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プロローグ

この物語は時計塔のふもとに佇む製本所のお話です。

製本所の店主「エリオ」は人の記憶を抽出して美しい本に仕立てる特殊な技術を持つ職人です。しかし彼は、他人の人生を完璧に綴じる一方で、自分の人生にはどこか蓋をして生きています。

           プロローグ


 その店に置かれた時計たちは、すべて少しずつ違う時間を刻んでいる。

 コト、コト、という規則正しい音だけが、古い時計塔のふもとに佇む「製本所」の空気を満たしていた。


「……よし」


 店主の「エリオ」は、銀色の針を慎重に置き、顔を上げた。彼の手元にあるのは、まだ表紙のない一冊の本。けれどそれは、ただの紙の束ではない。1人の老人が八十年という月日をかけて紡いできた、「人生」という名の記憶の断片だ。


 エリオは無口で、人付き合いが壊滅的に下手だ。客と目を合わせるよりも、革の匂いや糊の乾き具合を気にする方がずっと性に合っている。彼にとって、完成された本は完璧で、美しく、そして何より「動かない」から安心できるものだった。


     カラン、とドワの鈴が騒がしく鳴った。


「よう、エリオ!今日はいい風が吹いてるぞ。仕事なんて放り出して、裏庭の木の実でも拾いに行かないか?」


 返事も待たずに店へ入ってきたのは、つぎはぎのコートを翻した「ロロ」だ。

エリオは眉をひそめて、作業台から顔を上げずに答える。


「……ロロ、勝手に入らないで下さい。いま、この方の『初恋』のページを綴じているところなんです。大事な場面ですよ」


「初恋、か。そいつはいい。…でも、その本の最後にはちゃんと『余白』を作っておけよ?」


 ロロはエリオの隣で勝手に椅子を引き寄せると、面白そうに手元を覗き込んだ。


「思い出は完成しても、その人の明日はまだ未完成アンフィニッシュなんだからさ。」


 エリオは手を止め、窓の外を見た。

 時計塔の影がゆっくりと街を撫でていく。


        誰かの大切な記憶を本にする。


 それは、過去を閉じ込めることではなく、未来へ続く栞を挟むことなのかもしれないーー。


 不器用な店主が、ほんの少しだけ口元を緩めたことに、お調子者のロロは気づいてニヤリと笑った。

この物語は、「失った記憶は変えられないけれど、これから作る記憶でその意味を変えることはできる」という優しさをテーマにしました。

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