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『俺ならこうする。〜ユニークスキル《創作》で異世界を描き直す〜』

四十二歳。

元・漫画家志望。

何者にもなれないまま人生を終えた男は、女神の手違いで異世界へ転生することになった。

補償として与えられたのは、経験値を消費してイメージを形にするユニークスキル《創作》。

何よりも先に、彼が手を付けたのは自分自身だった。


第一話 【キャラメイク大失敗!?】


 神谷透かみや とおる、四十二歳。職業、倉庫作業員。元・漫画家志望。


 “元”と自分でつけるようになったのは三十五を過ぎてからだった。二十代はまだ「志望」でいられた。三十を越えると「まだやってるの?」と言われた。同年代が管理職になり、結婚し、子供の写真を見せてくる頃には、自分でもさすがに分かっていた。それでも、部屋の押し入れには、描ききれなかったプロットと使い道のないキャラ表が詰まっている。誰にも読まれないまま、紙だけが黄ばんでいった。


 夜勤明けの朝、コンビニのブラックコーヒーを片手に横断歩道を渡っていた。スマホには、昔同じ投稿サイトにいた後輩のアニメ化告知が流れている。豪華声優陣紹介、ティザーPV公開。祝福コメントの数は、透が人生で受け取った感想の総数より多かった。


『累計1300万部突破!』


 すげえな、と本気で思った。嫉妬がなかったわけじゃない。それより先に来たのは、ひどく静かな納得だった。

『俺ならこうする。〜ユニークスキル《創作》で異世界を描き直す〜』



 ああ、俺は何者にもなれなかったんだな。


 トラックのライトが視界の端に入った瞬間、透はなぜか後輩の作品のことを考えていた。俺なら、あの展開はもう少し引っ張る。主人公の覚醒を、もっと気持ちよくできる。ヒロインの見せ場も、もっと――そこで身体が宙に浮いた。


 最後まで創作者気取りかよ、と自分で思って少しだけ笑った。


 次に目を開けた時、床も壁もない。ただ白い空間がどこまでも続いている。その中心に、ひとりの女が立っていた。


 透は思わず息を呑んだ。目の前にいるのは、現実で見たどんな美人とも違う人間離れした女だった。


 白を基調とした衣装で胸元は隠しているはずなのに素材が薄く、光の加減でやわらかな起伏をうっすら拾う。深く入ったスリットから覗く白く綺麗な脚は肉の柔らかさを感じさせるのに、だらしなくない。透は男として視線を吸われた。


 そこまで見てから、透の脳みそが創作者モードに切り替わった。


 まずシルエットが完成している。立っているだけで一枚絵になる。髪は白銀。いや銀とも違う。光を糸にしたような色。前髪の落ち方も絶妙だ。そして何より、空気が違った。近くにいるだけで、自分の存在がラフ画に思える。


 威圧ではない。格だ。


 この女は、“美人”としてだけじゃなく、“上位存在”だとわからされた。


「……くそ、強いな」


「一応、女神ですので」


「そういう返しまで含めて腹立つな……」


「うわ」


「うわって……」


 昔、職場のひとに『絵見せて』と言われてヌードデッサンを見せてしまった時と、だいたい同じ温度だった。透は静かにうつむいた。


「神谷透」


 その神々しさとは裏腹に、次に見せた顔は、びっくりするほど人間くさかった。


「まず謝罪から入らせてください」


「嫌な予感しかしないな」


「あなた、まだ死ぬ予定ではありませんでした。本当に申し訳ありません」


 透はしばらく黙ったあと、言った。


「……いや、“手違いで死なせる”って何?」


「こちらの管理ミスです。補填はします」


「ソシャゲ運営か」


「神界です」


「一番間違えちゃいけないとこ!」


「異世界への転生をご案内します」


 女は申し訳なさそうに頭を下げたが、その動きが妙に慣れていた。初犯ではないな、と透は思った。


「異世界?剣と魔法?」


「はい」


「テンプレだな」


「人気ですので」


 妙に生々しい。こういう時、人間はもっと取り乱すべきなのかもしれない。だが透は長年、漫画賞の落選通知や編集からの「今回はご縁がなく」を浴び続けてきたせいか、大抵のことに対して“まあそういうこともあるか”の耐性ができていた。


