普通への追走
「…」☚こいつ導入。
入学から一ヶ月が経った頃。私はまたしても危機に瀕していた。
「………………」
うずうず……うずうず……。
午前授業が終わった昼休み。相変わらずクラスに馴染めていない私は、リンさんを拝み倒して開放してもらった屋上で、通学路に面しているパン屋(寮の郵便受けにチラシが入っていたのがキッカケ)で買った惣菜パンを食べていた。
右手にパン。左手にモデルガン。
片手でクルクルと回しながら、セーフティを外したりかけ直したり、置いておいた空き缶を倒さないように撃ったり。
そんな普通の女子高生とは程遠い有り様に、私は二つの不満を抱いていた。
一つ目は、普通じゃない今の有り様。これは当初の通り、相変わらず。
二つ目は、モデルガンを持つ左手の感触。実銃とは明らかに違う、無いにも等しい反動。気が抜けるような空気音。プラスチック製の軽さ。
「はぁ……」
私は飢えていた。
実銃の感触を。
人を撃つ感触を。
今はモデルガンで誤魔化しているが、いつ禁断症状が出るか、自分でもわからない。
「リンさんに相談しようかな……」
危ない自分を自覚しながら、私は一人呟いた。
いつの間にか空き缶は、モデルガンの射程から外れていた。
放課後───。
私はリンさんに相談することを決意した。
寮には戻らず、屋上に出る。携帯を取り出し、リンさんにコールした。四コール目で繋がる。
『もしもし』
「あ、もしもし。リンさん?」
『あぁ、麗奈か。珍しいね』
「あははっ、そうですね。───早速ですが、折り入ってお願いがあるんですが……」
『ん?前の屋上みたいに、一人になれる場所がどうとか、ってのなら、もう聞く気は無いけど』
「いえ、もうそれは大丈夫です。───リンさん。今日か明日、二人で話せますか?」
『ん?あぁ……まぁ、大丈夫だけど』
「いつ、会えます?」
『今日でもいいんだよね?だったら七時ぐらいに迎えに行くから。お夕飯でも食べながら話しましょう?』
「はい。よろしくお願いします」
───通話終了っと。アポが取れたことに安堵しつつ、私は無意識にモデルガンを引き抜いた。
「……やっぱり物足りない」
今一度、自分の異常を再確認して、安堵は呆れに変わった。
───夜七時。
駐車場で待っていた私に、ヘッドライトの光が当てられた。眩しさに目を覆いながら近寄ると、案の定、リンさんの車だった。
「ごめん。待った?」
何処のラブコメだろうか。
「凄く待った」
敢えて期待を裏切った私の返事に、リンさんはぷくっと頬を膨らませた。
そんな微笑ましい仕草に目を細めながら、私は助手席に乗り込んだ。
「期待に沿えなくてすいませんね」
「……あんた。絶対わかってて言ったでしょ」
こちらを不機嫌そうに見つめてくるリンさんに、やはり笑みしか浮かばない。
「そうやっていっつも笑って……。まぁいいわ。今日の私は誘われた方だし」
「ふふふっ、ありがとうございます」
リンさんは表情を笑みの形にして、威勢良くアクセルを踏んだ。
着いた先は、予約制の和食処だった。
「ここ、ですか?」
「えぇ。ここよ」
一般庶民には敷居の高そうな、立派な店構え。顔には出さなかったが、ちょっとたじろいだ。
「さっ、行くわよ」
「ぇ?あ、はいっ」
リンさん先導のもと、私は店に入った。
私達は個室の座席に通された。
注文はリンさんに任せ、私は暢気にテーブルに置かれたお茶を飲んでいる。
店員が捌けると、リンさんが口を開いた。
「どうだった?警察署」
いきなり言われたので、思い出すのに少し間が空いた。
「警察署?あぁ……まぁ、ね」
私の煮え切らない台詞に、リンさんが敏感に反応した。
「なぁに?また何かやらかしたの?」
うっ……。
