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03.止まない雨で世界が泣いている

心は信次との電話を切った後、雨を見ていた。


灰色の雲と雨のリズムが世界をもの悲しくさせた。


CD、文庫本、楽器。

心の部屋にはそれ以外の娯楽はなかった。


彼は雨を見ることに飽きると目を瞑った。


不意に心は3年前の2月を思い出した。


部屋の中を漂う無気力な何かに捕まりながら、暮れていく日を眺めていたあの日。


心は何か大切なことを忘れていた。


捕まえなければいけない記憶の尻尾だけが、一瞬心の前を横切る。


雪の街、太陽の下、ひまわり畑、海の深く…


心はその尻尾を捕えようとする。


しかし記憶の旅路を踊っても、名前のないその記憶は見付からなかった。


鍵を掛けたんだ。


その記憶が掘り起こされないよう。


しかし、今僕はそれが知りたい。


矛盾。


心は自分の心が借り物の器のように感じた。


誰かが色彩の無い曖昧な絵を微笑みながらくれるような…そんなもの悲しい意識の渦がいつも心に潜んでいた。


どれだけ瞳を閉じていただろう。


鈍い振動音が心をアパートへと戻す。


アクアブルーが点滅している。


振動は鳴り止まない。


数秒の後、心はそれが電話の振動であることに気が付いた。


心は振動を殺すためベットに手を伸ばし、枕元から携帯を取った。


電話は心の家庭教師の生徒のレナからだった。


心は大学に入ると同時に家庭教師として働き始め、その評判のよさから常時4〜5人の生徒を受け持っていた。


レナは心が2年前から受け持っている生徒だ。


後2ヶ月すると彼女は最上級生となり、受験と言う呪縛に捕えられてしまう。


彼女は心のアパートで授業を受けることも多く、何かと心を頼りにしていた。


「先生、今平気ですか?」電話に出ると快活なレナの声が響いた。


「どうした?」

「今日先生の家で勉強を教えてほしいんだけど」

「構わないけど今日は信次が泊まりに来るよ」心がそういうとレナはひどくがっかりした声で言った

「うわ〜ん、それじゃああんまりお話しできないじゃいですか」

敬語を使ったり使わなかったり。一貫性がないのが逆に親近感をわかせる。

「何か信次も訳ありな感じでな、気にせず来ればいいじゃないか。信次も喜ぶぞ」

レナと信次は何度か顔を合わせているのだが、レナの明るい性格と容姿のかわいさから信次はレナのことを気に入っていた。


「ううん、今日は我慢します。」

「そうか、ゴメンな」

「あぁ…やっぱり前言撤回、ウチでかてきょしてくれません?」レナは驚くべき早さで前言を撤回した。


心はしばらく考えるフリをしてその申し出を受け入れた。


「もともと家庭教師は生徒の自宅でやるものだ」心はもっともな意見を述べその電話を切った。


いつのまにか雨は止み晴れ間が射している。


ほどなくして信次が心の家にやって来た。


しばらく他人の家で放置されるとも知らずに。


「弁当買ってきたぞ〜」信次はマヌケな声で言う。

「ははは…」心は苦笑いしながら答える。

レナの家で出してくれる飯は格別にうまいのだ。


あの弁当は夜食になるな。


心は晴れ空のような気持でそう考えていた。


そして思った。


この世界には自己探索の旅に出るためには必要な時間が無さすぎるな。


素敵な絆が近くにあると明るい方に引っ張られてしまう。


だからそれがない夜は恐ろしい。


それでも仲間は素晴らしい。


そう思ったのだった。


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