【第4話】Live
登場人物
・秋城 紺:撮影班。ドローンの身体を持つ。
・瀬川 怜輝:”残機ゼロ”という名義を持つ配信者。
「……魔物が……いる。そして、その魔物は私達の命を狙ってくる……」
コメントから得られた情報の真偽を、私達は確認することが出来ない。
だが、誰も否定する言葉を発しない。ただその事実だけが、私達がそれを本当のことだと受け入れざるを得ない要因だった。
にわかにも信じがたい話だった。だって、これまで魔物と邂逅していなかったから。
ひやりと背筋(に当たる部分)を冷たいものが伝う。
私は撮影班としての役割を放棄し、瀬川を画面内から外して改めて周辺の光景を見やった。
今いる場所は、ショッピングモール内の化粧品コーナーだ。
女友達に連れられて来たことはあるが、記憶しているのは格式が高く近寄りがたい雰囲気だった光景。
だが、何年も放置されたような、捨てられた世界とも言えるこの場所はそんな面影など微塵も感じることが出来なかった。
気高い雰囲気を上書きするように、散乱するパンや紙パックの包装。
何か硬いものでも叩きつけたのだろうか?蜘蛛の糸状にヒビの入った支柱が目に付く。
激しくなぎ倒され、床に散乱した展示品の数々。
そして、魔物の存在を伝えられたことによって気づいた。
あちこちに、鋭利なナイフで切り刻まれたような切創痕があること。堅牢であるはずの非常用扉に、まるで紙切れのように深く抉られた裂痕が刻まれていることを。
イメージせざるを得ないのは、そんな魔物達に蹂躙された人々の姿——。
「魔物が、存在する世界……なんだ」
「……皆、知恵を貸してくれ」
そんな中、魂の抜けきっていたはずの瀬川は静かに言葉を発した。
その声にハッとした私は慌てて視線を彼の方へと向ける。
「……せ、残機ゼロ……?」
「俺だって正直死にたくない。まだ好きな相手に想いを伝えることだって出来てねえんだ」
「……」
瀬川は、決意の滲んだ表情で私を介して視聴者に言葉を送る。
「情けないが……皆のコメントだけが望みなんだ。頼む、俺達に力を貸してくれませんか」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。
重要な局面に陥った時、プライドを捨てることの出来る人間がどれほどいるだろうか。瀬川もきっと、いくつも抱え込んだプライドを持っていただろう。
(……すごいな。ここで頭を下げることが出来る人はそういないよ)
私は素直に、プライドを捨て去ることが出来る瀬川に感心した。
やがて、そんな彼の想いに応えるようにコメント欄が加速していく。
[お前らが希望を見せてくれるんだよな?]
[ちょっとSNS追ってくる]
[というか配信者の基準って何だろうな?]
[確かに知り合いも無名ながらに動画投稿してたけど、普通に今連絡取れてる]
[ある程度の知名度が基準?]
情報が蓄積していく。
[お前らのいる場所はショッピングモールか。他の階に行った?]
[とりあえず配信者の死因となった魔物について纏めとく。名前はSNSで命名されてるやつな。①スライム:酸性の液体を浴びて身体が溶けてた。近くにあったフライパンの蓋は溶けてなかった。②ゴブリン:ナイフで首を掻き切られて失血死。だいたい3~4体くらい集まってた。③オーガ:でかい棍棒で一発ミンチ。画像は見れたもんじゃない。]
[↑まとめサンクス]
[何人か生き残ったやつもいるが、変な力を使ってるやつもいた。だからゲーム画面かと思ってたけど]
コメントの中に、有益となりそうな知識が増えていく。
手も足もない、ドローンの私が出来ることは何?
