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9/16

第9話 友達のふりが、こんなに下手だったなんて

1

展覧会から一週間。千紗からLINEが来るようになった。

銀杏の写真。画材の話。近況報告。三日に一回が、一日に一回になった。

ただの——再会した幼馴染同士の、普通のやり取り。そのはずなのに。千紗からのメッセージが来るたびに、心拍が上がっている自分がいた。

2

実家に帰省した週末。ゴミ出しで千紗と鉢合わせた。寝起きの千紗。パーカーにジャージ。ノーメイク。パーカーの下のシルエットは相変わらず。

千紗が俺の寝癖に手を伸ばしかけた。——五センチ手前で止まった。

「——ごめん。癖で」

「……寝癖、直ってるか」

千紗がゆっくりと手を伸ばした。指先が俺の後頭部に触れた。跳ねた毛を、そっと押さえる。

「……直った」

顔が赤かった。耳まで。

3

千紗のLINEの質が変わった。「俺」に向いた内容に。

【千紗】和泉くん、最近コーヒーはブラック派?

【千紗】駅前のラーメン屋、覚えてる? まだあったよ

すべてに「和泉くん」が含まれている。すべてが俺と千紗の共有記憶に紐づいている。

十二月。カフェでスケッチを見せてもらう。

「……和泉くんに見られると、線がぶれる」

「……ごめん」

「……謝らないで。ぶれるのが——嫌じゃないから、困ってるの」

千紗が自分で言って、はっとした。「今の、忘れて」

「忘れない」

「……意地悪」

「千紗」

「……ん」

「線がぶれるの、見てみたい」

千紗が目を潤ませた。

「……ずるい。彼女いるくせに、そういうこと言うの——ずるいよ」

4

四月。千紗が美大を卒業し、実家に戻ってきた。再び「隣の家」に。

朝、ゴミ出しで会う頻度が増えた。千紗がTシャツ一枚で洗濯物を干している。

「頑張ってね。和泉くんなら大丈夫だよ」

「……ありがとう」

「うん。いってらっしゃい」

高校時代と重なった。

5

五月のある夜。窓をコンコンと叩く音。千紗がキャミソールにカーディガンで隣の窓から身を乗り出していた。

「……描いてたら、煮詰まっちゃって。和泉くんの部屋の明かりが見えたから」

「……それで窓を叩いた」

「……声が聞きたくなった」

窓越しの会話が、一度きりでは終わらなかった。

ある夜、千紗がゆっくりと手を前に伸ばした。俺のいる方向に向かって。二メートルの虚空に向かって。届かないとわかっている手を。

「……千紗」

「ごめん。今のなし。なんでもない」

千紗が窓を閉めた。明かりが消えた。

俺は暗くなった隣の窓を見つめていた。千紗の伸ばした手が、瞼の裏に焼きついて消えない。

6

千紗がSNSに新作をアップした。夕暮れの河川敷。中央に空のベンチ。横に二つの缶ジュース。片方は飲みかけ。もう片方は未開封。

キャプション——「ある人に構図のアドバイスをもらって描いた作品です。夜中にその人と話したら見えてきました。ありがとう」

スマホの画面に、二つの通知が並んでいた。千紗のSNSと、乃愛のLINE。

二つの温度が、画面の中で隣り合っている。

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