「安心してください。前世の記憶は保持されます」


「いや待て。赤ちゃんから?」


「はい」


「地獄じゃん」


 女神が一瞬だけ目を丸くした。その顔もちゃんと可愛かった。


「え?」


「首も座らねえ。歩けねえ。喋れねえ。中身四十二のおっさんが赤ちゃんやるんだぞ?」


「そ、そうでしょうか。前例では、皆さんそれなりにうまくやっていますが……」


「それは苦情を入れるタイミングを失っただけだろ」


 女神は少し困った顔で黙った。透は続けた。


「しかも赤ん坊には、赤ん坊の発達がある。寝るのも泣くのも飲むのも必要。大人の頭があるからって、勝手に身体を酷使できるわけじゃない。意識だけ大人はキツイって」


「……たしかに、記憶保持後の乳児期精神負荷については、あまり重視されていませんでした」


「俺は……自然発生的に転生者させてくれ」


 女神はしばらく考え込み、やがて指先に小さな光を灯した。


「では、希望通りのかたちでお送りしますね」


 女神がそっと手を振る。すると透の立っていた床が音もなく崩れた。


「ちょっ――」


 言い終わる前に身体が沈む。女神は落下していく透を見下ろしながら、ほんの少しだけ悪戯っぽく笑った。


「楽しんでください、創作者さん」


 青空。湿った土。知らない鳥の鳴き声。異世界テンプレみたいな風景の真ん中に、四十二歳の自分が立っていた。


 透は周囲を見回した。森の中に一人。武器はない。荷物もない。あるのは古びた布袋ひとつだけ。中には硬いパンと水筒、銀貨らしきものが数枚。親切なのか雑なのか判断に迷う。


「……いや、そこは若返れよ」


 思わず口から出た。


 自分の手を見る。太い指。節くれた掌。仕事で荒れた皮膚。どう見ても中年男だ。異世界転生というジャンルに最低限期待していた部分をあっさり裏切られていた。


『補助機能を起動します』


 頭の中に声が響いた。機械的で、淡々としていて、妙に聞き取りやすい声だった。


「誰だ」


『転生者支援補助人格です。ステータス確認が可能です』


 視界にステータスが開く。


────────────────


神谷透

種族:人間

年齢:42


レベル:1

経験値:89200


ユニークスキル:《創作》

経験値を消費し、イメージを形にする。


────────────────


「レベル1でこの経験値はおかしくない?」


『前世四十二年分の人生経験、および手違い死亡に対する補償です』


「女神が言ってたやつか」


『はい』


『あなたの場合、ユニークスキルの特性上、経験値消費は手動になっています』


 透の胸が少し高鳴った。四十二になっても、こういう言葉には弱い。


「……これ、めちゃくちゃ強くないか?」


 嬉しさと同時に、今の自分の最大の問題も見えていた。見た目だ。四十二歳のおっさんでレベル1。異世界でやっていくにはハードモードがすぎる。大量の経験値があるのに、このまま筋力に振って“強い中年”になるのか。


 いや違う。透は昔のネトゲを思い出していた。キャラメイクに三時間かけたことがある。頬骨の高さ、目の角度、鼻筋の通り方、前髪の流れ。性能よりまず見た目だ。どうせ長く付き合うなら、気に入ったキャラじゃなきゃ嫌だった。


「俺の身体は創作可能か?」


『可能ですが推奨しません』


「なんで?」


『経験値の消費量が多く、結果は未知数です』


「結果が読める創作なんて、面白くないだろ」


『初回創作対象:肉体』


『必要経験値:64000』


 高い。だが、透はそこで迷わなかった。


 経験値を消費した瞬間、身体の奥で何かが動いた。自分という存在の輪郭が、内側から書き換えられていくような感覚だった。


『創作進行中』


 頭の中へ補助人格の声が響く。


『対象:肉体』


『イメージを反映します』


 透はついさっき見た女神を思い出していた。何百年経っても、人が見た瞬間に目を奪われるような完成された造形。格好良さと美しさの境界を曖昧にし、男にも女にも「綺麗だ」と思わせる輪郭。鋭さを残しながら攻撃的にはしない。近寄り難さではなく、目を離せなくなる魅力。主人公として読者の視線を掴み、物語の中心に立てる顔。


 そう考えながら細部を積み上げていくうちに、透自身も気付かないまま基準が少しずつ狂い始めていた。男らしさを削り、美しさを足す。さらに削り、さらに整える。もっと自然に、もっと完成された形に。気付けば頭の中の設計図は、主人公というより、どこか女神に近い方向へ寄っていた。


