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不死者の休暇届(バカンス・リクエスト) ――サン・ジェルマン伯爵、あるいは人類最古の加害者による華麗なる言い訳  作者: 如月妙美


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第11章:カインのアップデート ―― 終章

霧の深い、すべてが灰色に溶けた夜. サミュエルの高層ビルのオフィスに、予約のない一人の若者が訪ねてきた.  その青年は、まるで古代の彫刻のような整った顔立ちと、宇宙の深淵を映すように澄んだ瞳をしており、首筋にはサミュエルと同じような、しかし少し色の薄い、光り輝く「刻印」があった.  「……アベル? まさか、君までこの終わらない行列に並ばされているのか? それとも、私を笑いに来たのか?」  サミュエルの、数千年もの間、規則正しくも冷徹に時を刻んできた心臓が、初めて激しいドラムを叩くように脈打った。目の前の青年は、かつて自分が岩を振り下ろした時の面影を、驚くほど正確に残していた。

 「兄さん、もういいんだよ. お疲れ様. システムのアップデートが完了したんだ」  青年は穏やかに微笑んだ. その姿は、かつて自分が荒野で岩を振り下ろした時の面影を宿していたが、そこには憎しみも拒絶も、何一つ存在しなかった. 彼は、数千年前の記憶を、まるで昨日の夕食のメニューのように気さくに語り始めた。  「君の属性はたった今解除されたよ. 神様――あるいは、この世界というシミュレーションを走らせているメインフレームが言ってたんだ. 『サーバーの空き容量が確保できた. 君のデータをようやくクラウドへアップロードできる準備が整った』ってさ. 君の額のコードは、もう無効化された古いリンクだ. 君は今日から、普通に老い、普通に傷つくことができる. 死ぬ権利が、ついに君に返還されたんだ」

 サミュエルは、デスクの上に置かれた、すっかり冷めてしまったコーヒーカップの黒い水面を見つめた. 不老不死が終わる.  それは、明日の朝に目が覚めないかもしれないという、人間なら誰もが持つ当たり前の、そして死ぬほど美しい「恐怖」を手に入れることだった. それは、数千年に及ぶ彼の清掃作業の、最高の報酬だった。  「……それは、人生最高の、そして最後のご褒美バカンスになりそうだ. アベル、向こうの役所の待ち時間はどうだい? 相変わらず事務手続きは遅いのか?」  「案外、スムーズだよ. 今はセルフチェックインができるんだ. みんな待ってるよ. お父さんも、お母さんも、それに君がかつて『青汁』を飲ませたポンパドゥール夫人もね」

 サミュエルは苦笑し、キーボードに向き直った.  「なら、まだ死ぬ暇はなさそうだ. とりあえず、このバグだらけの21世紀をもう少しだけ掃除しておくとしよう. 次にここを訪れる『旅人』たちが、少しでも気持ちよく過ごせるようにね. 特に、最近のAIが『人類を支配したい』なんて寝言を言わないように、冷蔵庫の制御システムにちょっとしたユーモアを仕込んでおかないといけない」  人類最古の放浪者は、今夜もまた、退屈で、滑稽で、それでいて愛おしい歴史の続きを、キーボードの軽快な打鍵音と共に書き込んでいく.  彼が本当の休暇届を受理され、永遠の眠りにつける日は、まだ、もう少し先になりそうだった. しかし、その背中は、数千年前よりもずっと軽やかで、窓の外に広がる星々と、ようやく同じリズムで呼吸を始めていた. 彼は、自分の心臓が刻む、有限でかけがえのないリズムを噛みしめながら、最後の一行を綴った。


(完)



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