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【第5話】HP

登場人物

・秋城 紺:撮影班。ドローンの身体を持つ。

・瀬川 怜輝:”残機ゼロ”という名義を持つ配信者。

 ゲームにおける”1ダメージ”とはどれくらいの痛みなのか、という命題をネットの記事で見たことがある。

 

 それは「ナイフで軽く小突いたほどの痛み」だと。

 それは「パチンコ玉を靴底に入れて思い切り引っ叩いたほどの痛み」だと。

 色々な意見があるみたいだけど、しょせん架空の話だった。

 でも、今は現実の話をしている。

 

 ——瀬川が受ける1ダメージの重みは、どれ程なのだろう。

 

 ご丁寧に、私の画面右上には[ゴブリン×3]と表示されていた。これが私達の戦う相手なのだと認識させられる。

「っ……!」

「ギァァッ!!」

 切り込み隊長として駆けるゴブリン。鬼気迫る猛攻に怯み、瀬川は思わず後ろずさる。

 その隙を逃すほど、魔物は甘くない。

 強く踏み込んだ足で、更に瀬川へと肉薄。彼の背後に配置された業務用冷蔵庫が壁となり、これ以上後退は出来ない。

「残機ゼロっっっ!!」

 彼の身に迫る危険に思わず叫んでいた。私の声にハッとしたのだろう、瀬川はとっさに右方向に身体を捻ってゴブリンが放つ突きの軌跡から逃れる。

 業務用冷蔵庫特有のアルミ材で出来た扉が大きくひしゃげた。ゴブリンはすぐにナイフを直ぐに引き抜こうとしていた。しかし深々と冷蔵庫に突き刺さったナイフは簡単には抜けず、幸いにも隙を作ってくれた。

「っ、はあっ!」

 体勢を立て直した瀬川は、逆手に持ったナイフで隙だらけのゴブリンの首元を切り裂いた。

「ギッ!」

「硬ぇっ……!?」

 だが想像以上にゴブリンの筋繊維が硬く、突き立てたナイフは絶命させるに至らない。

 ゴブリンは苛立った様子でジロリと睨んだと思った瞬間、無造作に振り抜いた左腕の殴打が彼の頬を打ち付けた。

「ぐっ!」


【残機ゼロ】

 HP23/25


 数値上で言えば、たった2ダメージ。

 だがダメージを負った当の本人である瀬川は苦悶に顔を歪め、大きくよろめいていた。浅い傷を負った口元からは血が零れている。

 私は咄嗟に他のゴブリンからの追撃を警戒するが、狭い店内という状況である為に割り込むことが出来ないようだ。1対多という状況に陥らないのはせめてもの救いか。

 

「ギィィッ!」

 だが当然というか対峙するゴブリンは瀬川が立て直すのを許してくれない。ナイフを引き抜くことを諦めたゴブリンは、小柄な肉体で一気に距離を詰めたかと思うと、右手で放つブローを瀬川の腹部に叩き込む。

「ごふっ……!」

 HPが削られる。

 だが一撃では留まらない。インファイトに移行したゴブリンは、何度も瀬川の腹部に執拗に打撃を叩き込んでいく。

 

 HP21/25

 HP18/25

 HP15/25


「や、やめてっ……!」

 私は届かないと知りながら、ゴブリンに懇願する。だがそんな声で留まるくらいなら、他の配信者は今頃殺されてはいないだろう。

 瀬川の表情から生気が薄れていくのが見える。

「っ、ぐぁ、ぶ」

「だめ、だめ……!」

 もはや彼もまともに声を出すことなど出来ていない。だが生きることはまだ諦めていないようだ。

 ナイフだけは落とすことなくしっかりと握り締め、低身長であるゴブリンの首元に何度もそれを突き立てる。

 戦略も、スマートさも。何一つない、泥臭い殺し合いだった。

「……ギッ……」

 先に体力が消滅したのはゴブリンだった。

 瀬川のブレザーを鷲掴みにしながら、ずるりと身体が崩れ落ちる。しかし倒れる重みを耐えることも出来ず、同様に瀬川も崩れ落ちた。


 HP5/25


 体力ゲージの上では、まだ彼は生きている。

 でも、生きているだけ。

 まだゴブリンは通路奥に2体残っていて、彼等は今にも瀬川の命を完全に奪わんとにじり寄ってきている。

 いくら彼が瀕死と言っても、2体のゴブリンを屠って見せたのだ。じっと警戒するように距離を詰めて来ていた。

「……ねえ、立ってよ。好きな人に告白するんじゃなかったの」

 2体のゴブリンに囲まれる形でうつ伏せに倒れている瀬川に語り掛けた。だが生気を失った彼は顔だけをこちらに向けて、乾いた愛想笑いを浮かべる。

「ご、めん……な」

「やだ、そんな言葉聞きたくないっ!立ってよ、まだ……まだ……」

 まだ、知らないことばかりなんだ。

 この世界のこと。

 配信のこと。

 瀬川の言う、好きな人のこと。

 知りたいよ。

 