『創作完了』


 そこでようやく変化が止まった。


 近くの泉へ歩き、何気なく水面を覗き込む。現実の自分とは何もかも正反対の存在だった。四十二年間、鏡を見るたびに感じていた冴えなさも、疲れも、諦めもない。気付かないうちに、自分はそういうものを全部覆い隠したかったのかもしれない。


 しかし、透は頭を抱えた。


 白い肌、細い首、小さな顔、長い睫毛。目元は鋭いのに、全体として妙に整っている。中性的な少年という言葉では足りない。どう見ても、美少女という表現の方が近い顏だった。


「やっちまった……無意識に趣味嗜好が出てしまった」





────────────────


アルセ・ヴァルクレイン


種族:人間(亜種・アートリア)

年齢:16


レベル:1

経験値:25200


ユニークスキル:《創作》

経験値を消費し、イメージを形にする。


────────────────


「見た目だけかと思ったら種族変わってんな」


『人間(亜種・アートリア)への変異を確認』


「アートリア?」


『高い魔力適性を持つ希少種です』


「後でもっかい容姿だけ変更できない?」


『可能です』


『再創作に必要な経験値は2800000000です』


「いや、なんでだよ!」


『完成した創作物の再創作は新規創作として扱われます』


「……どういう意味だ?」


『あなたは先ほど、自身の肉体を創作しました』


「だから?」


『創作とは下書きではありません。完成です』


 透は眉をひそめた。


『完成した作品をもう一度創作する場合、必要になるのは修正費用ではありません』


『もう一作品を新しく創るための費用です』


 そこでようやく意味が繋がった。


 漫画なら分かる。


 原稿を描き終えたあと、一コマだけ気に入らないからといって消しゴムで直せるわけではない。構図を変え、演出を変え、人物の立ち位置まで変えるなら、そのページは実質描き直しになる。


『現在のアルセ・ヴァルクレインは完成済みの創作物です』


『再創作は可能ですが、新規創作と同等以上の経験値を要求します』


『また、創作対象への理解も不足しています』


「今の身体のことか?」


『はい』


『神谷透の肉体は四十二年間の観測記録が存在しました』


『しかし現在の肉体は創作後から数分しか経過していません』


「……つまり」


『今の経験値では実行不可能です』




 残った経験値の大半はレベルアップに注ぎ込んだ。経験値が減るたび、身体は別の生き物になっていく。遠くの木々の輪郭が鮮明になり、呼吸は驚くほど軽くなった。意識を向ければ、今まで存在しなかった感覚が当たり前のように身体へ馴染んでいく。頭の中には、知らないはずの知識が増えていた。


────────────────


アルセ・ヴァルクレイン

種族:人間(亜種・アートリア)

年齢:16


レベル:22

経験値:7600


ユニークスキル:《創作》

経験値を消費し、イメージを形にする。


習得スキル


《火属性魔法》

《身体強化》

《魔力操作》

《回復魔法》


────────────────


 創作のための経験値は少しだけ残した。アルセ・ヴァルクレインは、新しい自分の手をゆっくり握る。


「いいね。前とは大違いだ」


 その時、低い唸り声が森の奥から響いた。


 アルセが振り向くと、茂みの向こうから灰色の狼が姿を現した。前世の知識にある狼より一回り大きく、肩の筋肉は皮膚の下で硬く盛り上がっている。黄色い瞳には獣の荒さだけでなく、こちらの動きを測るような冷たさがあった。


 半歩だけ横へ流れ、アルセの正面からわずかに軸を外す。獲物の反応を見る動きだった。逃げれば追い、身構えれば隙を探す。そういう単純な狩りの手順を、目の前の魔物は当たり前のように選んでいる。


 アルセは息を整えようとしたが、胸の奥だけが妙に静かだった。


 恐怖がないわけではない。


 ただ、今の身体は前の自分とは違う。灰狼の肩が沈むわずかな動きも、爪が土を掴む音も、喉の奥で唸りが変わる瞬間も分かる。戦い方を知っているわけではないのに、相手が来るという予感だけが、妙にはっきりしていた。


 灰狼が地面を蹴った。


 灰色の毛並みが視界に膨れ上がり、牙が喉元へ迫る。その一瞬で、アルセは自分が何をすべきか判断できないことに気付いた。身体は追いつく。目も追いつく。けれど、前世で一度も命を狙われたことのない人間に、牙を受けるための正解など最初から入っていない。


