第12話 好きな人が増えるなんて聞いてない
1
千紗が「遠慮」をやめた。
朝、ネクタイを直してくれる。「いってらっしゃい、ゆうくん」。夕方、「ゆうくんのために作った」肉じゃがを持ってくる。
もう「作りすぎた」とは言わない。
2
日曜日。乃愛とのデート。赤いベレー帽。
「和泉くん、ふーしてもらっていい?」
たこ焼きに息を吹きかけた。
「えへへ。和泉くんのふー付きたこ焼き、世界一美味しい」
乃愛の笑顔の中に、以前はなかった成分が混じっていることに気づいていた。笑顔が少しだけ長い。俺の反応を確認する視線が混じっている。
「私ね、和泉くんと過ごす時間が一番好き。月曜から『あと六日』ってカウントダウンしてる」
「……毎日カウントダウンしてるのか」
「手帳にシール貼ってる。日曜のとこにハートのシール」
可愛い。素直にそう思った。
3
十一月。インターン先。
瀬戸内凛。京都の大学から来たインターン生。ストレートの黒髪、銀縁の丸眼鏡。切れ長の目。華奢な体型——だが、ブラウスの下のラインは華奢という印象を裏切る。
残業中。コーヒーを淹れてくれた。
「残業仲間には優しくする主義」
瀬戸内は頭が切れた。論理的で、的確で、無駄がない。
「仕事してるとき集中してる人って、目が引くから」
4
瀬戸内の接近は静かだった。千紗のような直球でもなく、乃愛のような全力でもない。月のような存在感。
昼休み、隣の席で文庫本を開く。
「何読んでるんだ」
「カズオ・イシグロ。感情を押し殺す話が好きなの」
「……和泉くんも、押し殺すの上手そう」
5
乃愛の誕生日。少しいいイタリアン。前から欲しがっていたブランドのピアスを渡した。
「覚えてくれてたの……つけていい?」
「二十三歳の一年も、和泉くんの隣にいたいな」
「……ああ。いてくれ」
乃愛が幸せそうに笑った。この子を傷つけたくない。
「ご飯、ちゃんと食べてる? 今度おにぎり作って持っていこうか。三年で、コンビニのおにぎりに勝てるようになったんだよ」
「……すごい」
千紗は最初から完璧だった。乃愛は三年かけてコンビニに追いついた。比べるものではない。だけど乃愛の不器用な三年間には、千紗の完璧さとは違う種類の愛しさがあった。
6
忘年会。瀬戸内が隣を確保していた。
酒が入った瀬戸内が眼鏡を外した。——印象が激変した。美人だった。
「和泉くんには、ちょっと興味がある。なんでだろうね。和泉くんの横にいると、本が読めなくなる」
「面倒だって言ったのに。面倒なことになってきた」
7
帰り道。スマホに三つの通知。
【千紗】今日は遅いの? 肉じゃがあるよ
【乃愛】おつかれさま!!忘年会楽しかった?
【瀬戸内】今日は変なこと言ってごめん。酔ってた。でも嘘じゃないです
三人。三つの温度。
千紗は——炎。乃愛は——陽だまり。瀬戸内は——月明かり。
三つの光の中に俺がいる。




