第二幕:東方の迷走 ―― 中国・日本編
第2章:始皇帝と「偽物」の霊薬 ―― 中国編
紀元前210年。カインは「徐福」という、口の達者な詐欺師まがいの男の随行員として、中国大陸の湿った土埃と権力の香りを浴びていた。 この頃の彼は、粗末な麻の長衣を纏い、腰には薬草を詰めた竹筒を下げた、実直な学僧を思わせる風貌をしていた。強い日差しに焼かれた肌は褐褐色に輝いていたが、その瞳だけは、数千年の知識が澱のように溜まった底知れない淵のように暗かった。
当時の皇帝、始皇帝は「不老不死」という概念に、文字通り国家予算のすべてと、数百万の民の労働力を注ぎ込んでいた。カインは内心、深い同情と、それ以上の呆れを感じていた。自分のように「死ぬ権利を剥奪される」ことがどれほどの地獄か、この権力の絶頂にいる男は、まだ「永遠」をいつまでも減らない甘美な蜜か何かだと思い込んでいるのだ。
「陛下、不老不死とは『永遠に続く日曜日の午後』のようなものです。最初の数時間は良いでしょう。だが、やがてすべての書物を読み尽くし、すべての料理の味を覚え、愛する者たちが全員先に退場し、自分だけが観客のいない劇場に残される。それは権力者の栄光ではなく、歴史という名の巨大な監獄における終身刑ですよ。陛下は、未来永劫、税金の計算と北方の防衛に明け暮れたいのですか?」
カインの精一杯の忠告は、死の恐怖に震える皇帝の耳には「賢者による深遠な逆説」にしか聞こえなかった。 「ならばその刑を、余が受けてやろうではないか。余は歴史そのもの、山河そのものになるのだ」
皇帝はそう言って、カインが「それは単なる精製された水銀と鉛の化合物ですよ。細胞を破壊するだけだ」と必死に止めるのも聞かず、輝く銀色の液体を豪快に飲み干した。
この時、カインはもう一つの厄介な任務を帯びていた。始皇帝の側近が西方の遺跡から入手したという「光る立方体」――おそらく数万年後の未来から、時空の歪みを突いて紛れ込んだ超小型のナノ重力発電機――を回収しなければならなかったのだ。これがこの時代で本格的に起動してしまえば、万里の長城は防御壁ではなく、空飛ぶ巨大な軍事要塞に変わってしまい、東洋の歴史は支離滅裂なサイバーパンクSFへと変貌してしまう。歴史の因果律が、歯車からジェットエンジンへといきなりジャンプしてしまうのを、彼は防がなければならなかった。
「歴史のバグを増やすなと言ったはずだ、この頑固親父め. 君の帝国を壊れた玩具の展示場にする気か?」
皇帝が重金属中毒による幻覚で苦しみ始めた大混乱の中、カインはその立方体を長城の礎石のさらに深く、地表から千メートル下の地層に埋め戻した。そして、ついでに余った「水銀の残骸」を使って、皇帝の地下宮殿に巨大な水銀の海を作ってやるという、彼なりの皮肉な、しかし豪華な葬礼サービスを施した。 これが、彼の「歴史のデバッガー」としての本格的なキャリアの始まりだった。




