第3章:平安の月と、竹取の「忘れ物」 ―― 日本編
10世紀、日本の平安京。カインは「阿部」や「藤原」といったありふれた姓を使い分け、風流を解するしがない楽師として、薫物の香りが漂う宮廷に出入りしていた。 彼の服装は、深い藍色の狩衣に、鈍く光る烏帽子. その若々しい横顔は、月明かりの下では陶器のように白く、貴族の女性たちの間で「月の精のようだ」と囁かれていた。しかし、彼が抱えていたのは和琴ではなく、異界の技術を封印した特殊な金属製の横笛だった。
ある蒸し暑い夏の夜、彼は「かぐや姫」と呼ばれる風変わりな娘が、一夜にして月へと連れ去られたという噂を聞きつけた。彼女が帝に残したとされる「不死の薬」。カインは嫌な予感がした。彼女たちが「月の民」と呼ぶ存在の正体は、実は遥か未来から来た月面コロニーの難民であり、その薬も単なる食料か、メンテナンス用の機材に過ぎないことを彼は知っていたからだ。 案の定、彼が深夜の竹林で見にしたその「薬」の正体は、月面観測基地のメンテナンス・ドロイドが携帯する「高密度自己修復型ナノ・ジェル」の試作版だった。これを一口でも人間が飲めば、その人間は文字通り細胞レベルで「時間停止」され、老化が止まる。だが、それは当時の人類の精神にとっては、あまりに重すぎる、そして破壊的なギフトだった。
カインは、帝がその薬を富士の山頂で焼こうとしているのを知り、影から手助けをした。あいにく湿気で火力が足りないようだったので、自分の懐から「未来の液体燃料(キャンプ用着火剤)」を一滴だけ垂らしてやったのだ。青白い炎が夜空を焦がし、ナノ・ジェルが灰へと変わるのを見届けて、彼はようやく溜息をついた。
「賢明な判断だ。歴史には、まだこの重荷を受け入れる準備ができていない。それに、永遠に同じ和歌を詠み続けるのは、流石の私でも耐えられんよ. 情緒のインフレーションが起きてしまう」
立ち上る煙は富士を「不死の山」として伝説にしたが、カインにとっては、ようやく一つの巨大な「歴史のバグ」を消去できた安堵の溜息に過ぎなかった。ちなみに、清少納言が『枕草子』で「遠くて近きもの」のリストを作成した際、カインが彼女の耳元で「あそこは役所仕事が信じられないほど遅いし、一回アカウントを作ると二度と削除できないから、あまり期待しない方がいいよ」と毒のあるアドバイスを送った。そのせいで、彼女は「極楽」をどこか皮肉な、手の届かない官僚的な場所として描写することになったという。