自分の身体を、人間の身体じゃないんだと意識を切り替えてみる。
そうだ、今の私はドローンなんだ。空を浮かび、高所から情報を集めることが出来るドローンなんだ。
「……出来るかな」
無重力空間に放り出されたように、勝手に足が地面から離れた感覚をイメージする。
何も怖いことはない。
魔法少女になった私が箒に乗って空を飛ぶ、そんな子供の頃の夢を叶えるだけだ。
「……おっ」
視点が高くなる。心臓の代わりに駆動するモーターの音が大きくなる。
カメラの中心に捉えた瀬川が、私を驚いた表情で見上げていた。
「秋城……?」……本名で呼ぶな。
「情報収集は私に任せて欲しい。君はただ真っ直ぐ前に進んで!」
瀬川は私の言葉に、突如として砕けた笑みを浮かべた。とても柔らかく、暖かい笑みだ。
「ははっ、頼りにしてるぜ。相棒」誰が相棒だ。
画面中央、上部分に刻まれた”Live”の文字が目に付く。
そうだ、生きるんだ。
高い視点から見下ろすことによって、より多くの情報が視界に集まるようになった。
遠くまで見えるようになったが、少なくとも私達がいる化粧品コーナーには魔物と思われる生物はいないようだ。
「大丈夫、この階には魔物はいないみたい。他の階へと進む?」
私がそう意見を提案すると、瀬川は強く頷いた。
「ああ、そうしよう。まずはとっさの時に対処できる武器と防具が欲しい。少なくとも包丁……キッチン用品売り場だな」
「ん、待って。それならレストラン街を目指そう」
キッチン用品という案が悪い訳ではない。
しかしエレベーター付近に立てかけられた案内図を見る限り。今私達がいるのは1階であることに対し、キッチン用品売り場は4階にあった。あまりにも遠い。
「レストラン街なら地下1階にある。そこの厨房になら、包丁くらい残ってないかな」
「……なるほど、そこまで頭が回らなかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
そこで私は言葉を切り、自分の中で決めた合言葉を口に出すことにした。
「……行こう。Live配信の時間だよっ」
「ん、なんだそれ」
私の言葉を不思議に思ったのだろう。瀬川は訝しげな視線で私を見上げる。
まあ、私が彼の立場でも同じことを思っただろうな。だけど、勿論意味ならある。
「私達は今、生きる為に配信してるでしょ?皆からコメントで知識を貰って、情報を貰って」
「そうだな、皆のコメントが無かったら、こうして対策しよう思わなかった。本当に感謝してるんだ」
「でしょ?だから生きる——”Live”配信だよ」
我ながら、ちょっと馬鹿らしい発想だと思う。実際に言葉として説明するとやっぱり恥ずかしいな。
私の言葉を聞いた瀬川は小さく噴き出し、それから頷いた。
「なるほど、納得が行ったよ。確かにLive配信だ」
「天才的な発想だと思うんだよね、これ」
「自分で言うなよ……」
そんな軽口を叩き合いながら、私達は二度と動くことのないエスカレーターを階段代わりに地下へと進むことに決めた。
ちなみに私達のやり取りを聞いていた視聴者達から執拗に[本当に付き合ってないんだよな?]とか聞かれていた。うるさいな。
私彼氏いるし、瀬川も「好きな相手に想いを伝えてない」とか言ってたし。
また元の世界に還ったら、瀬川の好きな相手とやらについて根掘り葉掘り聞きたい。茶化してやろっと。
☆☆☆☆
まっすぐ伸びた通路を挟むように、店舗がこれでもかと並んでいる。それは和食店だったり、ラーメン店だったり、洋食屋だったり、となんでもありだ。
だが、そのいずれにも共通しているのは、もう二度とその店に誰も立ち入ることはないということだろう。
一足先に偵察を終えた私は、支柱の奥で周囲を警戒しつつ待っていた瀬川の元へと戻った。
「撮影班、大丈夫だったか?」
その”大丈夫”は私の身を案じてのことか。それとも安全に進むことが出来そうか、という意味だったのか。
多分、どっちもだろうね。
「うん、魔物はパッと見た感じ居なさそう。でも油断はしちゃダメだよ」
「分かってるよ」
私の意見を聞いた瀬川は静かに支柱から身体を出した。
ゲームプレイヤーとしての経験が生きているのだろう。丁寧にクリアリングしながら、索敵を進めていく。
その道中、瀬川は不審な表情を浮かべて私に語り掛ける。
「……他の配信者は、魔物と遭遇してやられた、という話だったな」
「うん」
「どうして、俺達は魔物と遭遇しない?どうして俺達は無事でいられるんだ?」
え?良いことじゃないの?魔物と出会わずにいられるのは。
「……どういう意味?」
「まだ、この施設には何かある……そんな気がするんだ」
瀬川は険しい表情を崩そうともしなかった。見た目に依らず、かなりの慎重派なようだ。