 咄嗟に右手を突き出したのは、攻撃というより反射だった。


 掌の先へ熱が集まる。


 近づけたくないという感情に、身体の奥を流れていた魔力が勝手に形を与えていく。直後、頭の中へ知らない言葉が浮かんだ。


「――クリムゾン」


 言葉が口を出た瞬間、指先に集まっていた熱が細い光へ変わった。


 灰狼へ向けて放ったはずのそれは、牙に届く直前で獣の輪郭を呑み込み、そのまま背後の森へ突き抜けていく。遅れて轟音が走り、アルセの前髪が風圧で跳ねた。


 灰狼はもういなかった。


 焼けた匂いも、血の跡も、肉片さえも残っていない。そこにいた生き物だけを消したのではなく、灰狼が立っていた場所から先の景色ごと、一本の赤い線で切り抜いたように失われていた。


 何本もの大木が途中から断たれ、根元を残した幹の断面から白い煙が上がっている。地面には巨大な溝が刻まれ、抉れた土の縁だけが熱で赤く光っていた。火を放ったというより、森の一部を赤熱した刃で引き裂いたような光景だった。


 アルセは突き出した右手を見つめた。


 狼を退けるつもりだった。殺せるかどうかさえ分からなかった。けれど、実際に起きたのは勝利でも討伐でもなく、地形そのものが変わるほどの破壊だった。


 強くなったことは分かる。だが、どれほど強くなったのかが分からない。今の一撃がこの世界の常識から外れているのか、それともアートリアにとっては当然の結果なのか、比べるための物差しがまだ何もなかった。


自分の一撃が残した傷跡を見つめていたアルセは、そこで初めて異変に気付いた。


 森全体が静まり返った。


 鳥の声が消え、風に揺れていた葉さえ止まったように感じる。生き物が一斉に息を潜めたような不自然な静寂の中で、アルセは顔を上げた。


 アルセが空を見上げると、遥か上空を巨大な影が横切っていた。翼が雲を裂き、そのたびに落ちてくる光が森の上をゆっくり移動する。距離はあるはずなのに、影が通るだけで空そのものが低くなったように感じられた。


 ドラゴンだった。


 ドラゴンは、ふと翼の角度を変えた。


 アルセは動けなかった。旋回と呼ぶほど大きな動きではない。けれど、長い首が森へ向いた瞬間、遠すぎるはずの黄金の瞳だけが、まっすぐこちらへ落ちてきた。


 相手の視界に入ってしまったのだと理解した。


 逃げようとすれば間に合わない。隠れようとしても、もう遅い。そんな理屈ではない判断が、身体の奥で先に固まっていた。


 瞬きを一度しただけだったのかもしれない。だが、その間だけは風も鳥の声も戻らず、アルセの呼吸さえ自分のものではないように遠かった。


 やがて、それは何事もなかったように雲の奥へ消えていった。


 姿が見えなくなってから、アルセはようやく息を吐いた。膝は崩れなかったが、握り締めていた手のひらは汗で濡れている。


 心臓はまだ早鐘のように鳴っていた。


「とんだ異世界初日だな」


怖くないわけじゃない。


あんなものに本気で狙われたら終わりだ。


それでも、アルセは笑った。


「どうせ一度死んだ身だ」


見たこともない魔法があって、見たこともない怪物が空を飛ぶ。


四十二年生きても出会えなかったものが、ここには当たり前のように転がっている。


「……おもしれえ」


アルセは口元を緩め、ドラゴンが消えた空を見上げた。


「今度こそ、俺の物語は没にさせない」




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

異世界転生ものなのに、一話の時点で主人公が最初にやったことは魔王討伐でも最強装備集めでもなく、キャラメイクでした。

私自身、漫画や小説に限らず創作物が好きなのですが、「もし自分が物語の主人公になれるなら、どんな姿になるだろう」と考えたことが何度もあります。

そしてたぶん、人間は自分が思っている以上に自分の趣味を隠せません。

物語の始まりなので、まだ世界のことも何も分かりません。

けれど、何者にもなれなかった男が、もう一度人生を描き直そうと歩き始めたところまでは書けたかなと思います。

次回は《創作》という力をもう少し掘り下げながら、異世界を探索していきます。

よろしければ、もう少しだけアルセの物語にお付き合いください。

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