柔らかく受け止め、当の女の子は、私の貧相な胸で、やや強引に受け止めた。
「あだっ!」
「おとっ」
一番下に持っていた段ボールごとぶつかられ、ちょっと痛かったが……まぁ、気になることじゃない。
「大丈夫?」
声をかけると、先程の衝撃に対して、反射的に閉じていたであろう瞼を開いた。
一重瞼の下に隠されていたつぶらな瞳には、私の呆れたような笑顔が映っている。
「あっ……は、はい!」
飛びすさるように私の胸から離れ、目をぱちくりするその姿は……小動物チックで可愛らしい。
「そう。よかったわ」
段ボールを、さながらウェイターの皿運びのように持ったまま、私は微笑んだ。可愛い娘には興味無いけど、可愛らしい娘には興味があるのよねぇ。
「これ、随分と重いわね……大丈夫?」
「はい。助けてくれてありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げられる。
「そんな畏まらなくていいわよ。私は大したことはしていないのよ?」
一般人には到底真似の出来ない芸当をやってのけた。という自覚はある。ただ、そんな一般的な価値観にこちらが合わせてやる義理は無い。何に喧嘩売ってるんだろう私……。
先程の事故が野次馬を呼んだらしく、十人近い生徒がこちらを遠巻きに見つめている。
「ただ、貴女一人でこれらを運ぶのは無理ね。私はこれから約束があるし……。───誰か、手伝ってくれないかしら?」
最後の台詞は、野次馬に向けてのもの。女の子は恐縮ですっ!みたいな雰囲気だが。
野次馬の中から、下校途中か散歩中だったのだろう、二人の生徒が歩み寄ってきた。
「手伝うわ」
「遠慮は無用だから」
そして彼女達は、私から段ボールを一つずつ受け取ると、先程とは逆の進行方向に歩き出した。
私はそれを見送りながら時計を確認して───
「あっ!」
約束の時間を過ぎてしまったことに気づき、先程の野次馬の一人に、弓道場の場所を慌てて訊いたのだった。
何かしらの騒動がないと書きようがないとかどういうことなんでしょうねぇ~私は。