だが未だ底の見えないこの世界では、無謀な行動を取るよりも正しい選択肢なのは事実である。
やがて、魔物と遭遇することもなく。木を削り出して作ったと思われる看板で飾られた、落ち着いた雰囲気を醸し出した元和食亭へと入り込んだ。
瀬川は何のためらいもなく、一直線に厨房へと駆け抜ける。
「悪い。借りるぞ」
そして、古錆びたフライパンやまな板などを押しのけ、彼は一本の刺身包丁を探し出した。
飾られた包丁の中で最も長い刃先を持つそれも当然、長い月日の中で錆が侵食していた。だが、なまくら包丁だとしてもないよりはマシだ。
「あくまで護身用、だな」
「うん。正直頼りないけど……ないよりはマシかな」
完全に同意見だ。
瀬川は刃先をどう向けるのが正解か分からず、しばらく何度も包丁の持ち方を模索していた。
結局、腕を軽く下げて刃先だけを持ち上げる形に落ち着いたようだ。自然と中段の構えの近いものになっている。
護身用の武器も手に入れたところで、店内を出ようと私が先に店舗から偵察に出た。
すると、その時。廊下の曲がり角から、恐れていた客の来訪があることに気付く。
「……っ……!」
慎重で言えばおおよそ120㎝くらい。黄緑色の小柄な体幹で、秘部を守るように麻の腰巻を纏っている。
栄養が不足しているのだろう。手や足は枝のようにやせ細り、血管内に水分を維持できなくなったものが腹水となり、蛙腹を作っていた。
笹穂のようにとがった耳、吊り上がった目元。
前に立って歩く3体は「ギィギィ」と私には理解できない言語で談笑しており、1体がそれに付いていく形で俯きながら歩いている。
まだ、やつらは私の姿に気づいた様子はない。
彼らの生態を知る由はないが、恐らく——。
「残機ゼロ。身を潜めて」
私は瞬時に状況を判断。瀬川の元へと素早く戻り、そう簡潔に行動を促した。
彼は切迫した私の声に面食らった様子だったが、すぐに状況を飲み込んだようだ。廊下へと足を踏み入れようとした身体を翻し、素早く厨房の中へと逃げ込む。
灰色のブレザーが汚れるのも気にせずに、彼はべたりと地面に伏せる。
「来たんだな」
「うん、ゴブリンだと思う」
私達は簡潔に情報を共有する。
その間にもゴブリンと思われる集団の「ギィギィ」と談笑する声が近くなる。
その声が大きくなる度、瀬川の表情が恐怖に塗りつぶされていくのが分かった。
——分かる。怖いよね。
大丈夫、生きて帰ろう。
意識は自ずと、ゴブリンの声に向いていく。
瀬川はじっと身を潜め、彼等が遠ざかっていくのを待つのみだった。
だが、運命と言うのは残酷なようだ。
ごとん。
「——!!」
瀬川の背後で、ガスコンロの上に置かれた鍋が落ちた。
護身用の武器を探している内にいつの間にかバランスが崩れていたのだろう。
どうして、こんな時に。
「ギィ?」
1体のゴブリンが不審な表情を浮かべ、音のした方——厨房へと向かってくる。
足音が、近くなる。
ゴブリンと私達の距離はもはや、1メートルもない。
もう、誤魔化しは効かない。そう気づいた私は覚悟を決めた。
「っ、あああああああっ!!」
「おいっ!?」
瀬川が慌てて止めようとするのも厭わず、勢いのまま物陰から飛び出す。
私はドローンの身体で近づいてくるゴブリンに体当たりを仕掛けた。
「ギッ!?」
予想外の攻撃にゴブリンは大きく怯み、バランスを崩してへたり込む。
だが、ほとんどダメージを受けた様子はない。むしろ反動を食らった私が大きく空中でよろけたくらいだ。
「……っ」
痛みはない。ただ、脳が揺さぶられるような、眩暈にも似た感覚が全身を襲う。
どうやら私はとことん戦闘要員になることは出来ないようだ。
鈍った思考の中、私の画面の中を灰色の風が抜けた。
「っ、らあっ!」
瀬川はなまくら包丁を勢いよくゴブリンの胸元に突き立てる。いくら切れ味が悪いと言えども、包丁としての役目は維持していたようだ。
「……ギ」
ゴブリンの全身からだらりと力が抜ける。私たちと同じ赤色の血を首元から流しながら、ゴブリンの身体はぐちゃりと地面に崩れ落ちた。
店内で騒動が起きていることに気付いた残りのゴブリン達は「ギギ?」などと声を上げ、こちらを覗き込む。
そして、亡骸と化した仲間達を見た瞬間。彼らは激昂した。
「ギィィィ■ィィッッアアア!!」
やつらは瞳孔を見開き、何のためらいもなく私達へと襲い掛かってきた。
瀬川はなまくら包丁についていた血に呆然とした様子を浮かべていたが、すぐにハッとしたようだ。
亡骸となったゴブリンが腰に携えていた短剣を奪い取り、素早く迎撃の構えを取った。
「俺達は、生きるっ……!」
Live配信。
私達は生きる為に、配信する。
To Be Continued……