間違っちゃいないけど正直には言いたくない。リンさんに何も苦情とか詳しい話が伝わってないってことは、あの時の台詞も、無かったことになってるはずだし……。
「───まぁいいわ」
私が苦笑いばかり浮かべていたからなのか。リンさんは手を引いてくれた。
「じゃあ、学校はどう?」
ビクッ。
「……もしかして、上手くいってない?」
「…………いいえ?」
目を逸らさないようにするのが、結構キツい。
「……まぁ、仕方無いわよね」
「えぇ、まぁ……」
自分が遠巻きにされてるのは、もう運命というか宿命なのだ。そうに違いない。だから私は悪くない。……って、別に私は、悪いことしてないんだけど。
「現代の高校生ってのは、逸脱した行為やなんかを嫌ったり遠ざけたりする傾向にあるからね」
「それは……まぁ、そうなんでしょうねぇ……」
私も一ヶ月過ごしてきて、何となくだが感じてきたことだった。
「ってそういえば、私が高校生の頃も変わらなかったかな」
「いつの時代も変わらないのですね」
二人して皮肉混じりの笑みを浮かべつつ、料理を待つ。
「ところで麗奈」
「ん?」
「相談って、何?」
「う~んと……それは食べながらお話しするということで」
「ん、そう」
私の意図を正確には読み取れてないだろうが、またも矛を収めてくれたリンさん。優しすぎる……。
やがて料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。きりたんぽ鍋DXでございます」
「わぁっ、鍋ですか~。……ところでDXって?」
「DXはDXよ」
答えになってないが、別に大したことではないので流すことにした。
店員さんが下がり、二人きりになった個室。
鍋からお椀によそいながら、私は宣言通り、早速口火を切った。
「銃が恋しいんです」
「……へ?」
早くもきりたんぽを口元に運んでいたリンさんは、上目遣いでこちらを見た。
「な、な……何?」
「相談です」
困惑するリンさんには目を向けず、白菜を食みながら答えた。
「あっちで四六時中触ってたらなんでしょうか……。だんだんと、銃が手元に無いことに、疼きを感じてきて……」
きりたんぽを頬張りながら、リンさんの様子を盗み見た。気の毒と恐れが入り雑じった、何とも言い難い表情をしている。
「はぁ……。私は貴女が、どのような三年間を送ってきたのか。それを気になりはしても聞こうとは思わなかったけど。今は聞きたくなくなったわ」
言葉を紡いでいく毎に、リンさんから、嫌そうな表情が前面に出てきていた。
「どうしましょう……」
「……貴女ねぇ。自分がどれだけおかしいか、自覚してる?」
「へ?えぇまぁ」
あ、リンさんが額押さえてる。
「よくもまぁぬけぬけと……。理解してるなら、少しでも治そうとするわよね?例えば友達つくったり」
「ぅっ……」
お見通しでしたか……。
「転入生だもの。色々と話は聞こえてくるのよ」
顔に出ていたらしい。ポーカーフェイスは得意なはずなんだけどなぁ。
「苦手なんですよ、あの娘達……」
「あらやだ。クラスメートを上から目線で……」
「違いますよっ」
いつの間にか止まっていた箸を再開しつつ、そっぽを向く。
……あながち間違いじゃないかもしれないところがこわい。
「───まぁ、頑張ってみなさいよ。困ったことがあったら、こうして相談にのってあげるから」
………………。
そんな優しい笑顔で言われちゃあ、頷くしかないじゃないですか。
「さっ、冷める前にちゃちゃっと食べちゃいましょ?」
「はい」
私はリンさんに負けないよう、箸運びを加速させた。
学園モノなのに学校生活があまり描かれてなかったので、今回はその導入ということで。女子校生活に関しては、色々とわからないところが多いので人に聞きます。頑張ります。