第五幕:終わらない放浪 ―― 19世紀・20世紀
第8章:死亡届という名のバカンス
1784年、ドイツ北部のエッカーンフェルデ. サン・ジェルマン伯爵は、公式な歴史記録の上で、ようやく一度目の「死亡」を演じることに決めた。 この時の彼は、死期を悟った老賢者を演出するため、あえて頬をこけさせ、数ヶ月かけて地毛の髪を白く染め上げ、重厚な黒い絹のガウンを纏っていた。それは歴史という名の舞台から一時退場する役者の、最後にして最高の正装だった。棺の周りに集まった人々は、彼の「偉大なる知恵の終焉」を惜しみ、教会の鐘は重々しく鳴り響いた。
「あのアントーンという男、あんなに鼻水を垂らして泣いて。……貸した金が返ってこなくなるのを、魂の底から心配しているだけなのは分かっているがね」 彼は教会の裏手の、湿った土の匂いがする木陰から、自身の盛大な埋葬を眺めていた。棺の中には、彼が未来の知識を用いて合成した最新のシリコン樹脂製の、精巧極まる「自身の蝋人形」が収められていた。当時の未熟な検死技術では、これが本物の遺体でないことを見抜くのは不可能であり、人々はその「穏やかな死に顔」に涙を流した。しかし、本物のカインは傍らでリンゴをかじりながら、自分の墓石が丁寧に磨かれる様子を批評していた。
「だが、死に顔の造形は我ながら完璧だったな. あの寂しげな口元は、レオナルドに教わったテクニックだ. これでようやく、一世紀ばかりの静かな休息が取れる. 有名人というのは、死ぬのにも一苦労だよ」 彼は手に持った杖をくるりと回すと、今度は「ウェルドン卿」あるいは「ラコッツィ」として精巧に偽造された新しい身分証を懐に忍ばせ、次のバカンスの地――まだ見ぬ新大陸の混沌か、あるいは再び神秘の東洋へと旅立った。彼は死に顔を見られながら生き残るという、不死者ならではの皮肉なスリルを噛み締めながら、夜霧の中に消えていった。




