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秋の文芸2025

闇を抱く友よ

作者: マダガスカル出身のアンディウォーホル
掲載日:2025/10/10

タケシを拾いました。明日香さんと話しました。とても嬉しいです。実験は楽しいです。

タケシを田んぼから拾ってきたのは夏の始まりだった。


先生が田んぼだと微生物が顕微鏡で見たときに分かりやすいので、わざわざ夕方学校から帰ってきたあとに外へ繰り出した。


空になったハチミツの瓶は手のひらにフィットしていた。


田んぼの稲は青々としており、土手とのすき間に濁った水が見える。


瓶を泥水に沈めると、ブクブクと泡が出てくる代わりに中が満たされていく。


なにかが入るとなにかは出ていかなくてはならない。


お父さんが家にお客さんを連れてくると、酔っ払った同僚が話しかけてくる。

ボクはそれが好きではない。

家に人が増えることで、ボクの心は冷めていく。


瓶はすぐにいっぱいになった。


フタをしめようと持ち上げたとき、


「あ」


指先にヌルっとした物体がついていた。


田んぼに手を浸しておくと、黒い縞模様のあるヒルがいくつもこびりついて吸血されることがある。


深い緑色をしたそいつのなかにボクの生温い血が通っているというのは、地球の裏側に人が住んでいるのと同じくらい奇妙なことに思えたのだった。


でも今回ついてきたのは淡い緑色のアマガエルだった。

そいつは家に帰るまでの間も指に乗っかっていたので、ボクは近所のコンビニエンスストアでたむろしている不良のしつこさを連想してタケシと名付けた。


タケシを昔カタツムリを飼っていたガラスのケージに放つと、まるでそこが自分の本拠地であるかのように「ゲコ」とひと声鳴いて落ち着いた。


ボクが田んぼで集めた泥水を教室に持っていくと、クラスメートは最初眉をひそめた。


「なんかおっくんの水がクサイです」


田んぼの水ごときでクサイとは、一体どんなクリーンな環境で生活しているのだ彼らは。ボクはあきれながら接眼レンズを調整する。


プレパラートに水を垂らしてカバーガラスをサッと被せてやる。

茶色い水とガラスの界面から空気が抜けていく。


「わあ」


教科書で見たアオミドロや形のひん曲がったボルボックスがたくさんたゆたっていた。


おっくんのクサイ水と呼ばれたハチミツ瓶はのちに争奪戦が繰り広げられるほど人気商品となった。


なぜならクラスメートたちが持ってきた水はあろうことか水道水など、微生物とは縁遠いものだったから。


生物部のボクと、クラスで二番人気の明日香さんで黒板を消す。

明日香さんはボクより背が高い。だからなんだと言うわけでもない。


「おっくんてさ」


「なに?」


「カエル飼ってるの?ビーリアルに投稿してたじゃん。あれかわいいね」


「あー。タケシのこと?」


「タケシ?」


明日香さんは元々目がつぶらで丸い。さらに目を丸くしている。


「タケシ」


「タケシ?」


「カエルの名前」


「あね」


それからしばらく沈黙が訪れる。

明日香さんは右へ、ボクは左へと黒板を移動していく。


左端にたどり着いたとき、足元で変な感触がした。


「これは」


銀色に光る錆びたピンセットだ。


「それなあに?」


明日香さんがボクの足元を見下ろす。

ボクは反射的に拾う。

そしてなぜか教卓のわきにあるコンセントと目が合った。


「これさしたらどうなるかな」


「うーん。分かんないけどやめたほうがいいんじゃない?」


明日香さんの指摘はもっともだ。

真面目な彼女は成績が良く運動神経も悪くない。

ここでボクがピンセットを二つの穴に突っ込んだらどうなるだろう。


迷わずひと思いにボクはピンセットの切っ先を穴にねじ込む。

それはあっさりと、拒むことなく飲み込んだ。


数秒後にピンセットは橙色に染まったかと思うとやがて赤く黄色く光り始める。ボクはしゃがんでまじまじと反応を見守る。


「ねえ、ヤバイよ」


ボクの肩に明日香さんの手が触れる。ボクはぼんやりと頭のなかで「鉄は早いうちに打て」とはこのことか、などと空想している。


二つの穴から煙が出てきて、ブーンという振動が空気を介して鼓膜を揺らす。


「ねえ!」


眉毛を寄せた明日香さんが誰も見ていないことを確かめるようにキョロキョロしている。


相変わらずボクはボケーッとして、小学生のときのキャンプファイヤーってこんなんだったとか考えている。


そのとき、バキッと音がして目の前からピンセットが吹き飛んだ。


ハッとして見上げると明日香さんが胸を上下させていた。


「蹴った?」


「蹴ったよ」


明日香さんの素早い蹴りがピンセットを蹴り飛ばし、教室の隅っこには角度のついたピンセットが転がって黒くなっていた。


スマホを取り出して写真を撮る明日香さんと、室内に漂う焦げ臭さはミスマッチしている。

でも二つの事柄は両立している。


ボクはタケシにもこの光景を見せてやりたいと思った。

どうしてだかタケシにはその権利がある気がした。


「明日香さんさ、これ誰にも言わないでほしいんだけど」


「明日香でいいよ」


「明日香、黙っててくれる?」


「先生に聞かれたらフツーに答えるよ」


「だよな」


次の授業は国語だ。移動教室はない。ボクは明日香と並んで廊下を歩き出す。


「タケシの由来は?」


「んーなんだっけ。忘れた。たぶん大した意味はない」


「どうぶつの森にそんな名前のキャラいたわ」


「そうなの?やったことない」


「ゲームしないの?」


「塾忙しいんだよね」


タケシはコンビニの駐車場でタバコをふかし、客を睨み、今日もヤンキーを気取っていることだろう。

ボクは帰宅したら久しぶりにどうぶつの森をプレイすると心に決めた。

お母さんに勧められた塾の体験会はいつだったかな。


タケシにはご褒美に餌を与えねば、なにが良いだろう、昨日殺したゴキブリにでもしておくか。





(了)

ヒルってなんのために生きてんの。ってヒルも思ってるかな。なんで人間って生きてんの

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― 新着の感想 ―
生き物の描写とそれを見ている主人公の心情がリアルで、とても良いなぁと思いました。 どこに転がっていくのか予想もつかない会話の流れも自然で心惹かれます。 意味もなくピンセットを刺したくなってしまう小学生…
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