 私はとっくに、君のことを友達だと思っていたのに。


「ギィ……!」

 残ったゴブリン共は、もはや瀬川を栄養源としか見ていない。

 のっそりと倒れ伏した瀬川に近寄り、勢いよく彼の身体をひっくり返す。人形のように転がった瀬川の胸元を狙うべく、ナイフを逆手に持った。

 ——血抜きしようとしているんだ。

 そのことを瞬時に理解した時には、咄嗟に身体が動いていた。

 

「さ、せ、るものかあああああああっ!!!!」

 画面が激しく乱れ、見える景色が狂っていく。

 もはやそこに、視聴者を気遣う余裕などない。残像が生み出す世界の中、私はドローンの身体で何度も体当たりを仕掛ける。

 戦闘能力がないから、なんて関係ない。

 友達を殺そうとしてるやつを目の前にして、放っておくなんて出来るわけない!

「ギッ……ガアアアアッ!」

「どいてっ!殺させないっ、絶対にっっ!!」

 手があったなら。

 足があったなら。

 ”画面共有”を会得した時のように、望んだスキルが発現することを願った。

 だがどれだけ願っても、スキルは形にならない。

「っ、ああああああああああああっ!!」

 だからその分、執拗に体当たりを繰り返した。

 しかし私の攻撃は、当然ながらゴブリンに通用していない。

「ギッ!」

 まるで羽虫を追い払うように、軽くドローンの身体である私を叩き落とす。

「きゃっ……」

 空中で体勢を立て直すことも出来ず、がしゃりと軽い音を立てながら転がってしまう。球体の身体はコントロールすることも出来ず、店内を超えて廊下まで転がった。

 そこに待ち受けていたのは、もう1体のゴブリンだ。前を行く3体の後ろで、俯きながら付いてきていたやつだろうか。

「……ギッ♪」

 そのゴブリンは「新しいおもちゃを見つけた」と言わんばかりに楽しげな笑みを浮かべ、私を拾い上げた。

「……さ、わん、な……」

 忌々しげにゴブリンに言葉を浴びせるが、当然ながら私の声は通じない。

 全身のコントロールが効かない。頭は熱を帯びたようにぼーっとして、思考することさえままならない。


 ああ、何も分からないまま終わるんだな……。

 瀬川はゴブリンの食事となり、私はただの玩具として扱われるのだろう。

 最悪のバッドエンドを想像し、自らの思考をシャットダウンさせようとした。


「失せろ、外道めが」

 突如、ゴブリンの首から上が刎ね飛ばされた。

 溢れ出る真紅の血液はやがて赤く汚れた血溜まりを作り出し、その中に首無しデュラハンと化したゴブリンは斃れた。

「……え?」

 茫然とする私を他所に、ゴブリンを刎ね飛ばしたと思われる男は次に店内へと駆け抜けた。

 瀬川を殺めんとしていたゴブリンは、突如現れた不届き者に疑問の視線を向ける。


「ギィ?」

 それが遺言だった。

 何が起きたかと理解できないまま、ゴブリンの肉体は上半身と下半身に分離した。臓器を撒き散らしながら、ずるりと崩れ落ちていく。

 瀬川と同じ灰色のブレザーを纏う、栗色の髪を伸ばした少年。彼が振るう肉厚の大剣が刻む一振りによって。

(……ああ、これは放送事故だな)

 なんて、場違いな考えが脳裏を過ぎる。それでも私は目の前の光景から目を離すことが出来なかった。

 いっそ意識を失うことが出来れば良かったのだが、ドローンとしての身体がそれを許さない。私はただじっと目の前で起きた異変を見届けることしかできなかった。


 [information]

 残機ゼロ のレベルが2に上がりました。

 HPが全快しました。


「……命拾いしたな」

 整った顔立ちをした栗色の髪を伸ばした少年は、大剣を地面に突き立てて瀬川の隣に屈む。

 肝心の瀬川は意識を失ってしまったようだ。彼の顔を覗き込む少年の存在に気付かないまま、静かに胸郭を上下させて呼吸を繰り返していた。


 To Be Continued……

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